さけぶ


現代の世において、神や悪魔を信じるものはいないだろう。だが、いまだに裏社会には宗教的考えは多く、悪魔払いがあることも事実だった。だが、成功した事例は少ない。それは、悪霊払いと称し、虐待が行われる場合がある為だ。最悪、焼き払われたこともある。
何故こんな話をしたのかというと、シュンは悪霊に憑かれた、ある少年に出会ったことがあった。今思えば夢だったかもしれない。教会の一室から出る事を許されない彼は、シュンとあまり年の変わらない、幼さを漂わせていた。悪魔に取り憑かれているとは思えないほどの気品もあり、シュンは一瞬で恋に落ちた事を覚えている。
シュンはそういった非現実的なことを信じている訳ではない。ただ、彼を信じたいと素直に思えた。
「へえ、まさか今回は一般人を連れて来るとはな」
好戦的な言い回しにぞくりとする。彼が言うには、毎日霊媒師や祈祷師が代わる代わるここを訪れるのだという。普通の部屋だが、壁からタンスなど、全てが白く、シュンは眩しさに目を細めた。彼は真っ白なベッドに身を委ねている。シュンは距離をおいて、椅子に座った。木で出来た、この部屋では異質な茶色をしている。
「お前、名前は?あ、本名は明かすなよ。悪魔に憑かれる」
「……では何と名乗ろう」
「じゃあそうだな…まがいなりにもここは教会だし、パルは?」
聖書から名前を取ったのか、パルは「不思議」という意味のある名だ。素直に頷いておく。
「では君はナアマンか」
「美貌かよ。嫌味か」
彼はせせ笑った。
「俺が悪魔に憑かれるってのはな、男女問わず性欲を掻き立てるんだと」
彼は吐き捨てるように言う。神を敬うこの宗教は、性行為を禁じているのだから仕方ないのだろう。
「お前もか?」
ムラムラするか?と、無邪気にベッド上で回って見せる彼はとてつもなく可愛らしい。気づけば「ああ」と答えていた。
「素直だな、パル。気に入ったぜ」
彼は笑う。つられてシュンも笑った。
「ここに来るやつは抑えきれなくて襲ってくるやつらばかりだったのに、お前は冷静だ」
「そういう事を言わないでくれないか」
「へえ…」
あまりに好戦的で身が持たない。この椅子からベッドには近づくなと言われているが、これ以上近づけば本当に危ないかも知れない。
「危ないと思ってんだろ?」
彼がまさしく悪魔の如く微笑みかけて来る。 
「きっと上の奴らもお前なら大丈夫だと思ってんだよ。見張りもつけねえで話せてるんだし」
「見張りがいるのか?」
「ああ。無くても、」
指さした場所にはカメラが取り付けてあった。しっかり防犯ガラスの中に収まっている。
「だからお前は恵まれてんだよ。なんだ?神父の息子か?」
「いや。ただの霊媒師だ」
言うと、彼は予想外だと言いたげに眉を上げた。大きい目がさらにぱっちりとする。
「…お前、俺と同い年だよな?」
「だろうな。ただ、俺の所属は陰陽師側なんだ。それに痛みも伴うが」
「……」
「それに、君は悪魔に憑かれているんじゃなく、ただ魅力があるだけだろう?」
そんなことは言われたことが無いのか、彼は顔を真っ赤にした。どんな人間でも惹かれる彼の罪を魅力と言いのけたのだから、教会支部も驚きである。
「……お前、死にたいのか?悪魔を否定して」
「だから、痛みを感じたくなければ、除霊などしない」
言うと、彼は怒ったように起き上がり、ベッドへとシュンを連れ込んだ。上にのしかかられ、首を絞められる。華奢な見た目とは裏腹な、強い力で。
「うるさい!お前、俺が今までされたことが何もかも俺のせいだってのかよ!悪魔なんか憑かれてねえのに!野郎どもに襲われそうになっていつも…!…誰が来るかも解ら無くて怖くて怖くて、…!」
叫び声は、きんきんと頭に響いた。涙が降ってきて、シュンの顔に伝う。先程までの気高さは、来た相手に対する精一杯の抵抗だったのだろう。そのうち、彼の首を絞めていた手は力を抜いていた。ただただ彼は泣いた。シュンが抱きしめようと伸ばした手を払いのけ、睨むでも無く、涙の滲んだ目をこする。
「…ごめん。俺は、憑かれてなくても悪魔に変わりないんだ」
「……」
「だから、抱きしめたりなんかすんなよ」
彼は、ベッドから降りて部屋の隅に座り込んだ。頭を膝につけ、顔を伏せて。シュンもベッドから降りれば、一言だけ声を掛けた。
「また来る」
彼は肩を震わせたが、顔を上げることはない。シュンはそのまま音を立てずに部屋から出ていった。
(あのままだったら、理性は砕けていたな)
シュンは頭が鈍く痛くなるのを感じながら、足早に教会を後にした。





2011/05/10

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