言われて初めて気付く


『え、ええす!たっいえんだ!!』

『なんだ?ダン、か…』

いきなり、ノックさえせずにダンが入ってきた。俺はカードからダンに視線を移すが正直どうでもいい。早く出て行ってくれ

『なっ!お前よくこんな一大事に冷静になれるな!!』

『そんな事より何の用だ?』

『そうだ!シュンが大変なんだよ!』

『?!』

ダンの口から彼奴の名が出て肩が震えた。そして数時間前に彼奴と話した内容を思い出してしまい、顔が熱くなる。彼奴、何か知らねえ…。つか、今は名さえ聞きたくねえんだ。俺はダンからカードに視線を移す

『別に、彼奴がどうなろうが俺にとっては無関係だ』

『無関係とはどういう意味だよ?!シュン、死んじゃうかもしんねえんだよ?!』

『―っ?!』

バサバサと俺の持っていたカードが床に落ちていく。又肩が何故か震えた。そこからなのか、身体全体が震えてきた。今、ダンの奴何て言ったっけ…?死ぬ、だっけ?嘘だろ、そんなの。あの馬鹿はそう簡単にくたばる訳ねえよ。しぶとく生きる方だ
だから嘘だと思って顔だけダンの方に向けば、彼奴は泣いていた。ダラダラと流す涙が床を濡らしていた。それを見たら、背筋が凍った

『ど、いうい、みだ、よ』

口にして初めて、俺は結構震えているのを知る。明るいのに、暗い空間にいるように思えて仕方ない。ただ、俺は同じように震えるダンの口が開くのを待つ

『俺にもよく分かんねーんだよ。イングラムに呼ばれて着いてったら…。シュンが血塗れで、横たわってて』

なあ!シュン死んじまうのか?!
俺に問い、肩を掴み揺らされ「なあ?!」と言われても俺は医者じゃねえし、現場に居た訳でもねえから分かんねえ。そんな俺の脳裏に浮かぶのは血塗れのシュンの姿だ。血塗れとかよく分かんねえけど、前に見た地球のドラマに人を中心に大きな円を血で描き、死んでいる、あの姿を想像していた。その中心に横たわっているのがシュンだと想像すると、恐怖で涙が出てきた

『エースさん!ダンさん!』

そんな中又ノックをせずにやってきたのはマルチョだ。マルチョの顔は涙で潰れた俺達とは違い、蒼白だ。息が荒いから走ってきたのが分かる

『マルチョ!しゅ、しゅんはどうなったんだ?!』

俺の肩を掴んでいたダンの手が今度はマルチョの肩を掴み揺らす。俺はそんな事さえ出来ず、ただマルチョの口が開くのを待った

『シュンさんの治療なら終わったので今部屋にいますが…』

マルチョが続きを言う前に、俺は走った。扉に手を当て、腕をバネの様に使い、一気に廊下を走る。目指すは彼奴の部屋だ

『あ、エースさん?!』

マルチョの声が背から聞こえるが気にしねえ。ただ、俺は今彼奴が無事なのか、生きているのか知りたい。本当に死んでしまったのか?自分で想像してしまった彼奴の姿を消したくて、忘れたくて、俺は走る。走って、走って、彼奴の部屋の扉をノックせずに入った

『しゅん?!』

バタンと大きな音をたてて俺は扉を開けた。短い距離なのに、息苦しくて肩で何度も呼吸をする。視界をゆっくりとベッドにもっていけば、天井から何やら布が吊らされるているのが入った。それを眼で追っていけばベッドが視界に入る。布には左足を掲げさせていた。上半身を起こさせたベッドにいるのは、左足と右腕を骨折し、額を包帯でグルグル巻きにされながらも、何とか左手だけで本を読んでいる人物だ

『シュン!てめえ生きてたのか?!』

死んだんじゃないかと思われてた奴が生きていて、安堵の息を吐きつつ嬉し涙が出てきやがった。安心したのか足までフラフラとしやがった。それでもシュンに近付こうと足を動かす

『ダンがお前が死んだとか言ったから心配したんだぜ?』

『……』

パサリと本をめくる音がした。話かけてやってんのに、シュンは本に夢中だ。いや、此奴は俺がこの部屋に入った時から俺の方を向いてねえ。ずっと本を見てやがる
なんだよ。てめえ、さっきの事気にしてんのかよ!確かに言い過ぎたと思ったよ。てめえが死んだって聞いて後悔だってした。だが、生きてる事実を知って、それが嬉しくて、俺も素直になろうって思ったのに…!

