04:失


「じゃあ俺たちは先に戻ってるぜ」
「また後でね」
ジャンとマルコは点検が終わったのか技巧室を出ようとする。
「え!もう終わったの!?わ、私もあと少しだから待って…!」
「なんでお前の点検を待たなきゃいけねぇんだよ。アルミンがいるだろ」
ジャンは鬱陶しいというように手をヒラヒラとさせて扉に向かっていく。アルミンがいるからこそ待ってもらうように言ったのに…!

マルコとジャンは技巧室を出て行った。今この空間にはアルミンと私の二人しかいない。そう思うと変に緊張して手に汗をかいてしまう。すべての意識がアルミンに集中してしまって整備どころではない。


それでもゆっくりと慎重に手を動かして、なんとか組み立て終わった装置を確認していると不意にアルミンが口を開いた。

「名前はジャンと自主訓練をしているんだね」
「え……うん。そうだよ」
アルミンの口調が妙にしんみりとしていたことと、アルミンが自主訓練のことを知っていたことに驚いた。さっきのマルコとの会話が聞こえていたのだろうか。
どうしてそんなことを聞くのだろうと思っていると、下を向いていたアルミンがこちらに顔を向けた。

「僕もその自主訓練にまぜてもらおうかな。二人に食らいついていけば立体起動も上達するかも」
「アルミンが…!?」
思わず悲鳴に近い声が出てしまった。
アルミンと自主訓練だなんて意識してしまって訓練どころではないかもしれない。前のペア訓練では集中できたけれど、自主訓練だとそうはいかないだろう。

「そんなに嫌そうな顔をしなくても…」
そんな私の考えが顔に出ていたのか、アルミンはそう言って笑った。しかしその笑顔は固く、傷ついた感情を隠しきれていなかった。
アルミンのそんな悲痛な表情は見ていられない。私がアルミンにそんな顔をさせたのだと思うと心の底から悲しくなり、自分が嫌になる。

どうして私はいつもこうなんだろう…。

「そんなことない!アルミンも一緒に自主訓練しようよ!」
アルミンが嫌だなんて微塵も思っていないと主張したいあまり力みすぎた。
私の大声に驚いて目を丸くしたアルミンは、ふっと顔を緩ませた。
「ありがとう、名前」
アルミンは笑顔でそう言ったけれど、すぐにアルミンの顔から笑顔が消え、視線が外される。
先程からなにか様子がおかしい。どうしたのかと心配になり聞くべきか迷っていると、アルミンの口から予想外の言葉が漏れた。

「名前、本当に嫌だったら嫌だってちゃんと言ってね」
何を言っているのかすぐには理解できなかった。私は何も言葉が出せないままアルミンを見る。その顔は無理に笑顔を作り出そうとしている。
その言葉にどういう意味が含まれているのかわからない。私がアルミンのことを嫌だと思っているって言いたいのだろうか…?

私は俯いて唇を噛み締めた。
私の恋心を悟られるどころか、距離を置いていたことで嫌われていると思わせてしまった。アルミンにこんな顔をさせてしまった。
自分の不甲斐なさとアルミンにそのように思われてしまったことが悲しくて涙がこみ上げてきたけれど、ぐっと我慢する。私が涙を流す資格はない。それは了見違いというものだ。


顔を上げることができないまま、私はぽつりぽつりと言葉を紡ぐ。
「違う……嫌だなんて、思ってない。私は……………………」

アルミンのことが好きなの。

その気持ちが言葉になることはない。
続けるべき言葉を失った私は、一度開いた口の閉じ方がわからなかった。
「ごめん」
そう言ってアルミンを置き去りにしたまま技巧室を飛び出した。結局、どう処理をすればいいのかわからなかった私は逃げ出してしまったのだ。


やってしまった。
もうアルミンと話すことも目を合わせることもできないかもしれない。
そう思うと涙をこらえきれなくなった。ボロボロと溢れる涙を拭いながら一人になれそうな場所を探す。夕飯までに戻ればいい。それまでにどうかこの気持ちを吹っ切れますように。



それから数日を過ごした。
気分は重かったけれど、それを外に出さないように笑顔を絶やさずニコニコとしていた。

兵士たるもの恋愛ごとにうつつを抜かし訓練を怠るなど言語道断。その兵士道を何度も何度も自分に言い聞かせて訓練に集中した。

あれからアルミンとは一言も話していないし近くにも寄っていない。1週間前まではなにかの予兆かというほどに接点を持つことが多かったのに、それもぶっつりと途切れた。
もしかしてこうなることの予兆だったのだろうか。もう一生分のアルミンを摂取してしまったのだろうか。
もうアルミンと関わることはないかもしれないと肩を落として、まだこんなことを考えている自分に嫌気がさす。
それに、アルミンを摂取ってなんだ。

思わず溜息をこぼす。



「名前、どうかしたの?」
女神クリスタ様にさっきの溜息を聞かれてしまったらしい。クリスタがその可愛らしい眉をハの字にさせて私の顔を覗き込む。
どう言い訳したものか頭をフル回転させるも当たり障りのない言葉しか出てこない。
「いや…最近うまくいかないことが多くて…」
そう言うとクリスタの横にいたユミルがニヤニヤとしながら私の顔を覗き込んだ。

「なんだ?恋煩いか?」
「え!?………まさか」
ユミルが入れたからかい半分の横槍がグサッと私を突き刺す。間違いない。これは恋煩いなのだろう。
否定したつもりだったけれど、声が裏返ったことが2人に疑念を抱かせてしまった。

「まさか、本気で恋煩いなのか?」
ユミルはそう言ってブッと吹き出した。クリスタは、ちょっとユミル!といつものようにユミルを嗜めるけれどその目は少し輝いているようにも見える。

こういうのは必死に否定すればするほど怪しまれるのだ。
「もう、そんなんじゃないってば…」
私はそれだけを言って口をつぐんだ。
クリスタも好奇心を隠しきれていないけれど、ユミルを押さえてくれてなんとか追求の手は逃れた。
ユミルが落ち着いた頃にはクリスタも真剣な顔に戻っていて、何かあったら言ってね、と慈悲深い女神様のお言葉を頂いた。


こんな調子じゃダメだと分かっているのにすぐに立ち直ることはできそうもない。
完全に自業自得なんだけれど、それでも悲しいものは悲しい。もうアルミンを遠くから眺めることもしていない。彼の姿を見ると苦しくなってしまうから。

ダメだダメだ。こんなんじゃいつまで経ってもアルミンのことを忘れられない。この気持ちをアルミンに知られる前にこうなってよかったのだ。むしろアルミンを困らせずに済んだのだ。
その日私は自分にそう言い聞かせて、何も考えられないほどがむしゃらに自主訓練に励んだ。



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