VSケーキ


『エース、何故2つあるんだ?』

『いや、だって…、さ』

少し強めな口調で問えば、エースは俺から眼を反らした。指は互いに円を描くように急かしなく動く。口が反論したがっているが、自分が悪いと分かっているのか「あー」とか「うー」とか呻き声の様な単語しか発しない。俺は先程開けた箱の中身をもう一度見て、やはり溜息が出た。やはりあの時、一緒にいれば良かったと後悔する
こんな事件が発生してしまったのは30分位前のたった一言の発言が原因だ


『ケーキ食いたい』

『はっ?』

エースがいきなり言った。ほんと、いきなりだ。梅雨があけ、夏本番になった気候で慣れていないエースにとっては耐えられないだろうと思い、縁側で半ば死にかけているエースのために、俺が桶に水と氷を入れ持ってきた瞬間だ。俺の中ではこの桶にエースが足を入れて涼んで貰おうとか、折角だから西瓜も入れて冷やし、後で食べようとかそんな事考えている中に言われたのだ

『…西瓜では駄目なのか?』

『すいか?て何だか分かんねえけど、それよりケーキが食いたい』

すいかは後で食う
と、エースはきっぱりと言った。その断固した発言と態度に俺は桶を落としそうになってしまった。俺は身体のバランスを戻し何故、ケーキなんだ?と疑問を持つが直ぐに分かった
エースが甘いモノが好きなのは逢って直ぐに知った。だが、エースの中ではヴェスターにあるケーキよりも地球のケーキの方が好みらしい。地球でマルチョの家に世話になった時、その事実を知った。デザートにと出されたケーキを、エースはまるで至福を味わう女子の様に食ったのだ。口にはしないが、頬が凄く緩んでいた。眼も輝いていた。少し離れて座って食べているルノと同等、いやそれ以上だったかもしれない。そんなエースを見てそれ程旨いものかと思いフォークを持つが、やはりケーキに刺すことが出来ず、眼の前で美味しく食べるエースにあげた。エースは「いいのか!?」とこれは又輝いた眼で訊いてきたから、それ程好きなんだなと思った。問えば「ヴェスターのよりも旨い」て言っていたな
だから、エースがケーキが好きなのは分かる。だが、何故今なんだ?

『明日か』

『今食いたい』

肩からズルッと服がずれた。エース、お前少し我が儘ではないか?と言いそうになったが、俺は口を閉じた。惚れた弱みというモノだろうか。呆れ、溜息も出るがそんなエースも可愛いと思った

『…だって、よ』

そんな俺を見て、エースはどう感じたのか。小さく、視線を下にして言葉を発する辺り、今のエースは申し訳ない気持ちで一杯なのだろうか。気にしなくていいのにな

『シュンの家、菓子はずっと煎餅とか大福とか団子、だからさ…』

エースに言われた気付いた。そう言えば、家にケーキなんてないな。ダンやマルチョ、つまり友人の家に行った時にしか出されなかったな。だが、正直甘いモノが食べれないから俺は苦では無い。それよりも煎餅の方がいい
だが、エースは俺と違って甘いモノが好きだ。そんなエースにとっては、苦なのかもしれない。大福の甘さよりも生クリーム甘さの方が好きなんだな
だが、そんな事言われると…。アレだ。なんか、痛い