『おい!いつまで無視ってんだよ!』

『……』

ムカつく。此奴、まさか根に持ってんじゃねえのか?だから無視してんのか?だったら、もういい!素直に本当の事言おうと思ったが、ヤメだ!だが、此だけは言っときたい。俺はシュンの前に立ち、何度か深呼吸をした

『さっきはその…、悪かった。言い過ぎてよ』

謝りたかった。あの後、言い過ぎたって少し後悔していたし、死んだ説を聞いた時本当に後悔したんだ。まあ、いきなりあんな事言うシュンがどうかしてるけど。だから面と向かっては言えねえけど、俺ははっきりと伝えた。それだけでも勝手だが自分は少しだけ素直になれたと感じる
だが、シュンは無言だ。本を読み、此方を見向きもせず、自分の世界に没頭している
その行動というか態度に怒りが頂点に達し、俺はシュンの肩を掴み無理矢理向かせた

『てめえ!いいか』

『――っ!』

本気で怒ろうかと強めの口調を発する前に、シュンが痛みの所為なのか、小さく身体を震えさせていた。そのため、反射的に俺は手を離す。シュンを見れば少し痛みに耐える顔をしていた
そうだ。コイツは怪我人だった。服で見えない部分だってもしかしたら怪我をしている。なのに俺はその怪我に無理矢理触れてしまったんだ。力強く…。申し訳無い感情が生まれ俺は「わりぃ」と小さく謝った
顔を上げればシュンと眼があった。その眼を見てビクリと身体が震え、視界が歪んだ。背筋から言い表せない位の恐怖に似たモノが押し寄せてきた。それはシュンが俺の行動に対して怒っているもんじゃない。こんなの知らねえ。こんな眼で俺を見るシュンなんか、知らない。むしろ本当にお前はシュンなのか?と、問いたい気持ちが生まれる

『…訊きたい事があるのだが』

『あ、ああ…』

シュンの口が動く。その発する声を1つ1つ聞く度に何故か恐怖が増してきた。耳を塞ぎたい。何も聞きたくない。俺の本能がそう叫んでいる。だけど何も出来ない俺は、震えた足で立っているだけだ

『「しゅん」とは誰だ?』

『…っ?!』

聞き返したくなった。意味が分かんねえ。シュンが無表情で訊かなかったら、殴っていた。だがシュンが首を軽く傾げ、俺に問う。俺の知らない雰囲気を出して、俺の知らない顔で、眼で、問うから意味が分からなくなった
気付けば重力に耐えられなくなった身体が降下していった。膝を曲げ、床に腰を下ろしていた。ダラダラと、ダラダラと水が頬を伝わり、無意識に鼻を啜っている。そんな俺を不思議そうにシュンが見ていた



――コンコンコン

『おい、シュン!飯持ってきたぜ!』

『…いつもすまないな』

お盆にシュン用の飯、つっても病院食のようなドロドロした食い物を乗せ、俺はシュンの部屋に入る。そんな俺をすまなさそうな顔で体を起こしていたシュンが迎えた
あっ…。今日も、駄目か…
シュンの顔を見て直ぐに判断した俺は、彼奴にはわりいけど溜息を吐いた。別にシュンが悪いって訳じゃねえけど…。早く彼奴と話がしたい
大怪我をし治療を施したシュンは、命に別状は無かったが記憶喪失だった。勿論、あの日交わした会話も覚えてない。その事実が凄く嫌で拒否したいもんだった。だが、俺の中にただ1つの、大事なモンがあったから現実逃避を止め前を見る事が出来た。記憶を取り戻して欲しい…!あん時言えなかった事を伝えたい。その感情が俺を動かし、シュンの世話役を買って出た
シュンといる時間が多くなれば、少なくとも俺の事を先に思い出してくれるかもしんねえ。彼奴等には最低だが、不謹慎にもそれを願っている。だが、シュンは一向に思い出さなかった。それでもいつか!という願望を持ち、俺は此奴と接する
お盆ごとサイドテーブルに乗せ、俺は隣に置きっぱなしの椅子に座る。ドロドロした食いもんを小皿に取り分け蓮華で掬いシュンの口の前まで持っていった。すると彼奴は蓮華から眼を離す

