すわる


VDOの景色は街や設定によりガラリと変わる。始まりの街・メトリアリアは、大きな世界樹に街を作り上げ、人が生活するデータの産物だ。しかし、フルダイブをしていると、活気に満ち溢れた人々がごった返す美しい街に見える。画面越しで見るのと、肉眼で見るのとでは迫力が違う。エースは茫然として立ちつくし、シュンに肩を叩かれるまで黙り込んでいた。
「んだよ!」
「データとはいえ、迷ったら元も子もないぞ」
シュンが指差す先にダン達がおり、かなり遅れている。
「……チッ、」
エースはメニューウィンドウを出して、フレンドリストからミラの名前にタッチし、メールを送る。
『買い物でもしたいから、別行動だ』
別行動というより、一生ソロでいたいがそうも行かない。一言のみでメールを送信。一分も立たないうちに返信が届いた。
『わかったわ。じゃあ終わり次第<鍛冶屋・ラズロ>に来て頂戴』
読み終え、メールウィンドウを閉じる。エースは隣に目をやるまでも無く冷たく言った。
「お前もどっか、別のところに行けよ。俺についてきても暇だぜ」
だが、シュンはそれも良いと思っているのか、黙ったままである。それを無視して人の波に流れる様に歩き出した。バレルアを倒し、かなり資金が貯まったので服も買い直すことにしたのだが、男の買い物に男がついてくるのは気持ちが良いものではない。どこかに行ってくれればと思ったが、シュンはぴったりと後をつけてきており、そのまま二人は防具屋というようなところに入った。
NPC(ノンプレイヤーキャラクター)は一人のみの、外とは打って変わって静かな場所だ。システムは前と変わらず、並んだ服などを選び、NPCに話しかけて買い物終了。売る場合は直接NPCに話しかけるだけだ。エースが服に恐る恐る触れると、リアルな質感が指に伝わってくる。布地は柔らかく感じるし、鉄は硬い。エースはフルダイブに一瞬で魅入られてしまった。確かにデータだと頭でわかっていても、街は美しいし人が息づいている。
「何を買うんだ?」
シュンが呆れながら言うのが分かり、イラついて顔が赤くなる。何というか、いちいち癇に障る奴だ。と、思いきや、
「銃を使うなら軽量の方がいいな。黒が好みならこれなんかどうだ」
あろうことか服をオススメされた。これにはエースも呆気に取られる。デザインは、特徴的な襟と袖が目立つ、黒に白が入ったものだった。襟と袖には1センチほど、白いラインが入っている。いるのは良いのだが、その襟は立てるデザインで、袖も広い。いうならば着物の袖に酷似している。
「……明らかに、射撃には不向きだろ……」
「ズボンもあるしな」
「話を聞けよ!おい!」
「絵になるから問題無い」
さらりと恥ずかしいことをシュンは言ってのけて、黙っていたパージバルも「よく似合う」と着てもいないのにエースに言う。そのままシュンはNPCに話しかけた。まさかとは思ったが、シュンに奢られたと気づいた時には買い物は終わっていた。
シュンがメニューウィンドウを開き、買った服をエースに渡し、渋々受け取って驚く。見た目に不利かと思った服の名は「ライザースフィア」、レベルは……不明。これはチートのレベルでは無いだろうか。
「い、いくらだったんだよ!?」
「先程買った服を少し加工しただけだろう」
加工とは、服や防具、武器にビビッドスキルという能力を使うことで守備力や攻撃力を上げることが出来る。ビビッドスキルが高い者は、鍛冶屋や防具屋を営むことも出来る。攻略組とは、ダンジョンを進める者達であり、それ以外は補助組またはサポートプレイヤーと言う。シュンのビビッドスキルは補助組並に高いことが伺えた。
「……返さねえからな」
「ああ」
「……借りは返す」
何故か恥ずかしさに駆られながら、エースは集合場所の<鍛冶屋・ラズロ>へと向かう。シュンもその後に続いた。

