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嫌いな人でどういたしまして

 お昼休み、皆がお弁当を広げて愉快に会話を楽しんでいるであろうこの時間、私は屋上手前の階段で膝を抱えて蹲っていた。今は誰にも会いたくなかった。周りの昼休みを謳歌する騒がしい空気が、とてもじゃないけど共有できないと思った。
 そして、こんな陰気臭い私に近寄ってくるのは相当な物好きしかいないだろう。足音がゆっくりと近付いてきて、目の前でピタリと止まる。足元に影が落ちた。
「なんでここにいるの」
 影の主は私の問いを無視して隣に腰かけた。私は鼻をぐずぐず鳴らしながら、顔を見せないように視線だけを隣の物好きに移した。相も変わらずイケメンで、すかしたように笑う顔が気に食わない。片手にはしっかりとスコアブックが握られており、そこから視線を離さずに言う。
「いつもはつんけんしてて口の悪い苗字が落ち込んでるっぽいから見てやろうと思って。レアだし」
「…御幸には言われたくないんだけど」
「でも事実だろ」
 両肩をわざとらしく竦めて、いつものようにサイテー発言をするこの男に、ほんと性格悪いよねと口の中で言葉を転がして、私は上げかけた顔を再び膝に押し付ける。スカートにじわりと涙が滲んでいく。顔を押し付けた部分だけスカートの色が濃くなっているに違いない。
 黙り込むと、彼も私に倣ってか一緒になって口を開かない。下の廊下で話してる声や、グラウンドでの声、ぺらりと彼が見ているスコアブックが捲られる音が私の嗚咽と同じくらい耳を掠める。
 ひっく、と喉が私の意思とは関係なく一つ鳴った。
「ふられた」
 端的且つ率直に告げると、御幸はスコアブックから顔をあげて私を見た。やっとこっちを見た。けれど、私はその視線をなんとなく無視するように前を見続けた。 御幸の視線が首にちくちくと刺さる。
「知ってる」
 予想外な言葉に思わず御幸を見る。
「見てたの?」
「見てなくても、お前のその辛気臭い面見たらわかるけど」
 辛気臭い、と私は御幸の言葉を小さく繰り返すだけで、なにも言えなくなった。
「そもそも大して好きでもなかった彼氏なんだろ。泣く意味あんの? その泣いてる時間もったいないとか思わねえ?」
 そんな私に御幸は追い討ちをかけるようにつらつら言う。一つ一つの言葉が鋭利な刃物で出来ていた。
「そういうのほんとわけわかんねえ」
「最初は好きじゃなかったよ。でも付き合ってみて、だんだん好きになってきた途端に、別れてって…」
「へえ。ま、そもそも興味ない男と流されるままに付き合う女も、好かれた瞬間に振る男のどっちもどうかと思うけど。結論、お前もその元彼氏も見る目ねーってこった」
「うっさい。そんなこといって御幸だって同じようなもんなんでしょどーせ」
「お前さ、俺の浮わついた話聞いたことねーだろ。お前と一緒にすんな」
 身も蓋もない言葉を浴びせる彼に、私は涙でぐちゃぐちゃになった顔をさらに歪ませた。すると即座に「ぶっさ」と自らの膝に頬杖をついて御幸は鼻から息を抜くように笑った。ものすごく失礼なこと言われているはずなのに、それに反して私の心はどんどん軽くなっていった。「そう言うんだったらさ」と私はふと浮かんだ考えを口にした。
「これ以上不細工にならないように、慰めてよ」
「なんで俺がお前を慰めなきゃなんねえの」
 御幸は本気で訳がわからないという顔をして言い放つ。私の考えは軽く一蹴されてしまった。それでも私は負けじと御幸の言葉に噛みつくように言った。
「いや、そこは慰めてくれるところじゃないの?」
 私は涙を指で取り払い、顎をくっと上げる。背中を丸めてスコアブックを見ている御幸を見下ろした。まるでどこかの国の傲慢で横柄な女王様みたいな態度だなと自分でも思う。けれども、御幸に言われっぱなしでは私のプライドが許さなかった。
 御幸は少しだけ目を見開いて、唇に微かな笑みを浮かべた。さっきまで私の心をぐさぐさと刺すような言葉を並べ立てた口とは思えないほど、その口元には優しさが滲んでいた。
「そういうところだよな」
 御幸は一人で神妙にうんと肯いてまじまじと私の顔を見た。自覚あることを他人の口から改めて言われるとどうにも心がざらざらとする。きっと私だけではなく、人間はそういう風にできているのだと自分に言い聞かせて、努めて冷静に返事をしようと胸に走る苛立ちを押し退ける。御幸は私をからかっているだけなのだから、こんなことでいちいち怒っていたらキリがない。
「そういうところですよ、どうせ」
 冷静に言ったつもりが、物凄く拗ねた口調になった。御幸が愉しそうに唇の両端を吊り上げたのがわかった。そうだ、彼はこうやって人を弄ぶのが得意なのだ。
「わかってんじゃん」
「御幸の意地悪」
「そらどーも」
「ほめてない」
 そう言うと、はっはっはっと一笑して、彼自らを指差した。
「ま、シチュエーション的には、フラれた女子の傷を慰めるイケメン男子ってやつか。ありがちだよな」
 自分でそう言ってしまえる容姿があるのはとても羨ましかった。でもそんなこと御幸には言ってやらない。絶対にだ。
「そういうところだよね」
 さっきのお返しとばかりに言い返すが、御幸は納得したような顔をして「そういうところか」と呟いた。そんな御幸をみるのはなんだか可笑しくてふっと息が漏れ出た。涙はいつのまにか引っ込んでいた。
「認めるんだ」
「今更だし」
「なおす努力しなよ」
「その言葉、そのまま返すぜ 」
 努力ねー、と自分が放った言葉を私は他人事のように呟く。すると御幸がニッと笑って「でも俺はさ、」とスコアブックをパタと閉じた。
「そういう強気なお前、嫌いじゃないけど」
 さらりとそう言った彼の言葉に、私は思わず息を呑み込んで御幸を見た。窓から差し込む暖かな陽光が彼の顔を照らして、光に包まれる。そして私と御幸の上靴の先から長く伸びた影が、階段の色を濃くしていた。
「私は、御幸のそういうところ、嫌い」
「知ってる」
「大嫌い」
「うん、知ってる」
 私がどんなに悪態をついても、するりするりと軽く躱していく。まるで最初から私がそう言うのを待っていたかのように、あるいは仕向けたよう思えてきた。そして意味ありげに笑みを深める御幸の顔を見れず、私は俯いた。
 本当に食えない男だ。上靴の爪先ををじっと睨み付けて「ばか」と負け惜しみのように小さく呟く。そんな私に、御幸は何も言わず再びスコアブックに目を落とした。
 さりげなく重ねられた右手が熱くて燃え上がってしまいそうだなんて、私は信じない。