望みは時と触


『バロン。てめえ、妹にどういう教育してんだよ』

『え?マロンッスか?フツーだと思うッスけど?』

『全然普通じゃねえ。…ムカつく。てめえ代わりに殴らせろ』

『ええっ?!』

バロンはガタンと音をたて椅子から立ち上がる。エースを見れば拳を作り、バロンを鬼の様に睨みつけていた。作られた拳は間違えれば手から血が出てしまいそうなくらい堅く硬く握られていた
そんなエースを見てバロンの顔は青では無く漂白した。こんなに怒るエースは見たこと無かった。そして、そんなエースに殴られるなんて…!一体自分の妹がエースに何をしたんだ?!そう脳裏で呟くが、正直妹は何もしてない。自分は妹と遊園地に出掛けただけで、出掛けた先で爆丸バトルに巻き込んでしまったが、エースに対しては何もしてない。むしろ会話さえしてない。バロンの記憶の中では。なのに何処からどうなって妹の教育について問われ、エースが苛つくのが分からない
だが、今のバロンにはそれを問う力が無かった。むしろエースがそうさせない。気付けばエースは席から離れ、バロンに近付いている。それはまるで幽霊やゾンビの類が近付いてくるモノに近かった。作られた拳を反対の掌でバシッバシッと叩き、只でさえつり上がっている眼を余計につり上がらせ、怒りの笑顔を作って近付いてくる。そんな恐怖に耐えられる人間はいるのだろうか。勿論バロンは耐えられない。脱兎の勢いでバロンは走った

『バロン?!てめえ待ちやがれ!』

『だ、誰が待つッスか!!』

エースの中ではバロンが逃げ出すとは思っていなかったようだ。バロンが走りだしたと理解し、テンポを外してエースが追いかけるからだ。そんなエースから涙を浮かべ全力で廊下に出たバロンは走る。今なら自己最高記録が出ても可笑しくない。むしろ出さなきゃならない。それだけ恐いのである
そんなエースから逃げるバロンの前にこの家に滞在許可を与えてくれた仲間、マルチョが現れた。バロンは助けを求めるために、彼にとっては小さいが、その背に縮こまるよう隠れた。いや、マルチョを楯にしたという方が正しい

『ば、ばろんさん?!』

『マルチョ先輩!助けて下さいッス!!』

泣き叫ぶようにバロンはマルチョに言う。それを聞いたマルチョは「落ち着いて下さい!」とバロンを落ち着かせようとする。だが、バロンは落ち着く余裕さえ生まれず只脅えるだけだった。その理由はマルチョは知らない。取り敢えず何故バロンがこんな状態になってしまったのか、マルチョは問うことにした
いや、問おうとした。だけど問えなかった。マルチョが口を開き、自分の背にいるバロンに問おうとした瞬間

『バロン?!てめえ何処にいんだ!!』

エースが怒濤の如くマルチョの視界に現れてしまったからだ
背にいるバロンからビクリと反応するのを体感しつつ、同時に自分の身体もビクリと跳ねた。鬼が眼の前にいる。エースには失礼だが、マルチョはそう感じ今にも涙が出てきそうな眼を必死に耐えさせた

『え、えーすさん…。どうしたでございまするか?』

『……』

自分の声がこんなにも震えているなんて初めてだ。そう思いつつ、マルチョは冷静を必死に装った。一体バロンは何をしたのだろうか?そう考える暇は無い。正直彼も逃げたくて仕方なかった
エースは無言だった。それがやけに恐い。ただジッとマルチョを見ていた。無言で只見ているだけだった。それがほんの数秒だった。バロンやマルチョにとっては何時間もいた気分だったが。何を思ったのかエースは、自分の顔の前に拳を持っていき、ニヤリと笑う

『マルチョ…。てめえもムカつくから殴らせろ』

『えっ?』

エースはそう放つ。マルチョは急な出来事で理解出来ず放心した。背にいるバロンはまさか助けを求めた人間まで巻き込んでしまい申し訳ない気持ちと、エースの恐怖に耐えられない気持ちの2種が混合し、マルチョを抱き抱え逃げ出した

