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ぼくの想像する神様は
いつもそうやって笑う

「悠一の誕生日のときって、ちょうど桜が散る頃だよね」
「“桜が散る”ってさ、なんか寂しくなるんだけど」
「そうかなあ。わたしはさ、夏の準備をするんだなあって、ワクワクするよ」
 夜道に浮かび上がる白線の上を、両手を真横に伸ばして上体のバランスをとりながら歩く。その道しか歩いてはいけないみたいに、自分でルールを縛っている。小さい頃、そういう遊びしたっけな。
 ちょこっとだけ悪疑心が渦巻いて、まっすぐ伸びた腕を引っ張った。すると予想通り名前の片方の足が白線からはみ出た。彼女はムッとあからさまに顔をしかめて唇を尖らせる。まるで子供だ。けれど、おれはそんな彼女を愛していた。
 名前は昔から変わらない。変わったところをひとつあげるとするならば、体つきぐらいか。昔はどこもかしこも直線だったというのに、今は実に女らしい曲線の輪郭を持っていた。
「今何を考えてるか当ててあげようか」
「おー」
「エッチなこと考えてる」
「おー、大体当たり当たり」
「そこは違う、とか言ってよ」
「名前に隠し事とか無意味でしょ」
「それもそーだね」
 青い暗闇の中で見る名前の姿はどこか神々しく、触れてはいけない気がした。おれの過去を知る身近な人はほとんどいなくなってしまったけど、こいつだけはまだおれのそばにずっといる。それが時々、不思議に思うことがある。もう実は彼女は死んでいて、神様となっておれのそばにいてくれてるんじゃないか、そんな馬鹿馬鹿しい妄想をしてしまうときがある。
 しばらくして彼女は再び白線の上を歩き始める。ゆらゆら上体を揺らしながら前へ前へと進んで行く。でもその動きが突然はたと止まった。なにごとだろうと様子を眺めていると、彼女は腕につけている上質な時計に視線を落としてからおれの目の前に立った。
「悠一、生まれてきてくれてありがとう」
 時計の針はぴったりと十二時を差していた。
「そして悠一のお母さんへ。悠一を産んでくれてありがとうございます」
 青い夜空に向かって言う。
 おれが一番欲しかった言葉を、一番欲しい人から、一番に貰えた。
「うん。生まれてきて、よかった」
 ぼんやりと白く発光して見える名前の手に触れた。その手は間違いなく、人間の手だった。神様なんかじゃなくて、ちゃんと血が通ったあたたかな人間の手だ。彼女は繋いだ手を持ち上げて、おれの手の甲に口付けを落とした。やわらかな唇の感触が仄かに残った。
「あとはわたしをあげるね」
「名前はおれ専用の未来が見えるサイドエフェクトとか持ってるでしょ」
 彼女は何もかも見透かしたような顔で笑ってから歌うように言った。
「悠一のことならなんでもお見通しだよ」
「……参ったな」
 彼女はまるでダンスに誘うように手を引いた。このまま人気のない夜道でステップを踏んでもいいのかもしれないと思ったけど、残念ながらダンスの足運びに関しての知識は皆無だった。




Happy birthday
title:まばたき