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春川さんは黙ったまま私たちを睨みつける。比較的仲の良い最原くんにも容赦のない眼差しを向けている。
それでも最原くんは引かなかった。探偵として、仲間として、私達を真実へ導くために。

「春川さんはエレクトハンマーでエグイサルを無力化して格納庫に入ったんじゃないの?」
最原くんのこの一言が決定打となった。
みんなの春川さんへの視線が疑いに染められ黒くなっていく。
被害者は王馬くんで、犯人は春川さん……?
春川さんは王馬くんのことをとても憎んでいた。それこそ殺してやりたいくらいに。でも、百田くんを想うからこそ殺すことなんてできなかったのではないか。必死でコロシアイを止めようとした百田くんの意思に反するようなことを春川さんがするとは思えない。

「確かに、今朝集まった時にエレクトハンマーを持っていないのは春川さんだけでしたね。それならばなぜ春川さんはその時に百田クンを助け出さなかったのですか?」

王馬くんが春川さんに殺されたとは思えなかった。またお得意の第六感かと言われれば何も言い返せないけど、なんだかしっくりこないのだ。
「ま、待ってください。春川さんが百田くんを殺したとは思えないのですが……。もしそうだって言うなら動機は何なのですか?」
「うーん、私も春川さんが百田くんを殺すなんて考えられないな……」
「春川さん、本当のことを話してくれないかな。格納庫の中で何があったの?」
全員の視線を受けて、春川さんは大きく息を吐きだす。

「わかった。話すよ」
観念したように春川さんは真相を告げた。



春川さんはなかなか出て来ない百田くんを心配して格納庫に突撃することにしたのだ。それもクロスボウという武器を持って。
王馬くんが首謀者だと思っている春川さんは彼を殺すつもりでいたらしい。
エグイサルに乗って中に入ると百田くんと王馬くんが揉めている光景が目に入った。咄嗟に春川さんはクロスボウを撃った。放たれた矢は王馬くんの背中に突き刺さり、その先端に塗られた毒が徐々に彼の身体に浸食した。

「っつ……! 春川ちゃん、どうしてまたコロシアイを始めるの?」
「あんた、絶望の残党なんでしょ? だからこんなコロシアイゲームを企んで、私たちを絶望に陥れようとしたんでしょ?」
「前にも言ったけどさ、絶望の残党ってなんのこと……? オレにはさっぱりわからないよ……」

こんな状況にもなってしらばっくれていると思った春川さんは、とどめを刺すために王馬くんに矢を放った。
しかし、そこで予想もしていなかった出来事が起こった。

「百田!?」
「ハルマキ……こいつを憎む気持ちは分かるがコロシアイはダメだ……」

もう春川さんに殺しをさせない、そんな想いから咄嗟に出た行動なのかもしれない。百田くんは王馬くんを庇った。
百田くんに突き刺さった矢にも毒が塗られていた。春川さんは急いで解毒剤を取り行き、再び格納庫に戻ってトイレの小窓から解毒剤を渡したのだが、百田くんに用意したそれは王馬くんに飲まれてしまった。
春川さんはなんとか中に入ろうとしたのだがエレクトハンマーもない状況では不可能だった。パネルの傷はその時にできたものだ。

自分の手によって百田くんが死んでしまった。そして、その原因を作ったのは王馬くんだ。
そう思った春川さんは私達に間違った選択をさせようとした。それはすなわち、私たちの命を巻き込んででも王馬くんを殺そうとしたということだ。



なんとか口を挟まずにすべてを聞き終えたものの、私自身が矢で貫かれているかのように辛い。
王馬くんは酷いこともしてきたけれど、そこまでされなければいけない人なのか。でも、春川さんだって百田くんのために必死だったのだろう。
憎むべきは春川さんではない。
首謀者だ。


春川さんがすべてを終えて自室に戻ったあと、首謀者の手がかりを探し出すことを中断した私は格納庫へ行った。春川さんとは入れ違いだったわけだ。
春川さんの話だと百田くんは毒を飲んだみたいだけど、それならあのエグイサルの中には誰が……?


「じゃあ……やっぱりあの死体は百田くんなの?」
「え……」
春川さんの話を聞いて、被害者は百田くんだというみんなの考えが深まった。
でも、そんなはずはない。エグイサルの中に王馬くんはいない。私にしかわからないところで、彼の失言がそれを証明したはず。

王馬くんは死んだと思っていた私を、エグイサルはさらに混乱に陥れる。
「あちゃー! バレちゃったらしょうがないね! じゃあここらで投票タイムといこうか! ね、いいでしょモノクマ?」
「……………」
「んあ? どうしてモノクマが焦っておるのじゃ?」
投票タイムと聞いたモノクマは汗をダラダラと流して見るからに焦った様子を見せる。

「……まさか、モノクマが犯人を知らないなんてことないもんねー?」
「え、あ、ああ当たり前じゃないか」
「モノクマよ、あからさますぎるぞ!」

エグイサルの中身は王馬くんではないはずなのに、王馬くんが解毒剤を飲んだという証言だけがそれを否定している。モノクマでさえ犯人がわからないこの事件の裏には何が隠されているというのだ。

