誰、誰って。
ハレルヤは俺のこと、もう忘れてしまったのか?
予想外の言葉に何も言えない俺を置いて前の席の子(さっきハレルヤが話しかけてた子だ)が「何言ってんのー!」とハレルヤに笑いかけた。

「転校生のライル君じゃない!ハレルヤまた寝てたの?」

その言葉に思うところがあったのかハレルヤは目をまん丸くさせた。

「ライル…ライル、ディランディ?」

手を顎に添えるというまるで探偵のようなポーズをしてこちらを伺うように見てくる。そんな仕草も可愛くって、俺は少したじろいでしまった。
何も返事を返さない俺を不審に思ったのかハレルヤが訝しげにこっちを見ていた。やべ、何か返さないと。

「ひ、久しぶりだなハレルヤ・ハプティズム」

ハレルヤにつられてフルネームで言ってしまった。そのせいでまるで漫画なんかの悪役の台詞みたいになってしまった。
沈黙する教室。いや俺の周り以外はがやがやと賑わっているんだけど、そう思ってしまうくらい自分の発言は痛かった。痛々しかった。中学生かと思うくらいに。
その沈黙を破ったのは、

「…くっ」

俯いていて表情は窺えないけどその声は確実にハレルヤから発されたものだった。

「…ふ、はは、っ、もうだめだ。なんだそれ。どこの悪役の台詞だよ!」

言い終わった瞬間ゲラゲラと笑いだした。そりゃあもう大爆笑。腹を抱えて苦しそうに笑っている。

「そ、そんなことねえだろ」

嘘だ。俺も全く同じことを思っていた。

「いやいやあるだろ!なんでフルネームなんだよ!」

笑いすぎて涙が出るほど笑っている。そ、そんなに面白かっただろうか。
でもこれ、結果オーライなんじゃないか?ギクシャクせずに話せているんだから。
出発のときに会ってくれなかったから、再会しても話してくれないかと思っていたのに。
やばい。すごい、嬉しい。
それを隠すことも出来ずに顔が綻んでしまう。

「久しぶり、ハレルヤ」

挨拶が随分と遅くなってしまったけれど、そう言って笑いあった。






ただ今4限目終了5分前。教室内は異様な空気に包まれている。
いや初めてここで授業を受ける俺にわかるのかと言われるかもしれないが、その俺でも異様だとわかるのだ。
始めは学食や購買へ向かう生徒達の殺気めいたものかと思ったんだけど、違った。
その空気を滲み出しているのが女子だけだったからだ。学食や購買だったら男子の方が執着しているだろうし。
わけのわからない(それに少し怖い)空気にあてられながらも残り少ない授業は進んでいく。
残り5分の授業はすぐに終わりを告げ、教師が教室から出て行った瞬間に数人というか十数人の女子が一斉に立ち上がった。
それだけでも驚いたのに女子達が向かったところは、

「え?」

もしかしなくても俺の席じゃないのか。
女子十数人が一斉にこっちに向かってくる図は壮観というか、怖い。威圧感がすごい。みんな表情が怖い。逃げ出したい。
なんとかして逃げ出そうと思った瞬間、俺にとっての救世主が現れた。

「ライルー!飯食おうぜ!」

まあ兄さんなんだけど。隣にはアレルヤもいて、腕なんか組んじゃっている。え、まじで?もう?早くね?
それはとりあえず後で聞くとして、今この誘いに乗らないわけにはいかない。

