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「そういえば気絶した時に首謀者にライトの光を浴びせられたって言ってたっけ。それで何かを思い出したの?」
私はゆるく首を振った。
「いいえ。そもそもあれは何かを思い出すものではないと私は考えています」
「どういうことですか?」
「あれは私達の記憶を改ざんするものではないでしょうか? 実際にはない出来事や状況を実際にあったと思い込ませる装置……だと思います」
「だったら、王馬が絶望の残党だったってことも嘘ってこと?」
「はい。私は王馬くんが絶望の残党だったなんて思っていません。これを見てください」
そう言って私は王馬くんの部屋から持ってきたもう一つの証拠品、王馬くんの動機ビデオを再生した。
王馬くんには悪いけど、あのライトの矛盾を証明するにはこうするしかない。


「王馬くんは嘘つきでいたずらばかりして何を考えているかわからないような人ですけど、絶対に人にコロシアイをさせるような悪趣味なゲームはしません。だって、王馬くんは人を殺さないかつ笑える犯罪を行う組織、DICEの総統なんですよ……?」
「確かに名字の言うことも分かるがその動機ビデオの方が嘘なんじゃないのか?」
「もしそうだったとしても、その動機ビデオと僕たちが思い出した記憶に矛盾があること自体が、ライトが単に記憶を思い出すものではないという証明になる。このライトは記憶を改ざんするというよりも、記憶を植え付けるものなんじゃないかな」
最原くんのその表現がすっと自分の中に入ってきた。私は工作員であるという記憶を植え付けられたのだ。もともとの記憶をいじられたのではなく、新たな記憶を植え付けられた。植え付けられた記憶以外は、王馬くんへの感情もすべて自分のものだと胸を張って言える気がした。


「じゃあ名字はライトを浴びたことによって記憶を植え付けられたってこと?」
「何の記憶なんじゃ?」
全員の視線が私に向いている。
もう後には戻れない。

手も足も震えて、うまく声も出せない。無意識に王馬くんのストールを胸に抱えていた。
大丈夫。
あと少し、あと少しでこのゲームを終わらせることができる。

私はゆっくりと口を開いた。

それからはほとんど詰まることもなくすらすらと言葉が出てきた。一度王馬くんに話したからだろうか。

このゲームを盛り上げるために動いていたこと、今現在も役割を与えられた自分とそれに従いたくない自分とが葛藤を続けていること、ライトの光によってその役割を植え付けられた可能性が高いこと。

私はそれらのことを一気に話し終えた。途中で口を挟む人は誰もいなかった。口を挟めなかったのだと思う。白銀さん以外のみんなは驚愕した顔のまま固まってしまっていた。


「ちょ、ちょっと待ってよ名字さん……。キミは何を言ってるの?」

私は思わず最原くんから目を逸らしてしまった。


最後の捜査時間、私と最原くんは首謀者の部屋を出て少しの間話し合った。最原くんは私にライトの光を浴びた時に何を思い出したのかを問うた。その時私は、今のように、ライトの光は記憶を思い出すものではないという主張をした。王馬くんの動機ビデオを見せると最原くんは少し考え込んだあと、私の主張を信じてくれた。というのも、王馬くんは首謀者ではないと証明された今、彼が本当に絶望の残党だったのかという疑問が最原くんの中で渦巻いていたらしい。
そのまま私は、何の記憶を植え付けられたのかを説明しないまま最原くんと別れたのだ。

「本当、何を言ってるのか地味に……いや全然わからないよ。王馬くんがいなくなった寂しさでおかしくなっちゃったの……?」
「王馬くんは関係ありません。私は最初からオシオキを受けるためにこの裁判に参加しています。この学級裁判では黒幕側がオシオキされることになってますからね。私は、首謀者と一緒にオシオキを受けるつもりです」
シンと静まり返った裁判場に私の声がよく響いた。ここで王馬くんを出してきた白銀さんに怒りを感じたが、決意を表す強い眼差しを向けるだけに留めた。

他の人は今の私の言葉の真偽を測りかねているのか、それとも信じたくないのか、微動だにしない。
だから私は今まで私が何をしてきたのかを思う存分に語ることができた。

最原くんを励ましたことも動機ビデオを集めたことも、すべて話した。なおも言葉を続けようとした時、やめろ!という怒声が割り込み、思わず一歩下がってしまった。

「もういい名字さん。もう……」
最原くんは歯を食いしばっている。よく見ると微かに肩が震えていた。
「本当なのか名字……王馬の真似なんぞ流行らんぞ……?」
「嘘ではありません。すべて事実です」
「ずっとボク達を騙していたのですか」
「そうです……」
「じゃああんたは本当に首謀者側なんだね?」
「はい。このゲームを盛り上げるために首謀者側に加担していましたから」
その一言で、裁判場は再び静まり返った。重苦しい空気が私達を包んでいる。
私はもう立っていることすらままならない状態だった。心がぐちゃぐちゃで、少し触れただけで崩れてしまいそうだ。

