黒から白へと変わっていく盤上を険しい表情で見つめながら、エースは次のを手に取った。
「……よし!」
こと、とそれを置き、反対色をひっくり返す。
軽快にぱちぱちとなる音は上機嫌のエースの心情を表しているようだ。
「……」
今度はシュンが同じ物を手に取り、反対の色を盤上のスペースに置く。
エースよりは少ない数を黙々と返し終えると手を戻した。
「終わりか」
「ふん、どう見ても俺の方が多いぜ。俺の勝ちだな」
盤上に広がった黒と白の数の差にエースはにやりと得意げに笑う。
その様子にシュンは表情を崩さずにいた。
「このおせろってやつ結構おもしろいじゃねえか、まあシュンが相手だとつまらねえけどよ!」
最初の一回以外は俺の全勝だし?とどこか誇るように言ったエースにシュンは口を開く。
「じゃあ何か条件でもつけてやるか?」
「条件?」
例えばなんだよ?とエースが首を傾げればシュンは少し考える素振りをする。
「……そうだな、負けた方が勝った方の言うことをきく、でどうだ?」
「……よし、その勝負乗った!」
少し思案した後、びしっとシュンへ指差し、エースは片腕でガッツポーズをとった。
「ちなみに、俺が勝ったらお前のセクハラ行為を禁止にするからな」
「……」
「げ、なんだよその目……!」
恐ろしいくらい半眼でぎろりと睨むように視線を向けられて、エースは若干引く。
「はあ……。せーの!」
エースの溜め息と掛け声の後、じゃんけんぽん、の言葉と同時にグーとチョキが出た。
「おっしゃあ!」
じゃんけんに勝ったエースは嬉しそうに笑い、盤上の白の隣に黒を置いて、挟んだ反対色を一枚返す。
それにシュンは無言で続いた。
最後の一枚が静かに置かれて、さらに反対色が返されていく。
「……」
「……」
二人は盤上を覗き込みお互いの数を数える。
「三十二」
「俺も三十二だ……!」
嘘だろ!?と言ってエースはシュンの分まで数え直し始めた。
その姿を見ながらオセロは八かける八の六十四個の駒を使っているんだから、二で割ったら三十二になるだろう、とシュンが呟く。
「うわ、くっそ!マジで引き分けかよ!」
信じらんねえ、もう一回だ!と言いながらエースが駒を戻し、そのまま中心に四つ並べると先行を決める前に駒を置いた。
それから数分後。
「え、ちょ……はあ!?」
信じられないものに出会った時に出す、疑問を含んだ驚きの声を上げたエースの前に置かれている盤。
そこには空白が二つあり、エースとシュンが各々一回分のスペースだけが残っている。
が、しかし普通なら選択権のありそうなエースの状態だが、今の状態にはそれが存在しなかった。
まるで誘導されていたかのように置ける場所がそこの一ヶ所しかなく、且つそこに置いて色を返したところで、さらに向こうに置かれていたシュンの駒のせいで返した駒はすべて戻されることになる。
「じょ、冗談、だろ……?」
口の端を引き攣らせながらエースは指の間から落としそうになった駒を握った。
しかも、だ。
今、盤上にある黒色は一つ。
つまり、エースの番が終われば、盤上にエースの色がなくなる。
完全なる敗北が大きく顎を開けていた。
「どうした?」
「……てめえ、どうした?じゃあねえよ!何だよこれ俺の完敗……!」
どこまでも冷静なシュンの言葉にエースが声を荒げる。
がたりと音を立てて椅子を倒しながら立ち上がったエースははたと我に返ったのか、溜め息の後に渋々とそのまま握っていた物を盤上へ置いた。
ぱたり、ぱたり、と返し終われば、ついさっきエースが置いた黒の隣にシュンの白が置かれる。
同じくぱたり、と音を繰り返し、盤上が漂白された。
「てめえさっきまで手え抜いてただろ……」
「さあな」
ぐるる、と唸るようにするエースにシュンは涼しげに笑みながら駒の一つを手の内で転がす。
ピン、とそれが弾かれてくるくると回りながらシュンの手の甲へ落下し、すかさずそれを反対の掌で覆った。
「じゃあチャンスをやろう」
「……」
「この手の中にあるオセロの表の色を当てられたら、この勝負はなかったことにする」
重ねた手を緩く揺すってみせれば、エースはそれをじっと見て口を開く。
「……黒」
「お前自分の色が好きだな」
「うっせ、わざわざてめえの色を選ぶ意味なんかなんねえだろ」
どかりと椅子に腰を下ろし直したエースは不機嫌顔で腕を組んで手を見つめた。
興味はない、早く開けろとその目が急かしている。
シュンはエースの様子に肩を竦め、そっと覆っている方の手を退けた。
黒く長い指貫の手袋の甲には真ん丸の白が一つ。
それを見たエースは声まで出さなかったが、表情を思い切り壊し、心底嫌な顔をしてそれを見た。
「……」
「……」
「……」
「俺は不正はしてないからな」
再び目で訴えられて、シュンは甲に乗せていた駒を掴み、何度か宙へと弾き上げる。
「……わかった、で、なんだよお前の願いは」
開き直ったらしいエースがやっとそう言えば、シュンは最後にもう一度だけ駒を弾き、それが掌に戻る前に素早く手を伸ばした。
いきなり片手を引かれ、バランスを崩したエースが盤上に手をつき、派手な音と共に床に黒と白がばら撒かれる。
そのうちの一つにシュンの弾いた物も違和感なく混じった。
「な、なんだよ」
からからと硬い床の上で回っていた駒がぱたりと止まる。
「駒の差分だけエースからキス」
「……おお、わかった、とか頷けるか馬鹿野郎風見駿」
頷きかけたが、あきれきった顔でエースが至近距離のシュンを睨んだ。
シュンもその目を見上げて、しばし無言の空間が広がる。
つう、と流れもしていない汗が伝い落ちたかのような感覚に身震いしそうになり、エースは何気なく目を逸らした。
「エース」
「……うっせえな!ほらよ!」
僅か怒るのを渋ったエースはいつものように大声を張り上げた直後、シュンの頬へと唇を触れさせる。
らしくなく不意打ちに驚いたのか、力の抜けた手からエースはひらりと身を翻し、距離を置くと少しだけ振り返った。
唇を結びキッと吊り上げた目尻と眉、しかしその頬はふわりと赤らんでいる。
「……六十三」
はっと我に返ったらしいシュンがぽつりと呟いた。
その呟きに首を傾げたエースはしばしして、その呟きを理解したらしく嫌な顔をする。
「嫌だ」
「一日に三回すれば十二日で終わるぞ」
「嫌だっつってんだろ」
エースの嫌そうな顔にシュンは思案顔になって再び口を開いた。
「今日から三日」
「……」
嫌な予感しかしない、と言いたげなエースの表情はそれでも早くこの場から去りたいのか、シュンの言葉を急かしている。
「一緒に寝るぞ」
たった一言、されど一言。
その言葉が遠まわしに何の意味を表しているのかわかったのか、エースの顔はだんだんと赤くなり、最終的には真っ赤になって目を見開いたまま唖然と固まっていた。
「どうした?」
シュンの呼びかけに我に返ったのか、エースはただ口をぱくぱくと開閉する。
「な、て、て、しゅ……!」
「……」
「……変態鬼畜曲者てめえ馬鹿野郎!ああもうとりあえず却下だ!」
思い切り無茶苦茶に言葉を吐いてエースは一気に駆け出した。
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リバースリバース