自ら1人になろうとする悪夢


真っ暗な空間に、何かが伸びてきた。それが俺の頬を触る。とてつもなく気持ち悪くて払おうとすれば、手首を捕まれる。そして、ドスンと音がし、背筋に痛みが走った。いてえ。足を使おうとすれば、足で抑えられる。気付けば俺の両腕は、頭上で捕まえられていた。恐怖で震えるが、睨みつける。涙眼でも、睨みつけた。すると俺よりも体格がよくて、40代の男は嬉しそうにニヤリと笑う。気持ち悪い。それ以上に怖い。怖くて恐くてたまらなくて、彼奴の名を叫ぼうと必死に声を出そうとすれば、俺の口を塞がれた。息が出来なくて身体をもがこうとする。だけど固定されているから、何も出来ねえ。辛くて涙が頬を伝わるのと同時に、ヌルリとした気色悪い感触が口の中で広がった。暴れたい。だけど暴れられない。恐くて、嫌で、余計に涙が出る。やっと解放されたかと思えば、其奴の空いた手は、ある場所を触りやがった。触られて身体がビクリと跳ねる。それを見て其奴は嬉しそうに笑った。気持ち悪い。気持ちわりい。でもそれ以上に、反応する身体が嫌だ。止めて!助けて!!さわんな!きたえねえ!嫌だ!イヤだ!助けて!!タスケテ!!



『あ゛あ゛ー!』

言葉にならない叫び声を俺は発した。眼の前に浮かぶ光景は数日前に俺が受けてしまったモノ。思い出したくないのに思い出される光景で、頭痛がする。それ以上に気持ち悪い。いや、自分が汚くて仕方ない
そんな汚い自分を忘れたくて、思い出したくなくて、こんな自分が嫌で。もう色々と訳が分かんねえ感情が渦巻いて、俺は近くにあった何かを掴んで投げた。バリンと硝子が割れるような音が遠くで聞こえたが、収まらねえ。近くにあるものを手当たり次第掴んでは投げた。そのたんびに何かしらの音がしたが、どうでもいい。俺は投げ続けた
それでも近くにあるモノは限りがあって、気付けば何もない。すると視界に何かが入った。それが何か分からないが、あたるモノだと認識し、俺はそれを殴る

『…っ』

何かしらの音と、手に感触がした。それでも収まらないのはこの感情で、俺はそのモノを叩きつけて殴った。手に痛みが走る。だけどそれを気にしていたら又思い出してしまいそうで、思い出したくなくて俺は殴る

『――…す』

何か音が聞こえた。分からない。どうでもいい。それよりも、何かにあたりたい。俺はその感情を優先し、又殴る。殴って殴って、忘れることに専念する

『?!』

不意に、俺の頬に何か触れた。ソレは優しく俺の頬を撫でる。そして眼尻も眼頭も撫でられた。優しく、何度も何度も撫でるソレは冷たくて俺の知っている温度だ。餓鬼の頃から何度も味わった温度。俺を安心させ、幸せにしてくれる温度だ。それが何なのか理解したら、暗かった視界に光が入った
歪んだ視界に入るのは、傷ついた肌色と腫れた赤色。少し低めにかけている黒縁の眼鏡と、真っ直ぐ俺を見ている橙色をした眼。黒い髪。餓鬼の頃からムカついたり、振り向いて欲しかったり、色んな時に引っ張った阿呆毛。俺の人生の中で一番大切な人。それを理解したら、違う意味で視界が歪んだ

『しゅ…ん…』

泣きじゃくった声で名を呼べば、歪んだ先の視界で其奴は眼を細めて笑ってくれた。そして又、伸ばされた手で俺の頬を撫でてくれた

『大丈夫か?』

優しい音色に力が抜ける。忘れたい記憶が無くなって、力がなくなった身体は倒れようとする。そんな俺の身体を抱き締めながら自分の身体を起こすのは、冷たい体温の持ち主だ

『しゅ、ん…。わりい』

『何故謝る?エースは何も悪くないだろ?それにお前は被害者だ』

シュンが当たり前の様に述べるから、又視界歪んできた。頬を撫でてくれた手は後頭部に回されて、梳く様に撫でられる。シュンの髪が俺の頬をくすぐる。俺は腕を伸ばして、シュンの首に巻き付けて、寄りかかった。眼を閉じて、シュンの体温を感じて、安心感を得た