その時、突然最原くんが大声を上げた。
「……そうか! 王馬くんの狙いはこれだったのか!」
「ど、どういうことですか!?」
身を乗り出して食いつくと、最原くんは私を見たまま、自身にも言い聞かせるように考えを述べた。
「被害者不明、犯人不明のトリックでモノクマを欺こうとしたんだよ」

それを聞いた瞬間、私の中で王馬くんの行動、考え、想いが繋がった。
「白旗をあげない……」
その言葉の意味を今ようやく理解した。王馬くんは自らの命を使ってでもこのゲームに勝つつもりなんだ。
そしてそれは、やっぱり王馬くんはここにはいないのだという事実を指す。

「どうしたの名字さん? 何か思い出したことでもあった?」
「…………いえ」
私はゆるく首を振った。

私が今、王馬くんのためにできることは被害者は王馬くんであるということを伏せておくこと。
それを、モノクマに悟らせないこと。

……そうだよね?

これでいいんだよね?

私があの隠し部屋を指摘したところで首謀者を追い詰めることはできないかもしれない。実はすでに首謀者の目星はついているのだけど、私はそんなに賢くないからうまく事を運べる自信がない。それなら王馬くんに便乗してこのゲームに勝つ方が確実……なはず。

王馬くんは私に何も言ってくれなかった。
格納庫に行ったのだって初めからこうするためだったのかもしれない。百田くんが最原くんや春川さんたちを騙せるほど完璧に王馬くんを演じているのだって、王馬くんが何かしら準備をしていたからだろう。


「………名字さん」
ハッと顔を上げると、険しい顔をした最原くんと目があった。この視線に捕まったが最後、逃げられないような力強い目だ。
でもそれだけじゃない。こんな時なのに、私の好きな、澄んでいて綺麗な瞳だと思った。
「僕は真実を見つける。間違えるわけにはいかないんだ」
「でも……このまま投票タイムに持ち込んでモノクマに勝てばこのコロシアイが終わります。私たちの勝ちです」
「名字さんは本当にそれでいいの?」
「……どういうことですか?」
「名字さんは嘘があまり上手くないみたいだね。その苦しそうな顔を見れば分かるよ。王馬くんは首謀者のはずなのに、どうしてモノクマを欺くような事件を起こしたのか。名字さんはこの矛盾に気づいているんだよね?」

最原くんは超高校級の探偵だ。
そう思い知らされた瞬間だった。


「どうなんじゃ名字」
「名字さん、知っていることを話してください」

「………その前に、私からモノクマに提案があります」
「んん? 何?」
「この裁判、首謀者側を突き止めたら私達の勝ち……ということにはできないでしょうか?」
裁判場が異様な雰囲気に包まれる。最原くんたちがざわざわと動揺し始めたことを感じながら、私はただモノクマだけを睨みつけていた。
モノクマだけは動揺する素振りを見せることなくキッパリと言いのけた。
「それはできないね。だってこれは今回のコロシアイについてクロを見つける裁判なんだから。ただし……」
モノクマはそこで言葉を切って間をあけた。
それは観客の気を引くための演出のような間だった。

「この裁判が終われば、名字さんの提案を受け入れるよ」

この裁判が終われば……。
モノクマはこの裁判に勝つ気なのだろうか。

どちらにしろ、これはこちらに有利な提案だと思う。
王馬くんの作戦に乗ってこの裁判を乗り切ってもこのコロシアイを終わらせることができる。もし負けても、次の裁判で直接首謀者を追い詰めたらいい。


「確かに私は知っていることが一つあります。それは、王馬くんが首謀者でないということです。ですから彼が首謀者を欺くようなことをしているのも納得がいきます」
「なに……? そうなのかモノクマ?」
「うん。彼は首謀者じゃないよ」
モノクマはさも当然のようにあっさりと答えた。裁判を公平に進めるため、最初から聞かれれば答えるつもりだったらしい。
一人を除く全員が拍子抜けしたような顔をしている。最原くんだけは口元に手を当てて険しい顔をしていた。


「僕は真実を暴かなければいけない。僕たちが答えを間違えてモノクマの答えがあっている可能性が少しでもあるなら、僕は間違った答えを導き出すことはできないんだ」
「それは……」
確かに、その通りだ。偶然であってもモノクマの答えが正解だったら私達の負け。

何も言い返すことができないまま、最原くんの追求の手は止まらない。

「そして僕の今の考えを言わせてもらうと……このコロシアイの被害者は……残念だけど、百田くんである可能性が高い」


……え?


彼の言葉を飲み込むのに時間がかかった。
最原くんの顔は至って真剣だ。

「やはりそうなのじゃな? あの死体は百田のもの……」
最原くんはゆっくりと頷く。

そしてすらすらと根拠を述べた。
犯行の瞬間を捉えた映像、プレス機に挟まった制服、そして春川さんの証言
それはあまりにも完璧な立証だった。
今まで何度となく私たちを真実に導いてきた最原くんの言葉の威力は絶大だった。
私とエグイサルの中の百田くんを除く、裁判場の誰もが彼の言葉を信じた。

あのモノクマまでもが……。




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