TEMPESTを沈めて





ぽつり、前髪を掠り、鼻先に落ちた粒にエースは目を上げた。

先程まで青空が広がっていた上空には、重たい鉛色が渦を巻いている。

ぼんやりとそれを眺めていると、ひとつふたつ、小さな粒はだんだん数を増やしながら地面に吸い込まれていった。

「エース」

呼ばれた名前に振り返るのと同時に、エースの頭上に濃緑が広がる。

「風邪を引く」

「……」

心此処に在らず、といったエースの様子にシュンは広げた上着で雨除けをしながらその瞳を覗き込んだ。

相変わらずぼんやりとしたままの目には何が映っているのか。

「エース」

シュンがもう一度名を呼べば、やっとエースが瞬きをして顔を上げた。

「っ、シュン、お前どうしてここに……」

ぱちり、驚いた様子で再度瞬いたエースにシュンは肩を竦ませる。

「お前がふらりと出て行ったのを見かけてな、朝から雨の匂いがしていたから追ってきたんだ」

来て正解だったな、と呟いたシュンは体が冷え切る前に戻ろうとエースの肩を抱いた。



「触んな!」



ばしりと手を払ってエースは体を捩る。

「てめえ、気持ちわりいんだよ……!」

エースが激しい口調で言い放ったことにシュンは一瞬動きを停止させた。

眉をひそめて口を開く。

「……エース?」

再び名を呼べばエースは肩を跳ねさせて、すぐさま焦った表情で視線を彷徨わせた。

「わ、わりい……」

視線を落として弱々しく呟かれた謝罪の言葉にシュンは音もなく息を吐き出し行くぞ、と声をかけるとゆったりと歩を進める。



「……なあ」

「……」

気まずそうに口を開いたエースにシュンが目で返事をした。

エースはというと、あちらこちらと忙しなく視線を動かし、息を吐く。

「やっぱり気持ちわりいよな……」

「……は?」

前振りのない唐突な言葉にシュンは疑問符を浮かべてエースを見た。

「だっだから!男が男を好いてるが、その、気持ちわりいだろって話だ!」

下で握り拳を作り、耳まで朱に染めたエースは大声でそう言い、それにシュンは呆けた後、小さく吹き出してすぐさま笑いを殺す。

その反応にエースはぽかんとしてシュンを見つめていたが、徐々に湧き上がってきた羞恥心にぼん、と盛大に赤面してオーバーヒートさせた。

「て、てめええ!俺は本気で、くそ、笑うんじゃねえ!笑うのをやめろ!」

「……いや、すまない。最近エースの様子が変だとは思っていたが、まさかそんなことで悩んでいたとは思っていなくてな」

「うっせえ!つーかもう本当に黙れ笑うな、いい加減そのニヤけるのをやめやがれええええ!」

堪えきれていない笑いで微妙に震えた声で話すと、エースはさらに怒って上着のないシュンの胸倉を掴む。

そのまま揺らしにかかろうとすると、今まで引き摺っていた笑いを消していつものように穏やかに笑んだシュンの片方の掌がエースの首から耳の後ろにかけてをなで上げた。

「ひうっ……!」

小さな悲鳴を上げ、びくんと震えたエースにシュンはゆっくりと口付けた。

「っ……あ、しゅ……ん……」

「……エース」

口付けの合間にシュンが最高に愛おしそうに名前を紡ぐ。

「ちょ、ん!待ておい……い、あ」

シュンの口付けは唇にとどまらず、舌と唇は顎先を伝い、エースの首筋を吸い上げ、噛みつき、舐め上げた。

とさりと上着が地面に落ちて、弱い雨が二人を濡らす。

少し息の上がった二人は、お互いゆるりとゼロ距離から少しだけ離れた。

エースは切なく眉を寄せてじっとシュンを見つめる。

「……お前が俺を嫌っても、俺がお前を諦めることはできないからな?」

「っは、んなこと最初から知ってるぜ……?」

そう言いながら、どこか安堵したようなエースは掴んでいた胸元から手を離し、シュンにしがみついた。

「吹っ切れたか?」

ぽんぽんと甘やかすようにエースの頭をなでたシュンは雨に濡れながら壁はでかいな、と思考を巡らせる。

「やっぱりよ……」

「……」

「やっぱり、俺が、女なら、良かったのにな……」

腕の中にいる愛する人の痛切に願う、叶うことのない呟きを、雨粒が包んだ。





TEMPESTを沈めて
嵐 暴風雨 動乱



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