『いい加減、自分で食べられるが?』

『うっせぇ!左じゃ見てて危なっかしいんだよ。怪我人は黙って口でも開けてろ!』

早くしろと眼で訴えれば渋々と此奴は口を開ける。その中に俺は蓮華を放り込んだ。まるで雛鳥に飯を与える親鳥の気分だ。食べさせる事に少し恥ずかしいという感情はまだあるが、それよりも此奴と多く接したいという感情を俺は優先した
口を開かれ俺は蓮華を戻す。新しく掬おうかと小皿に持っていく。ゴクリと飲み込む音が近くで聞こえたので、俺はシュンを見た。すると此奴は首を横に振ったのだ

『なん、だよ。もう食欲ねえのか?』

『それよりも訊きたい事がある』

『なんだ?』

『俺とお前は、どういう関係だったんだ?』

問われた焦った。関係を訊ねられても、何て答えればいいか分かんねえ。友達か?仲間か?そんな在り来たりな単語が出てくるが、しっくりこねえ。ちげえ。そんなもんじゃない!俺達は…。ある単語が頭ん中を過ぎる。だが、あん時俺はソレを認めなかった。だから、当時のシュンとはそんな関係でもねえ

『つか、何でそんな事訊くんだよ』

『…。ずっと黙っていたが、他の奴の事だけは少しだけだが思い出せたんだ』

『っ?!』

吃驚した。此奴、少しずつ記憶が戻っているなんて!嬉しく感じた。だが、それも一瞬だ

『まて…。俺、は?』

『お前に関しては何1つ思い出せない。むしろ思い出そうとすればするほど頭痛がする』

視界が真っ暗になった。此奴の言った事を理解すればするほど、目頭が熱くなってくる
ナンダヨ、ソレ。ドウイウ意味ダヨ…!ナンデ?ナンデ俺ダケガ…!
気付けば俺は立ち上がりシュンの肩を掴んでいた。怪我人だと分かっていても強く掴み何度も揺らす

『どうしてだよ?!なんで俺だけ…!』

『だから訊いている。何故お前だけ接していると、俺は辛いと感じなければならない』

シュンが真剣に問う。その眼にグッと俺は堪えた。それでも此奴が言っている事が信じがたいモンばかりで泣きたくなってくる。あん時、お前が言った言葉が嘘の様に思えて仕方ねえ!俺は覚えてんのに。お前が真剣な顔で言った言葉を。それが嘘じゃないのも。それなのにどうして…?

『――て、言ったくせに!』

『…?』

『俺の事好きだって言ったくせに…!』

どうして俺と接するのが辛いんだよ!こっちが訊きてえよ!!
シュンを見れば瞳孔をこれでもかってくらい大きく開けていた。口も少し開いている。こんな風に驚いているシュンを見るのは初めてで俺は固まってしまった

『…それは、本当なのか?』

『あ、当たり前だろ!嘘でそんな事言えるかよ!!』

『なら、お前達には悪いが、俺は記憶を戻したくない』

えっ…?どういう事だよ。一生、記憶喪失でいたいのかよ?意味、分かんねえよ…。俺はどんな眼で此奴を見ているか分かんねえ。だが、シュンははっきりとした眼で言った

『男が男を好きになるなんて、気持ち悪いだけだ』

ビクリと身体が震え、俺は溜めていた水を大量に流し始めた














言われて初めて気付く














「す、好きって…。気持ちわりい!近づくな!!」

あの日、好きだと言われてどうしてそう応えてしまったんだ?後悔しか残んねえ。素直に応えれば良かった
シュンも…。気持ち悪いと言われてこんな思いしたのか?こんな…。こんな痛い思いをさせてしまったのか?
なあ、頼むから。此奴じゃなくて、シュンと話をさせてくれ…!

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -