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その部屋は他とは違う異質な雰囲気を放っていた。
動物的な勘とでもいうのだろうか、嫌な感じがする。

キョロキョロと部屋の中を見回していた時、部屋の奥で小さな物音を聞いた気がした。
今ここで首謀者に捕まるわけにはいかない。全員の目の前で告発しないと意味がないのだ。
その小さな音は気が張り詰めていたことによる幻聴かもしれないけれど、聞かなかったフリをすることはできなかった。


とにかくここを押さえられただけでも収穫だ。
王馬くんに報告しよう。

そう思った私は来た道を帰り、王馬くん探しの旅に出た。


とりあえず近くの部屋から探そうと食堂の扉を開けると、予想もしていなかった二人が私を出迎えた。

「名字……!」
百田くんと春川さんの二人は目を大きく見開いて私を見ている。その目は何かを訴えているようにも見えた。
二人の様子に違和感を抱きつつも、不審がられないように平静を装って歩み寄る。

「どうしたんですか?」
百田くんは苦虫を噛み潰したような顔をして私の肩を掴む。嫌な予感がした。私にとって益にならないことを告げられるのだと直感したけれど、目の前の百田くんから目を逸すことはできなかった。
「名字、王馬とは会ったのか?」
「はい。けれど交渉に失敗して今は彼を探しているところなんです」
それを聞いた百田くんはいつもの実直な態度で私と向き合い直した。

「名字、王馬を外に連れて行くことはできない」
「え……?」
思いもよらぬことを言われて返事とは言えない間抜けな声しか返すことができなかった。

「王馬はこのコロシアイを企んだ首謀者だ」

その百田くんの声が頭の中で響いて煩い程だが到底理解できるものではない。

私が余程手に負えない顔をしていたのか、黙って見ていた春川さんが少しイラついたような態度で口を挟む。
「王馬は絶望の残党だったんだよ。思い出しライトを浴びてない名字に言ってもわからないだろうけど。とにかく王馬本人もそれを認めてるから、王馬も一緒に外に出ようだなんて考えは捨てて早くあの地下道に行くべき」
「ちょ、ちょっと何を言ってるんですか……。王馬くんが絶望の残党? 首謀者? 王馬くんじゃないんですから、全然笑えない冗談は止めてください」
「名字はライトを浴びてないから思い出せないのも無理はないけど、あいつと一緒にしないで。とにかく王馬は私達の敵。庇ってやる必要なんかない」
顔を見れば、春川さんが冗談を言っていないことくらいすぐにわかった。

首謀者が手を打ったに違いない。

身体の奥で熱い血液が沸々と湧き上がる。それが身体中を回って全身が首謀者への憎悪で満たされていくようだった。
私自身が利用されていたと気づいた時よりも王馬くんを利用されたと知った今のほうが仮借ない気持ちを感じている。


「王馬くんはどこですか?」
「あんた私達の話聞いてた? もうあいつを連れて行く意味はない。だから探す必要もない」
「いいえ、王馬くんが首謀者だなんてありえないです。王馬くんは嘘で自分を隠していて正体が計り知れないのは事実です。でも、彼は人を殺すような悪趣味なことを企む人ではありません」
私の言葉を聞いた春川さんはあからさまに眉をひそめた。彼女が口を開く前に言葉を滑り込ませる。
「とにかく私は王馬くんを探します。もし外へ出るなら私のことは気にせずに皆さんだけで行ってください」

そう言い放って食堂を飛び出した。
事態は想像していたよりも深刻になりつつある。
春川さんたちが言うライトがどういうものなのか分からないが、首謀者が何かしら細工を施したのだろう。


急いで寄宿舎へ戻り、彼の部屋の鍵穴に鍵を差し込む。しかし予想していた引っかかりはなく、すんなりと扉が開いた。

しかしその中に王馬くんの姿はない。代わりに王馬くんのストールが机の上に置かれている。物が多いこの部屋でキレイ畳まれたストールは異様に目立って見えた。

そのストールを手に取る。
さっきまではこんなもの置いていなかった。ということは王馬くんが部屋を出る時に置いたのだろうか。いや、部屋の扉が開いていたことを考えると私が出て行ったあとに部屋に戻ってきて置いたのかもしれない。
でも……なんのために?