『今の発言を聞いているとな』

『…なんだ?』

『お前は俺よりもケーキの為に地球に来たように思えて仕方ないのだが』

数日前に俺はマルチョに呼ばれ家に行けば、何故か直ぐにヴェスターと通信が出来る部屋に連れて行かれた。通信をすれば、そこにはクラウスが居て、俺と1対1で話したい奴がいるとか言い、直ぐにクラウスは画面から消えた。マルチョもそれを聞き部屋を出てしまい、ただ風景を映す画面を俺はどのくらいか分からないが見ていた。半ば飽き、俺も部屋を出ようと背を向けた瞬間、俺を呼ぶ声が聞こえた。いや、実際は小さくて気がしたの方が正しい。空耳かと思い無視も出来たが、俺の好きな声だったから振り向けば、其処には顔を紅くし、画面を直視出来ないエースが映っていた。それを見て嬉しいと感じ、又相変わらず可愛いと思った。頬が緩みそうになったが、平常心を保つ事にし、エースに話かける。すると彼奴は「今から地球に行く」と断言し、そこで通信が途絶えた。呆気に取られたが、俺はまさかと思い直ぐに庭まで出た。すると其処には次元ルートが出来ていて、俺が一息吐いた時にはエースが現れた。家出でもするかのように、大きめな鞄を持って。取り敢えず再会の挨拶をし、何故地球に来たとか荷物の事を問えば「シュンに逢いに来たに決まってるだ
ろーが!」と頬を殴りながら応えられた。嬉しいが、流石に痛いぞ…。だが荷物の事は答えて無く又問えば「…勝手だけど、地球にいる間はてめぇの家に世話になるからな」と紅い顔をして今度は応えた。そんなエースの答えに俺は驚いた。確かに勝手かもしれない。だが、そんなエースが可愛くて俺はエースを抱き締めた。腕の中で暴れられたが、直ぐに大人しくなったエースは「つか、なんでシュンは迎えに来ねえんだよ…!」と小さく呟いていた
だからエースは俺に逢いに地球に来たのが目的だというのは分かっている。だが、今のエースの頭の中はケーキで一杯だ。むしろケーキの事しか考えてないのかもしれない。それが、なんだか嫌だ

『ばっか…!つかケーキのためだったら四六時中「ケーキ食いたい」て言うが?!』

『…だが』

『だがでもくそでもねーよ!食いもんに嫉妬すんな馬鹿野郎!』

…ケーキに嫉妬か。そうかもな。エースをあんな顔にさせる事が出来るのはケーキだけだからな。だからなのか。エースが[ケーキ]と発言するだけでこんなに苛々するのは

『…つかさ、シュンも嫉妬すんだな』

『当たり前だ。だが、人以外でしたのは初めてだ』

『そう、か。でもよ、なんか嬉しいんだけど、シュンが嫉妬してくれてるなんて。だけど、ケーキに嫉妬すんなよ…』

俺もシュンの事、好きなんだぜ?

ビクリと肩が震えた。エースがサラリと発言してしまった言葉の所為だ。俺が何も言えなくなり、沈黙した空間を疑問に思ったエースは首を傾けて考え始めるが、直ぐに自分が最後にした発言を思い出したのか、見る見る内に顔を紅くしていった。「あ、えっと」と反論でもしたいのか慌てるエースだが、もう遅い。俺の耳に入ってしまっている。それに紅い顔をされ慌てられれば、それはもう可愛い以外言いようがない。苛々したり痛かった感情も奇麗さっぱり無くなり、ケーキに嫉妬していた自分が可笑しいというか馬鹿らしい。そして「まあ、いいか」と自分の中で思い、俺は今まで持っていた桶を縁側のエースの足を伸ばした先に置いた

『しゅ、しゅん…!い、いまの!』

『もう少し待っててくれないか?』

『は?』

慌てていたエースが急に呆けた。紅い顔してそんな顔されてもコッチが困るだけだなと思い、そして今のエースの中には一時だがケーキの事が無くて嬉しい

『ケーキ、食いたいんだろ?支度が出来るまで此で涼みながら待っててくれ』

『っ?!ああ!』

キラキラと眼が輝く辺り本当にケーキが好きなんだな。又嫉妬してしまいそうだ。だが、さっきの発言も、それから今桶に足を入れ気持ちよさそうにしている顔も見れたからよしとしよう。それにしても絵になっている

支度と言っても、エースが涼む為に使っている桶に西瓜を入れたり、財布を準備し、それからエースの分の草履を持ってくるだけだから直ぐに終わる。此処での生活に慣れたエースは用意した草履を普通に履き、俺達は縁側から家を出た。隣を歩くエースは普段と違って歩調が軽やかだ。間違って転んでしまうのではないかと思う。頬が凄く緩み、眼を輝かせながらエースは歩く。又嫉妬してしまいそうな感情を抑え、俺はケーキ屋まで案内した
俺の知っているケーキ屋は小さくまるで個人営業店の様な店だ。だが、店に入るなり混雑はしてないが人が居たので美味しいのかもしれない。入口からショーケースの短い距離をまるで瞬間移動のように店内を走ったエースは、しゃがみショーケースに手を当て、輝いた眼をしてケーキを見つめた。その姿はもう子供だ。客や店員はそんなエースが面白く小さく笑っているが、エースには聞こえていない。今はケーキに夢中だ。正直恥ずかしい。一応、エースとは恋仲であるが、男である。容姿が凄く可愛いが、エースは男だ。男がケーキを輝いた眼で見ていて、俺は凄く可愛いと思うが、一般的には気持ち悪い。俺は周りの眼を少し気にし、エースに近付いた