『なっ…?!待ちやがれ!!』

そんなバロンを追いかけるのは勿論エースである。鬼の様に追いかけた。まるで本物の鬼ごっこの様だ
バロンは必死に走る。腕にマルチョを抱えていようが構わない。腕の中で放心し、未だに理解出来てないマルチョを思いっきし揺らしながらバロンは走る。もしもマルチョが放心状態ではなく辛うじて意識が現実にあれば、間違いなく吐いてしまうだろう。それくらい、いやそれ以上に揺らす
そんなバロンの前に、次に現れたのは自分がもっとも尊敬する人、ダンだ。バロンには泣きつく余裕も、ダンに状況説明する余裕さえ無く、マルチョを下ろしダンの背に隠れ縮こまるだけだった。するとマルチョは意識を戻し、バロンと同じように縮こまる。いや、2人とも楯にしているだけである。そんな事をされれば、された側は疑問に思うだけで、ダンも疑問に思い頭上に[?]を浮かべた

『どうしたんだ、2人してさ?』

『……』

ダンは問うが、2人は応えなかった。ただダンを楯にし、震えるだけだ。楯にされたと思っていないダンはやはり疑問に思うだけで、首を傾げる

『バロン!マルチョ!』

『あ、エース。2人ならここに居るぜ?』

そんな中鬼の様にエースが現れた。名を呼ばれた瞬間にそれぞれビクリと身体を震わせる2人。だが、それよりも恐ろしかったのが、楯にした人物が楯の役割を果たさず敵に居場所を教えたからだ。まあ、隠れていようがバレバレだったが。それでも2人は隠れていたかった
居場所を教えつつ、何故エースがそんなに怒っているのだろうか。そしてどうしてこの2人は脅えているのだろうか。ダンは呑気にそんな事を考えつつエースの顔を見ていた。どうやら、ダンには鬼のエースは恐くないらしい
エースは礼を言わずダンの後ろに脅えている2人を見る…と思いきや、何故かダンに眼がいっていた。それに気付くのはダンだが、本人は余り気にしていない。エースはただジッとダンを見ていたが、何を思ったのか彼の手が動いていた

――バシッ!

『って〜!なにすんだよ!!』

エースはダンの頬を叩いていた。その音に吃驚し、縮こまっていた2人は互いに顔を上げエースを見る。ダンはヒリヒリと紅くなっていく頬をさすりつつ、エースを睨み文句を言う
だけどエースは何故か怒っている。もう一度拳を握り、エースは低い声を放った

『ダン…。てめえが一番ムカつくな。大人しく殴られろ』

『はあ?!どういうい』

『ダンさん?!』

『逃げるッス!ダン先輩!!』

エースの放つ言葉の意味を理解し、納得のいかないダンは反論しようとするが、後ろにいた2人に止められる。マルチョがダンの背を押し、バロンが腕を引っ張る。そして逃げ出した。急な出来事でダンの足がもたつが、バロンもマルチョも気にしない。むしろ逃げる事しか考えてない。ダンはそんな2人を不思議に思いつつ、イキナリ殴ったエースに対しての苛々を身体に溜めた。そしてやはりワンテンポ遅れてエースが後を追いかける

『たくっ…。どういう事だよ!なんでエースが怒ってるんだ?』

『それが分からないので御座います!』

『イキナリ「殴らせろ!」て言ってきたんッス!!』

『なんだそれ?!…あっ!シューン!!』

3人が逃げる先に次に現れたのはダンの幼なじみ、シュンであった。彼は修行でもしていたのか、髪が少し濡れ、首にはタオルを巻いていた
名を呼ばれたシュンは前を向いていた顔を呼ばれた方向、ダン達の方を向く。無表情であるが、彼は少しだけ首を傾げ彼らを見た

『…どうした?』

『エースが可笑しいんだ!』

『エースが、か?』

ダンはシュンにエースの事を話そうとした。だが、それはマルチョもバロンも同じ事で3人が一斉に口を開く。ただ言いたい内容は同じなのに、何故か口から発する言葉は互いに違い、何を言っているか分からない。シュンには3人から発する言葉を呪文の様だと思い、苦笑した