「俺のエレメント磨いてくれよ!」
「ダン、前に磨いてあげたじゃない」
「じゃあ、あたしのダガーお願い」
「わかったわ!」
<鍛冶屋・ラズロ>は、最近賑わいをみせる、短剣・双剣・大剣などの近距離専用武器の扱われる場所だ。店内は活気が溢れている。経営し始めたのはルノという、明らかに華奢な外見をしたまさかの女性、いや少女だ。基本的に、VDOは女性プレイヤーが少なく、希少価値は高く、マスコット代わりにパーティーに誘う輩も多くいる。ましてや鍛冶屋を営むなど、話題にならない方がおかしい。だが、嘗めてはいけないのは、一人で店を出すほどのビビッドスキルを持っているということは、かなりの手練れであるということだ。そしてルノもダン達とは仲が良く、フルダイブをしているという。
ルノがミラの使うダガー<サテライトウィンド>を磨く間にパージバルはシュンに預けて、店内奥でライザースフィアに着替えてみた。フルダイブ中は装備を外せば勿論下着姿になってしまう為、女子のプレイヤーが少ないのだとどこかの評論家が言っていた記憶がある。サイズは勿論ぴったりで、軽い。袖がやはり気になったが、無視することにした。この防御力を捨てるには惜しい。
店内へ出ると、丁度良くサテライトウィンドが磨き終わったらしかった。すると、また誰かが店内に走り込んで来る気配がする。
「Hey!遅れてゴメンネー男のコにナンパされちゃったヨ!」
「ジュリィ……もう、どうせ逆ナンとかしたんじゃないの?」
「No、no!ワタシただstrollしてただけだよ」
「ぶらぶらしてたら話しかけられるに決まってるじゃない……」
ジュリィと呼ばれた少女は、ルノとミラから注意されているが聞く耳を持たず、店内を見渡しーーエースと目が合った途端、顔色を変えた。キラキラと輝いた笑顔を見せて、走ったと思えば、
「カワイイー!dear!」
「やっやめ……!ふぶっ」
エースは頭を胸に抱きかかえられ、哀れな声をあげた。フルダイブでは感触も温かさも変わらない。今までに無い事態にエースは酸欠になりながら死ぬかと思った。が、ぐいっと肩を引かれ、顔が解放される。
「それくらいにしないと、エースが死ぬぞ」
「Oh、sorry……」
それがシュンの言葉だと気づき、更に屈辱感は増した。
「でもyou、銃使うんだネ!だったらワタシに任せて!」
「ジュリィは銃専門のメンテナンスとかをやってるの。今度、ここでジュリィにも働いて貰おうかなって思ってるんだ」
ルノが苦笑いのままで説明する。おそらくジュリィもフルダイブ中だ。でなければ、エースに抱きつくことなどできなかった筈だ。その間にジュリィは両手を出してエースの愛銃・ウィルディを渡すのを待ち構えており、エースはため息をつきながら仕方なく腰からウィルディを抜いて手渡した。
「ガバメント系、サバイバーね。ダブルカラムマガジン仕様のマグナム・オート。流石、異名が多いだけあってややこしい作りネー。ガス圧をゼロにセットしたことは?」
「無い」
「Yes、あんまり意味ないしね!」
ジュリィとエースの会話に皆がぽかんとしていている。シュンだけは聞いているのかいないのか分からないが。
「……わけわからんわー」
「そうだな……」
不意に、マルチョとダンの肩に乗っていたAIが呟く。
「ああ、まだエースさんには紹介してませんでしたね。こちらエルフィンさんです」
「改めてよろしゅう!」
「俺の相棒はドラゴだぜ」
「よろしく、エース」
ミラのAIウィルダも、「よろしく」と低い声で言い、バロンのAIは「わたしはシャーマンだ」と名乗り、シュンのAIは「拙者はイングラムでござる」と、頭を下げた。
「あ、ああ……」
AIにこんなにもフレンドリーに話しかけられるとは思わず、エースは少し吃ってしまった。
「問題無いネ、傷一つ無いし」と、ジュリィからウィルディを返してもらい、腰に納める。
「……で、ミラからあの話はしてもらったの?」
「ジュリィ!」
ジュリィが不意にそんなことを言ったが、皆思い当たる節は無かった。ミラが曇った表情をして、「ごめんなさい」と謝罪する。
「話さなきゃとは思ったわ、けれど……」
「ミラ、立ち話もなんだから、」
ルノがカウンター横の扉を開けて言う。
「この奥、喫茶店の予定なの。入って」
その場を明るくするように笑って、ルノはミラの背中を押した。ジュリィもエースを引っ張ろうとしたが、シュンの方が早くエースの腕を引き寄せ、並ぶ。
「すまないが、先約済みだ」
「俺は予約制じゃねえよ!」
皆が思わず笑いながら、奥の椅子に座ったところで、ミラが重い口を開いた。





終わりが見えなくなって来た。あと皆の口調わかんなくなってきた
2011/06/22

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