『あの?彼氏さんですか?』

『ん?俺か?』

ショーケースの向こう側にいる店員がにこやかに話しかけてきたが、何故彼氏と言われるのだろうか?店員は戸惑いながらも「あ。其方の方、彼女さんではないのですか?」と訊いてきた。店員の手が案内しているのは斜め下であり、其処には眼を輝かせた男がしゃがんでケーキを見ている。俺は店員を見て、又下の男を見た。吃驚した。店員にはエースが女に見えている。それがとても有り難い。「ああ。彼女です」と店員に伝え、俺はエースの隣をしゃがんだ

『エース』

『なあ、シュン。どれがいいか?どれも旨そうだ』

…店員との会話は聞いていないようだ。エースのケーキに対しての夢中効果か。ホッとし、俺もケーキを見るが、もう見ただけで充分だ。最初は気付かなかったが、店内の空気だけでも参る。エースには悪いが気持ち悪い…。俺は財布から千円札を出した

『エース、悪いが俺は外で待つ。金は此を使え。それから1つだけだからな。間違ってもホールは買うな』

『…分かってるって!』

エースは千円札を握りケーキを見つめた。そんなエースを見ていたいが此方の体力が限界な為、俺は立ち上がり店員に会釈をし店を出て、新鮮な空気を吸った
エースは結構時間をかけて出て来た。だが、なんだか雰囲気が可笑しい。あれだけケーキ食いたい発言をしていたのに少し戸惑っていた。よく分からないが、俺達は家に帰り、エースが厠に言っている間に茶の準備を始めた。俺がケーキの箱を開けたのはエースが厠から帰ってきた丁度である

そして話は冒頭に戻るのだ

『俺は1つと言ったよな?覚えてたか?』

『覚えてた!馬鹿じゃねえし』

『馬鹿で無いなら1と2の違いを知っているハズだ』

『そ、それは…』

エースが下を向く。俺は溜息を吐いた。覚えていたら何故エースは2つ買ったんだ。そんなに食べたかったのか…。又、苛々する

『…店員が「彼氏さんの分も一緒にどうですか?」て言ったから』

『は?』

『だから!店員が「一緒に食べた方が美味しいですよ」て言ってきて、俺もシュンと一緒に食べてえって思ったから…!』

甘く無さそうなの、2つ選んだんだよ
泣き叫びそうなエースの声が耳に響く。吐かれた言葉も1つ1つ心に響いた。そうか、だからクリーム系では無くタルトが2つ入っていたのか。又ケーキに嫉妬しかけていた自分が馬鹿らしい。そしてエースがこんなにも可愛い人だと知れて、頬が緩んだ

『エース、怒って悪かった。だが俺には無理だから気持ちだけ受け取る。有り難う』

さあ、お茶にしよう
エースに手を差し出せば何故か顔を紅くして外方を向かれる。何故だか分からないが可愛いだけなので、そんなエースを見つつ茶の準備を再開した














VSケーキ














『ケーキ嫌いって損じゃね?』

『そうか?ケーキじゃなくても俺は甘いモノを知っている』

2つ目のケーキももうすぐ無くなる。エースは名残を惜しむ様にケーキを食べ、俺は茶を啜る

『シュンが好きな甘いモン…て何だ?』

『ここ最近頂いてないが今夜頂こうと思っている』

エースを見るがキョトンとしている。意味が分かっていないみたいだ

『エースって甘いよな』

『なっ…!ば、ばか!!』

意味を理解したエースは紅くなり、下を向いた。そして最後の一口を食べ、部屋を脱兎の如く逃げ出した

『今夜はいつもより甘そうだ』

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