丑満時のカタルシス 



苛立ちなのか何なのか…。
よく分からない感覚に囚われて今日も眠れない。


今までのエースにとっては全く無縁だった筈の感情に、心は酷く動揺する。


「っ…」


全く訪れない眠気に、エースはゆっくりと上体を起こした。

静かに呼吸を繰り返していると、ほんの少しだけ落ち着いた様な気がする。



「クソッ…何なんだ……」


最近まともに睡眠が取れていない事に不快感を感じながら、思い当たる元凶の元に行ってみる事にした。


他のメンバーは皆ぐっすりと眠っているから極力起こさぬ様にと静かに移動する。


用のある相手も既に寝ているかもしれないが、それならそれで思う存分ちょっかいを出してやればいい。


そう思いながら目的地の最後の扉を開けた。




「…こんな遅くに何の用だ?」


「お…、起きてたのかよ…」




部屋に入るや否や、姿を確認するより早くその相手の声がした。


エースが思わず言葉を溢すと、この部屋の主…シュンは「気配がしたから目が覚めた」とサラリと言って返してきた。


要は、エースが此の部屋にやって来ることは分かっていたという事だ。


エースとしては、あわよくば隙を見付けて茶々入れする気でいた為、自分より一枚上手だった相手に悔しさが募る。




「…で、本題に戻るが…俺に何の用だ?」


「何って……その…」




いざ、文句の一つでも吐き捨ててやる気で来たというのに、全く曇りの無い真っ直ぐな眼差しを向けられると、言いたい事が胸の奥へと引っ込んでしまう。



エースはシュンの此の眼差しが堪らなく苦手だった。
瞳さえ…目線さえ合わせなければ幾らだって文句や悪態が出てくるのに。


視線が合った瞬間に口は重くなり、声量まで小さくなってしまうのだ。



「…?」



「眠れねえんだよ…お前が…来てから……」




何度も息継ぎをしながら漸く出た文句はいつもよりずっと弱いもので、シュンの耳にちゃんと届いたかすら分からない。


「…それで、俺に文句を言いに来たのか?」



「バーカ…そんなんだけならわざわざ此処まで来るかよ…」



とりあえず、会話はなんとか成り立っている様だ。

内心安堵しながらもシュンが迷惑になる事を。と、エースは彼がいつも寝ているであろうベッドに思いっきり身を投げた。


自分でも何をしたいのか分からなくなってしまい、勢いに任せる事にする。





「…オレが寝付けるまで付き合え」




「は…?」





暫しの間。


シュンは言葉の意味を解釈するのに少々手間取っているらしく、パチパチと瞬きを繰り返している。


発言したエースも、口にしてから徐々に後悔の念に苛まれて俯き始めた。



「エース…。お前…、自分の言ってる言葉の意味を分かっているか…?」


「…」


恐ろしく落ち着いた低い声でシュンが尋ねてくると、エースは分が悪そうに枕を抱え込み顔を埋めた。


ただ、分かったのはシュンに対して抱いている本当の気持ちで、此処まできていきなり暴露するのは堪らなく恥ずかしいという事。



何も言わないエースに、シュンは小さくため息をついてベッドにそっと腰を下ろした。

その重みで、少しだけ二人の体はマットに沈む。



「…勘違いかも知れないが…俺の事好いてくれているのか?」



「分かんねぇよ、そんなの……」


エースはポツリと呟くと枕を抱える腕に力を込めた。
不意にシュンに優しく髪を撫でられ、その心地好さにエースは瞳を細める。




「俺の事が本当に嫌いならそんな顔はしないだろう?」



「……どんな顔だよ」



ほぼ的を射てるシュンの察しの良さには、エースも観念せざるを得ない。
更に否定をしたら、根掘り葉掘り観察結果を述べてくる。
これ以上恥ずかしい思いはしたくないのでそろそろ折れようとも考えていた。



返答が来るのをジッと見て待っていると、髪を撫でていたシュンの手は頬に降りてきた。



「…よく恋してる女子がしそうな顔だ」


「……バカにしてんのかてめえ」




「いや、…綺麗で凄く可愛らしいと…」



「な…」




片手で頬を撫でていたシュンは、身を屈めて両手でエースの頬を包んだ。


全てを見透す様な瞳が直ぐ目の前にあり、エースは顔が熱を上げていく感覚を覚えた。



「そんな顔をされると勘違いしてしまう」



「勘違い……なんかじゃねぇよっ…!!………悔しいけど…お前が好きだよ……」



もう恥ずかしくて爆発しそうだとエースは思った。
紛れもない本当の気持ちを相手に告げるのはどうしてこんなに苦しいのだろうか…。


思いを告げた途端、目には涙が浮かんでいた。



エースの告白にシュンは一瞬目を見開き、直ぐに安堵の表情を浮かべると、エースから溢れる涙を指先で拭い、口付けを交わした。

触れるだけの甘い口付けをエースは拒まずに受け入れる。



唇が離れると、身体を抱き寄せられた。

伝わるシュンの体温に安堵し、自然と眠気が訪れる。



「…このまま一緒に眠ろうか」


髪を撫でながらの優しい声にエースは小さく頷き、瞳を閉じて身を寄せた。

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