『取り敢えず、落ち着いてくれ』

『落ち着いてられっかよ!』

『そうッス!!』

『シュンさんは状況を理解してないから落ち着いてられるんですよ!』

落ち着けと促せば拒否をされ、そして又ワーワーと3人が言い出す。まるで3匹の犬が自分に構って欲しくて鳴いている様な光景だ。そんな光景に溜息を吐くのはシュンであり、やはり彼の口からは「落ち着け」という言葉しか出ない

『おい!てめえら何処にっ!!――っ?!』

そんな中現れたのはエースであった。だが、彼は先程まで違った。走っていた足を急に止めたのだ。まるで急ブレーキでもすかの様に、踵を使い止まった。そんなエースを見て「摩擦で痛くないのか?」と心配するのはシュンである。ダン、マルチョ、バロンの3人は咄嗟にシュンの後ろに隠れた。いや、前と同様に楯にした。そんな3人の行動に苦笑いを浮かべるのはシュンだか、何故かエースは苛っとしていた
シュンはエースの方に向き直し、ジッと見る。だが、エースはジッ見られた反応なのかビクリと身体を跳ねらせ、眼を合わせることに拒否をした。その視界に自分が作っていた拳が入った瞬間、彼はハッとし、拳を解放した。手を軽く振り、先程まであった拳がまるで今まで無かったかの様に軽く笑いながらアピールする。そんなエースの行動を不思議に思うのは楯の後ろにいる3人で、楯は無表情なため何を考えているか不明である

『どうしたのか?エース…』

『べ、別に…。なんでもねえよ!』

問えばエースは慌てて応えた。先程まで怒っていたエースの表情が急変したため、3人はジッとエースを見ていた
エースはシュンとは眼を合わそうとはしなかった。だが、チラチラと見ている。声のトーンは普段より高く、柔らかい音を発している。そして何より表情が、違っていた。普段よりも柔らかい、優しい顔をしていた。勿論、こんな顔を3人は見たことが無く唖然としているが、楯はそんなエースに対して唖然とせず、寧ろ普通に接している

『そうか。なら良いが…』

『つ、つかさ!シュンこそどうしたんだよ?髪なんか濡らしてさ!』

『此か?修行で汗をかいたからシャワーを浴びてな』

シュンは首に巻いていたタオルを頭にかけ、ワシャワシャと髪を拭き始めた。その水しぶきを受けるのはやはり楯にした3人である

『な、何してんだよ?!ドライヤー使え!!』

『此くらいの長さなら別に使わなくても』

『風邪引いたらどうすんだよ馬鹿野郎!!』

シュンの言葉を遮り、エースは注意する。だが、シュンは余り気にしていないのか、未だにタオルで拭いていた。そんな態度を見てエースは先程までとは違う苛立ちを感じていた

『た、たく…。しゃあねえな!俺がやってやる…!』

『ん。そうか。すまないな』

『――っ?!』

エースの肩がビクリと跳ねた。そしてマジマジとシュンを見る。そんなエースに「どうかしたか?」と言いそうな顔でシュンは返す
エースの中ではまさかシュンが自分の発言を素直に聞き入れるとは思っていなかったようだ。ホンの数秒放心し、シュンの言った言葉を理解したら、ボッと顔を紅くしていた

『ほ、ほんと仕方ねえな!つ、ついでに茶もいれてやるよ、風邪引かれても困るしな』

『助かるな』

眼を細めシュンは礼を言う。そんなシュンに対し「てめえはホント世話かかんな!」と言うのはエースだが、彼はとても幸せそうだった














望みは時と触














『結局、何だったんだよー?!』

そう叫ぶのは2人が居なくなった後。そして叫んだのは唯一殴られた者だ

『そう言われましても…。急変しましたから』

宥めるのは、2番目にターゲットにされた者だ

『俺、分かったッス』

『何がでしょうか?』

『エースはただ単に俺達に焼き餅を妬いていただけッスよ』

『はあ?!』

妹の教育を問われ、責任として殴られそうになった彼は見ていたのだ
この場を離れるときにエースが小さくガッツポーズをしていたのを

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