「あ、ああ!今行く!」

鞄を引っ掴みいそいそと兄さんのいるドアへ向かう。後ろは振り向かない。というか、振り向けない。

「ん、あれ?アレルヤは?」

兄さんのところへ行くと、さっきまで一緒にいたアレルヤがいなかった。そんなに時間は経っていないのにどこへ行ったんだろう。

「ああ、アレルヤなら」

兄さんはそこで言葉を止め、ちらりと教室の前の方を見た。つられてそちらを見る。
そこには腕を組んで連れ添い歩くアレルヤと、

「あーもう、行くから!行くから放せって!暑いっての!」

口調は男子のようだがれっきとした女の子で。まあ、こんな口調で話す女子は俺の知る限りは1人しかいないわけで。

「ハレルヤも連れてきたよ!久しぶりに4人で食べようか」

そう言ってにっこりと笑うアレルヤとむすっとしているが満更でもなさそうなハレルヤ。
仲睦まじい姿を微笑ましく思いながら俺達は、

「そういえば、どこで食べるんだ?」
「屋上とか」
「死ぬほど暑いけど」
「…中庭とか」
「風がないぶん屋上よりも暑いと思うけど」
「…」
「…」

場所がなかった。






「それでここに来たの?貴方達」

呆れたように笑うのは綺麗なお姉さん。そしてここは学校の一室。とはいっても広さは教室の半分もないくらいだ。

「教室も学食もクーラー効いてるのになんでここ?」
「いいじゃねえか、ここ静かだし」

無遠慮に部屋へ入っていくハレルヤと少し遠慮しながらも入るアレルヤ。そんな2人を俺達はぽかんとした表情で見ていた。

「それで、」

そう言ったのはお姉さんだ。

「彼らは?2人の恋人?」
「「そうなんです」」
「違ぇ!」

ちなみに説明すると、前者が俺と兄さんで後者がハレルヤだ。

「いやアレルヤは違わねえんだけど、俺は違ぇ!ただの幼馴染だ!」

ハレルヤはそう付け加えたあと、俺の頭を思いっきり、それはもう思いっきり叩いた。平手だったと思うんだけどな…衝撃は拳で殴られたぐらい重かった。

「いってえ!頭にそれはきつい!」
「てめえが冗談言うからだろうが!」

見ると、ハレルヤは恥ずかしさからか顔を真っ赤にして怒っていた。それも可愛いと思うとか末期だな、俺。

「えっと、それで」

兄さんが話を戻そうとしてかいつもより大きめの声で話し始めた。

「その、先生はなんでここに?」

話を振られたお姉さんはしばらくぽかんとしていたが、事情を把握したのかきゃらきゃらと笑い出した。

「あら、私は先生じゃないわよ?」
「え?じゃあ…」
「スメラギはカウンセラーだ」

答えたのはハレルヤだ。スメラギというのはこのお姉さんのことだろう。

「ここは週に2日なんだけどね。あと3日は近くの中学校にいるわ」

何かあったらいつでも来てちょうだい。と笑顔で言われたので、俺達もはい、と笑顔で答えた。






「まあ、話もこれくらいにして、そろそろお昼ご飯を食べないと休み時間終わっちゃうわよ?」

はっとして時計を見ると、もう昼休みが半分終わってしまっていた。慌てて適当な席に着き昼ご飯を食べ始める。
兄さんはアレルヤと話していて、ハレルヤはスメラギさんと話している。あれ俺1人?いつの間にか自然と疎外されてる?…ちょっとショックだ。
しょうがないのでハレルヤとスメラギさんの話を聞きながら食べる。決して盗み聞きとかじゃあない。だって聞こえるんだからそれはしょうがないことなんだ。自然と耳に入ってくるんだ。
兄さんとアレルヤの話を聞かないのは、まあ、わかってくれ。
2人は普通に世間話をしていたのだが、いつの間にか俺には少しわからない、おそらくハレルヤのことだろう話をしていた。
少し声を潜めて話しているんだけど、まあ、聞こうと思っている俺には聞こえるもので。…いや、自然と耳に入ってくるもので。

「最近、目の調子はどうなの?」
「んー、まあ、特に変わりはねえよ」
「そう…もう、治らないの?何か方法があったりは…」
「ないって言ってるだろ。もう一生このままだってよ」
「そう、なの…」
「んな顔すんなよ。俺はもう諦めたって前にも言っただろ」

目。
そうなのだ。
ずっと気にしないようにしよう、そう思っていたハレルヤの目。
厚く前髪で覆われた左目は、痛々しい眼帯でまた覆われている。
何かあったのかと気になってはいたのだが、聞いてはいけないことなのだろうとずっと触れなかった。
この話を聞いてはいけない。
そう思った。
でも、気になる。何があったのか。それがハレルヤのことなら、余計に。
でも、でもハレルヤがそれを嫌がるなら、俺は。

「ライル?どうした?」

ずっと葛藤していて気付かなかったのだが、ハレルヤが俺を少し心配そうに見ていた。のだが。

「おい、ライル?」

近いです。顔が。
それはもう鼻と鼻がくっついてしまいそうな距離にハレルヤがおりまして、本当に目先にハレルヤの金色の瞳がきらきらと輝いておりまして。
これはなんだ、誘惑か。

「な…」
「ん?」

小首を傾げるな!
据え膳食わぬは男の恥、という言葉が頭の中を駆け巡る中、俺は。

「なんでもないです…」

俺はあまりにもへたれだった。




続きは今の拍手お礼です







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