プリズム




「ったく、ドコなんだよここは…」


ダンとバロンに乗せられて<鬼ごっこ>なんてものに参加してしまったことをエースは激しく後悔した。
山間部の頂きに構えたシュンの実家の屋敷は迷路そのものだ。
似たような廊下に似たような部屋ばかりが並び、平衡感覚すら惑わす。
季節は夏。梅雨が明けたばかりでうだるような蒸し暑さに汗が止まらない。
遠くで鳴く蝉すら嘲笑っている気がしてきて余計に腹立たしく足早に渡り廊下を過ぎた。
奥へ進むと竹藪に抱かれるように建てられたこじんまりとした小屋が見え、隠れ場所には最適だと思いたった。
小さな庭園を抜けて木製の扉の前で立ち止まる。
南京錠はかかっているが、施錠はされていない。
足を踏み入れると、8畳ほどの広さで外観より手狭に感じた。
内部は隅に大きな木箱と背丈の高い棚のみ。
格子から入る日差しを頼りにした空間は薄暗く、
どこか淋しげに見えるが手入れがゆき届いており塵ひとつなく清廉に映った。
ふと足元に視線を落とすと畳の上の色鮮やかな洪水に目を奪われる。



「何をしている」

「――ッ!?」


しゃがみこもうとした瞬間、背後から馴染みの…それも棘のある低い声を聞いた。


「な、何だよ!脅かすな!!」


シュンは怪訝な表情を浮かべ、後ず去ったエースと足元に転がったそれを見比べた。


「ここには何の用だ」

「用って…別に、隠れる場所を探してたらこの小屋を見つけたからな」


剣呑とした視線を感じながらエースは淡々と答えると、シュンはどこか安堵したかのように溜息をついた。


「…ダンたちならまだこちらの離れには来ないぞ。暫くここにいればいい」


当然ながら屋敷内を知り尽くしたシュンは遊びには不参加だったため我関せずと情報を流し
エースの隣に腰を落とした。



(まあ、俺が鬼なんだけどな)



言葉を飲み込むとエースもその場に胡座をかく。


「なあ、これ何なんだ?初めて見るんだが」


エースは改めて辺りに散らばったものを目だけで見遣った。
シュンは手近なところにあった半透明の球体のひとつを眼前に翳して見せる。


「これはビー玉という。ビードロ玉とも言って玉をぶつけ合って遊んだり、
観賞用に収集する場合もある。それに」



「これを通して人を見ると、相手の心が見える」



その小さなビー玉は綺麗な蜜柑色を帯びていて、中の水泡が光に反射してきらきらと光った。
ぎくりとする。
目の前の双眸と同じ色。
自身さえ知り得ない心の奥まで見透かされている気分になる。
心臓が早鐘を打ち、顔に血が集まるのが分かり手が震えた。


「…ぁ、」



スッと延びてきた腕に身体を引き寄せられて掠めるように唇を奪われた。  



「――だったら、いいのにな」

「…は?」  

「さあ、早く戻ったらどうだ。お前が鬼なんだろう?」


シュンは涼しげに笑みを浮かべるとひらりとその場を去った。
右手に握らされたビー玉とぽつんと取り残されたエースは顔を真っ赤にして恨み節を叫ぶしかなかった。
その後それこそ鬼のようにシュンを追いかけまわす光景を目の当たりにしたダンたちは
揃って首を傾げることになる。


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