何かないかとストールを広げてみるも、メッセージらしきものは見当たらない。代わりにそのストールからフワリと嗅ぎ慣れぬ香りが鼻をかすめた。

香水……?
でも王馬くんは今まで香水なんてつけていなかった。
その時、ポーチの中に入っていたルーちゃんが飛び出して、そのまま積み上げられたダンボール箱の山に飛び込んだ。

「わ! ちょっとルーちゃん!?」
止める間もなくルーちゃんはその山に紛れてしまい途方に暮れる。
ルーちゃんが飛び込んでいったダンボール箱の山に近寄り中を見てみると大量の紙が入っていた。そのほとんどは意味のない落書きのように見えるが、そこには何か裏があるような気がした。
何しろルーちゃんが飛び込んでいったのだ。何かあるに違いない。

積み重ねられたダンボール箱を一つ、また一つと床に並べていると、ある箱にルーちゃんが反応を示した。
もしかして香水のニオイがするのではないだろうか。王馬くんはストールに香水をつけて手がかりとして残した。これならルーちゃん以外に気づかれずに済む。ということはこの手がかりは私に残されたものなのか。

都合のいい解釈であることは承知しているが、一番縋りたい相手である王馬くんが行方不明で不安に駆られていた私はその希望に縋るしかなかった。

ダンボール箱の蓋を開けると、大量の紙の上にエレクトボムが一つ置いてあった。王馬くんはエレクトボムを私に渡したかったのだろうか。私はそのエレクトボムを手に取って眺めてみる。特に手がかりらしきものは見当たらない。
そうしている間もルーちゃんは箱の中のにおいを嗅いでいる。きっとこの中に王馬くんが本当に渡したかったものがあるはず。
箱の中の紙を一枚一枚調べていると、一通の封筒を見つけた。大量の紙に隠された一通の封筒。それは王馬くんからのメッセージ以外の何物でもない。

封筒から取り出した紙がカサカサと音を立てて震えている。その動きで自分の手が震えていることに気がついた。


『をくはまむしんが"名字ちゃん"ますさせおしくざかつにしまけとくがにしく』


何これ……謎解き?
王馬くんの組織で使ってる暗号なのだろうか。わざわざ香水まで使って私に手に入れさせた手がかりがまさかの暗号。しかも名前だけはそのまま書いてある。だけどそれで私は確信することができた。これは私宛のものだ。
しばしその紙の上に綴られた文字を眺めていると、込み上げてくるものがあり、ふっと息を吐き出した。
一癖も二癖もある王馬くんらしい。
この暗号にすら慈しみを感じながら私はその文字列と向き合った。


以前王馬くんと暗号について話したことがある。確かあの時王馬くんはシーザー暗号のことを話してくれた。結局DICEで使っているという話は嘘だったけれど、試してみる価値は十分にある。

DICEでは6文字ずつずらすと言っていたことを思い出しながら解読すると、ある文章が浮かび上がってきた。

『らいとのひかりが"名字ちゃん"のきおくをかいざんしたかのうせいがたかい』
これはつまり、
『ライトの光が名字ちゃんの記憶を改ざんした可能性が高い』

ライトの光って、さっき春川さんたちが言っていたライトのことだろうか。

あ、そうか。
私が女子トイレで浴びた光もそのライトの光である可能性が高いということだ。そのライトは脳に何らかの作用をもたらすのだろう。例えば記憶を改ざんしたり……。

王馬くんはそのライトに関して調査しようとしていたのだろう。

だけど、非常事態でこうして私にメッセージを残す他なかった。たぶんそれは王馬くんが首謀者であるとみんなが信じ込んでいることに関係している。

しかし王馬くんがここまでしてメッセージを残したことに疑問を抱かざるを得ない。

ライトの光のせいで私の今の状況があるということを伝える裏にある王馬くんの心情を探ろうとするも、都合の良い解釈しかできない自分に苦笑するしかない。
ライトの光のせいだから私は何も悪くないのだと、そう思いたい私の醜い責任転嫁。王馬くんだけにでも認められたいという汚い感情。私がこれまでしてきた罪は変わらないのに。

そして同時に、ここまでしてメッセージを残さなければならないほど彼は追い詰められた状況下にいるということ。

王馬くんは今どこにいるのだろう。

言い表せぬ不安に襲われる。こういう時の私の予感は当たることが多いから怖い。
私は王馬くんが手がかりとして残したストールを手に取った。香水のにおいの中にも微かに彼のにおいを感じる。

寄宿舎を出て王馬くんを探すことにした。一刻も早く探し出さないと手遅れになる気がした。
王馬くんからのメッセージが、遺書のように重く感じるから。

手がかりを探し出すことと暗号の解読に時間を食っていたらしい。部屋を出る頃にはもうすでに日が傾き始めていた。





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