数日前、俺は先公に呼び出しされた。学内で不良の俺には呼び出しなんて日常茶飯事だから、何も気にせず、どうせ説教だろうと思い指定された場所に行った。でも、そん時に気付けば良かったんだ
呼び出された場所は外で、しかも使われていない倉庫の近くだった。こんな場所だから、喧嘩でもするのかと思いきや、俺は其奴に後ろから殴られて、倉庫に入れられた。恐くて逃げようとしたら、鍵がかけられていた。そして、強姦された。そんな俺を助けてくれたのは間違いなくシュンだけど、シュンが助けてくれた時には、俺は汚い身体になっていた
それからずっと、俺はこの記憶に魘され続けている。直ぐに病院の精神科だかなんだかにぶち込まれたが、一向に直る気配がねえ。最初は主治医や看護師、親が束になって取り押さえていたが、悪夢から解放してくれたのはやっぱりシュンだった。いや、シュン以外誰も出来なかった
それが分かれば、他の奴らは俺を見放した。悪夢に魘され、暴れ始めれば其奴等はこの場から消えていった。シュンだけが、俺を救おうと立ち向かってくれた。暴れて、何でもいいからモノにあたりたい感情しかない俺に対して、臆する事なく接してくれた。だが…

『…っ!』

『!…わ、わりい、シュン…』

『これくらい平気だ』

気にするな
とでも言いそうな顔でシュンは笑う。それでも俺は自分がしてしまっている事に対して後悔した
シュンの顔には、痣がある。それはもう酷くて、見ていて痛々しい。そして、それを作っているのは俺だから、完治したくても出来ない。毎日、逢いに来てくれるから。その所為で毎日、殴られているから。完治処か悪化していく
それだけじゃねえ。もう暖かくて、半袖や七分袖などの薄着が着れる季節なのに、シュンはいつだって厚着だ。暖房から冷房に変わろうとしてんのに、周りの人間が「暑い」と言ってんのに、長袖だ。しかも、捲ろうとはしねえ。何故なら、其処には痣があるからだ。ちゃんと見たことねえけど、一度だけ腕の痣を見てしまった。火傷よりも痛々しくて、刺された様な痣だった。シュンは「授業で怪我をしただけだ」と言ってたけど、そんなの俺を傷つけないために吐いている嘘だって直ぐに気付いた。腕だけで、すっげえひでえんだ。身体の方はもっとひでえハズ。どんな傷か、想像でしかイメージ出来ねえけど、きっといてえ。そして今、俺はシュンに触れているから、その傷に触れているかもしんねえ。痛いハズなのに、何も言わねえ。触るな、とかも言わねえ。抱きついて、甘える俺に、優しく切ない雰囲気で接してくれた

『くっ…。う、わぁ…』

『エース?どうかしたか?』

そんな、突き飛ばさねえシュンに涙が出てきた。いや、罪悪感があんのに突き飛ばす事さえ出来ねえ自分自身にか?もう、どっちか分かんねえけど、両方の感情はある。これ以上、シュンを傷つけたくないのに、俺はシュンから離れることが出来ねえ。シュンに対して、依存してるからだ。だから、離れない。離れたくない。離れた時が、俺の死ぬ時だ
でも、それ以上に、この悪夢よりも恐いもんが今俺の中にある。それがその内、もしかしたら明日にでも現実に起こりそうで、その恐怖の涙も出てきた

『なおすから…』

『エース?』

『あしたこそ、ぜってえだいじょうぶだから…!』

何度目の台詞なんだ、これは。もう、結構吐いた。何度も何度も、明日こそはこんな悪夢に打ち勝つからと、シュンに約束する
そんな泣きながら、決意表明をする俺に、シュンは優しく、だけど力強く抱き締めてくれる。そんで

『無理しなくて良い。ゆっくりで構わない』

シュンは何度目かの決まりの台詞を吐いた。そんな優しいシュンに余計に涙が出てくる。だけど、甘えてられない。俺は明日こそ!と心に決めて、歪んだ視界を暗くした
この冷たくて、安心する温度を、俺は…














自ら1人になろうとする悪夢














シュンと主治医が偶々話している現場を見つけてしまったのは、俺がシュンの腕に痣を発見した日だった。主治医は、俺から離れさせようとシュンに説得させようとしていた。何故だか分かんなくて、それよりもそんな現実来て欲しくなくて、その会話に入り込もうとしたら、俺は固まった
シュンの身体は、俺の暴行の所為でかなりヤバくて、このままじゃ、寝たきり…最悪の場合いなくなっちまうらしい。それだけじゃなくて、俺の暴行は日々エスカレートしてるらしくて、いつ俺が人を、シュンを殺してしまってもおかしくないと言ってきた。俺はそんな話を聞いて無意識に自分の手を見ていた。そんな自分に恐怖を感じて、視界を曇らせた
なあ、シュン。俺、頑張るから。絶対、直すから。もう傷つけないから。絶対、殺さないから

こんな俺に恐怖を感じて、棄てていかないで…!

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