世界は汚く醜くあり





白い壁、白いカーテン、そこに染みついた薄汚れ。

そんな室内のデスク上を占めている三台のパソコンの画面を流し見ながら、それぞれのキーボードを叩く。

「……ふう」

一段落着いて凝り固まりかけた肩や首を揉んでいると、離れた場所にある扉がそっと開いた。

「お茶、いかがですか」

かた、と流れるように自然な動きで愛用している湯飲みが置かれる。

顔を上げれば表情の欠落した無表情、しかし長年一緒にいるせいか、どこか温かみを感じる表情があった。

「ああ、ありがとう」

動かない表情、起伏の少ない声音。

それに微笑んで茶を啜る。

「エース、このF3-56にあるデータをそこに打ち込まれているアドレスに送ってくれ」

「わかりました」

そう言って頷いたエースの動きが僅かに鈍くなったのを見た瞬間、しまった、と思った。

その時にはすでに遅く、エースの瞼が落ちるのと同時に膝が折れる。

自分に溜め息を吐いて湯飲みを置くと、床に蹲ったままのエースを抱き上げた。

もう自力では動かなくなったエースの額に口付け、そっと歩き出す。

「おやすみ、エース」

別室にあるコードが生い茂った寝台に下ろし、コードを繋いだ。



「おい、シュン!テメー宛に郵便物」

荒々しく扉が開くと、聞きなれた声と一緒に茶封筒が飛んでくる。

「物は大切に扱え。投げるな」

ぱしり、茶封筒を掴み封を切りながら言った。

「あーはいはい、悪かったな」

そう言いながらエースは歩いてきて、デスクの端に腰掛ける。

「エース」

強く名前を呼べば渋々と言った様子で床に下りて自分の椅子を隣に持ってきた。

「……またか」

広げた紙に繰り返される、つい数日前にも読んだ同じ印字にあきれて溜め息を吐く。

そのまま封筒ごとシュレッダーにかけてキーボードを叩いた。



俺の母さんが俺の為に作った、人間に劣らない精巧な姿形のアンドロイド、エース。

つい数週間前まではだたのアンドロイドだった。

研究者だった母さんの後を継いで、俺は心の作成について研究をしている。

そして長年の研究の末やっと出来上がった心。

人型アンドロイドが発展し、生活に浸透しているこの世界でも、心を持つアンドロイドは夢のまた夢。

どこから情報を手に入れたのか売るつもりなんてさらさらない俺の所に、アンドロイドを動くダッチワイフとして使うような脂ぎった薄汚い富豪達がそれを自分に譲れと何度も訪問してきた。

それの対応が面倒になり、俺が出した結論はそれを使ってしまうこと。

しかし、心を入れた途端、今まで欠点などなかった有能なアンドロイドだったエースは、有能には変わりはないのだが口の悪さだとか行動だとか、少しばかりよろしくないアンドロイドになってしまった。

今は亡き製作者の母さんになんだか申し訳なく思って、何度か心を取り外そうとしたが、エースが拒み今でも心は入ったまま。

一つ不思議なことは、今まで一日一度は充電をしないといけなかったエースが一度も充電をしないで生活をしていることだ。



「シュン」

「……なんだ」

俺は今更ながら大変なものを作って、大変な奴につけてしまったのかもしれない、と重い思考をしながらキーを叩いていると、エースが肩を揺らしてくる。

「そこ打ち込みの場所が違え。PじゃなくてGだろ」

画面を指摘されて見直せば、確かに上下に段がずれていた。

このプログラムで何度やってもバグが生じたのはこれのせいか。

エースの今までと変わらない働きに感心しながら打ち直せば、隣であきれたような溜め息が吐かれる。

「お前、疲れてるだろ。そんな打ち間違えいつものシュンだったら絶対にしねえ」

少し寝てこい、そう言ったエースは顎で部屋の隅にある簡易ベッドを示した。

視線の合った目は無言で寝ろと命令している。

「……」

仕方なく椅子から立ち上がり、白衣を脱いで壁にかけ、白いシーツの上に腰掛けた。

「ところでエース、どこに行く気だ?まさか外じゃあないよな?」

今の俺から一番見えづらい所の扉へ向かってそっと移動していたエースに声をかければ、その肩が大袈裟なくらい跳ねる。

「なっ、なに言って!外なんて行くわけ……」

「なら良いが、お前は一部の卑猥で汚い富豪の奴らから狙われている身なんだ。前に何度もあったのを忘れたのか?」

必死に弁解しようとする行動に溜め息を吐きたくなりながら立ち上がった。

歩く度、いや、立っているだけでなんだが頭が重い気がしてエースが休めと言ったのは正解だったらしい。

「この世界を自分の意思で歩けるアンドロイドはこの世界でお前だけだ。それを狙って男に裸に剥かれたときもあっただろ。色々と未遂だったから良いものの、毎回襲われる度に運良く俺が通るとは限らないんだ。あんなことはもうあって欲しくない。外の世界に興味が湧くのはわかる。でも、行くなら俺と一緒に行こう」

さらり流れる髪をなでてエースを引き寄せる。

「……悪かった」

静かに謝罪されて、そっと回った手にインナーを握られた。

腕に抱いている体は小刻みに震えていて、それを沈めてやるようにさらに密着する。

「いや、俺も悪かった。嫌な記憶を思い出させた」

俺の言葉に涙を浮かべて甘えるように体を擦り付けてくるエースは、たったそれだけでいつだったか半ば無理やり友人達に見せられた白々しいAVの内容なんかより何倍も、何十倍もそそられた。

「一緒に寝るか?」

落ち着かせるためにそっと体をなで下ろしてやれば、それを勘違いしたらしいエースは顔を赤くして口を開く。

「……しょ、しょうがねえ!て、テメーが変なことしねえなら、一緒に寝てやっても……」

尻すぼみになっていく強がりに苦笑すれば、エースがむくれて俺の胸に顔をうずめた。

「明日」

「なんだ?」

「外、行きてえ……」

長めの前髪から銀の瞳が見上げてきて、その返事の変わりに彼の額に口付ける。

くすぐったそうに柔らかく笑んだ表情にやはり心は美しい、と感嘆した。





世界は汚く醜くあり
そして、美しい


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