もう、一刻も早くこの苦痛から逃れたくて、早くオシオキが来ればいいのにと考えてしまった。

耐えられない。

優しいみんなを騙していた事実が、嘘が嫌いで本気でコロシアイを止めようとしていた王馬くんを裏切るようなことをしていた事実が、もう耐えられない。

ゲームの主人公みたいに、辛いことがあっても前を向いて頑張るなんて強靭な精神は生憎持ち合わせていない。

絶望ってこういうことなんだ。

早く、解放してほしい。


「残念だけど、名字さんはオシオキされないよ?」
それはこの空間にはそぐわない、いつも通りの口調だった。
「……え?」
白銀さんの言っている意味がわからない。だって私はコロシアイを促したりしていた首謀者側で……。
困惑する私を他所に白銀さんは言葉を続ける。

「だって名字さん自身もこのゲームを盛り上げるための駒の一つに過ぎないんだから。工作員なんて役割を与えられたら地味に勘違いしちゃうのも無理ないけどね。その証拠に、名字さん自身は首謀者に関する知識は何も持ってなかったでしょ? あの隠し部屋のことも、他の仲間の事情も、全て他のみんなと同じ情報しか与えられてなかったよね?」

何も、言葉が出ない。
宙ぶらりんな私がフラフラと宙を彷徨っている。


「つまり今の発言は自分が首謀者だって認めたってことだよね」
「そうだよ」
春川さんの声もそれに答える白銀さんの声もぼんやりとしか聞き取れなかった。

ついに白銀さんが首謀者だと認めたのに、今、私はここでこの裁判を終わらせることができない。

「嘘って雪玉と一緒でさ、転がせば転がすほど大きくなるんだよね。だからこそ、バレた時のショックが大きくなる……まあ、それもまた楽しいんだけどね。正直あの時名字さんと隠し通路で鉢合わせたときはかなり焦ったよ。まだ最初のコロシアイも始まってないのに首謀者がバレるなんて許されないよね」
「え……!? なんですかそれ、私があの通路を見つけたのはつい最近のことで……」
「どうして名字さんがそのことを忘れちゃったのか、心当たりがあるんじゃない?」
「そうか……記憶を植え付けるライトだ……」
最原くんの言葉を聞いて、私はようやく自分の身に起きたことが分かり始めた。

白銀さんは、最原くんの言葉に続ける形で真相を明かし始めた。

天海くんが殺される直前、何らかの理由であの通路を見つけた私は隠し部屋から帰ってきた白銀さんと鉢合わせてしまった。このタイミングで首謀者がバレてはまずいと思った白銀さんは私を気絶させて、例のライトを私に浴びせた。それは、私が首謀者側としてこのゲームを盛り上げるためにこのコロシアイに参加したという記憶。この前後の記憶が消えているのもそのライトの効果らしい。

「あの時は大慌てだったよ。一旦食堂に戻って姿を見せてからまたすぐに食堂を出てライトを作ったんだから。あと、名字さんが頭痛を訴え始めたあたりからちょっとまずいなぁって思ってたんだ。急ごしらえだったこともあって、なにか不都合があったのかもしれないってハラハラしてたんだけど……まあこれはこれで良かったのかもしれないね」

良くない。良い訳がない。
私はただ、このコロシアイゲーム上の動かしやすい駒の一つでしかなかった。

「白銀さんはライトを使うことによって名字さんのように僕たちの役割を変えることができたってことなの?」
「そうだよ。そういう記憶を植え付ければいいだけだから。ただそういう設定はライトとは地味に違うかな」
「設定じゃと……?」


「そう。だってこの世界は全て作り物なんだから」


私たちはすぐに彼女の言葉を受け入れることができなかった。でもその結論に辿り着くための理由なんて探せばいくらでも出てくる。執拗に守られたルールも、"ゲームを盛り上げる"なんて役割を与えられた私自身だってそうだ。

裁判場には白銀さんの意気揚々とした声が雑音のように響き渡る。

「一番傑作なのは名字さんが王馬くんに近づいたことだよね! 王馬くんは他人の嘘を何よりも嫌っていた。そんな王馬くんを、自分の立場を偽り続ける名字さんが慕っているなんて、絶望だよね。仲間を騙し続け、好きな人にも嫌われ、それでも名字さんはここで死ぬことはできない。あくまで名字さんはこのゲームの参加者だからね。名字さんは大好きな人を失った喪失感と、その絶望と、罪悪感を抱えて生きていかないといけないんだよ」

目の前が真っ暗になるとはこういうことか。
私はなんだかまだぼんやりとしていた。
あの白銀さんの口からそれらの言葉を告げられたことがさらに現実味をなくしている。もしかして白銀さんも誰かに操られているのではないだろうかと疑ってしまうほどに、今の彼女は残酷だ。


じゃあ、王馬くんへのこの気持ちも、設定なの?

嘘で塗り固められたこの世界で、"本当"なんてあるの?


白銀さんはただにっこりと笑う。
モノクマの耳障りな笑い声だけが頭に響く。

目の前のパネルに投票タイムと表示された。


私は、そのパネルをぼんやりと見つめる。


私はようやく気がついた。

蓋を開けてみれば、私は空っぽだったということを。


王馬くんで詰まっていた私の中身は、彼がいなくなった今、私自身も含めて抜け落ちていた。




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