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「首謀者に何かされた心当たりは? 元からそういう役割を与えられていたとしたら、つまり、元から首謀者の側なのだとしたら、今名字ちゃんの良心が傷んで悩んでることの説明がつかない。怪しいのは女子トイレで気絶した時だよね。その時に覚えてることとかないの?」
そう言われて、もう随分と昔のように感じるすべての始まりの時のことを思い出す。
「以前王馬くんに説明した通り、あの時のことはあまり覚えていないんです。変な音楽が流れ始めてトイレに行って扉を開けたところまでは覚えているんですけど……」
その時、あるビジョンが脳裏を過ぎった。
「あ、そういえば、強い光を感じたように思います」
「強い光?」
「はい。何かの光を浴びたような気がします」
「光を浴びた……」
そこで王馬くんはしばらく考えこみ、突然あの貼り付けたような笑顔を私に向けた。

「ところで名字ちゃん、罰ゲームの件は覚えてるよね?」
「……はい?」
「まさか忘れちゃったの……? 酷いよ……名字ちゃんごときがオレとの約束を忘れるなんて……」
「ま、待ってください! 罰ゲームって、白旗を上げた方がするっていうあれですか?」
そのことならもちろん覚えているけど、突然のことでついていけない。今ここで罰ゲームをするのだろうか。というか、私ごときって、何気に酷い。

「そうそう。鳥頭の名字ちゃんだけどちゃんと覚えてたんだね」
たはーと笑う王馬くんに、私は曖昧な笑みを返す。
「確かに、こうして王馬くんに私の立場を話したということは、私が白旗をあげたってことですけど、今やるんですか?」
王馬くんはにこにこした顔で私を見ている。対する私は困ったような怯えたような顔で王馬くんを見るしかない。彼の考える罰ゲームは底が知れない。

そして王馬くんは私から目をそらさずニヤリと不敵な笑みを見せた。
「そんなに緊張しなくても、今やるつもりはないよ。名字ちゃんにとっておきの罰ゲームを用意してるからまた今度ね!」
うわぁ……余計に怖い……。

王馬くんは私の悲痛な顔を見てくつくつと楽しそうに笑う。その様子を見ているとなんだか私まで笑えてきた。こうやって王馬くんと話すのは随分と久しぶりだ。嘘を吐き続けた私は、避けられて、嫌われて当然だから。
王馬くんは嫌いな人には近づくこともなさそうなのに、こうやって私と雑談をしてくれるんだから意外だ。もしかして今も嘘のベールをかぶっているのかな。

そうなのだとしても、私は王馬くんが好きだ。
ずっと抑えていた好きという気持ちが溢れていて自分でも気持ち悪いけど最期くらい許してほしい。


首謀者をあぶり出そうが失敗しようが、私はこれから先、生きてはいけない。どの面を下げて生きればいいというのだろう。

でも最後に、王馬くんに聞きたいことがある。

「王馬くんは私のことを……どこまでわかっていたのですか? それと、いつから私のことを疑っていたのですか?」
ずっと疑問だった。嘘が得意な王馬くんは、どこまで私の正体に感づいていたのか。いつから私の嘘に気づいていたのか。
王馬くんは珍しく真面目な顔でゆっくりと瞬きをする。
「いつから疑ってたのかって話だけど、名字ちゃんが失神から目覚めた時、やけに物分りがいいなって思ったんだよね。あの時は死体発見アナウンスを聞いてから気絶したのか聞く前に気絶したのか分からなかったから判断のしようがなかったんだけど、『皆は操作中だよ』って言っても名字ちゃんは"何の捜査なのか"をオレに聞かなかったんだよ。捜査をしていることは知っているって口ぶりでさ。それから名字ちゃんをそれとなく監視しててずっと違和感はあったよ。でもそれがあからさますぎて逆に罠なのかと疑っちゃったよね! そういうわけで少なくとも首謀者ではないと思ってたかな。だってこんなに分かりやすくてどんくさくて首謀者が務まるとは思えないからね」

そんなに初期の頃から疑われていただなんて思いもしなかった。私はトリックスターである王馬くんを監視するために、王馬くんは疑わしい私を監視するために、お互い探り合いながら側にいたということだ。
実際、王馬くんに怪しまれていた時点で私は裏でこそこそ動くようなことは向いていないのだろう。

「それにしてもムカつくなあ」
「っ……」
私が王馬くんの側にいた時のことを思い返していると王馬くんは、くそっと悪態をついた。
やっぱりみんなを騙していた私が憎いのだろう。わかってはいたけど、実際に態度に出されるとキツイ。現実を突きつけられて、暗く冷たい海の底に沈んでいくような悲しみに囚われる。

しかし王馬くんは予想もしていなかった言葉を続けた。
「前から首謀者を出し抜いてやろうと思ってたけど、こんなにムカつくやつだとは予想してなかったよ。プレイヤーであるオレたちの立場まで操作できるなんて反則もいいとこじゃん。こんな腐ったゲーム……」
王馬くんはそこで言葉を切って、何やらブツブツとつぶやきながら自分の世界に入ってしまった。また眉間にシワが寄っている。

「お、王馬くん……?」
どうしたのかと顔を覗き込んだ時、急に王馬くんが顔を上げた。
「まあ名字ちゃんがここまで生き残ってくれたことが不幸中の幸いかな。たとえ名字ちゃんが覚えてなくても、どこかで首謀者と接触してるはずなんだよ。だから、首謀者を見つけ出すまで絶対死ぬなよ」
顔を覗き込んだ距離のまま、目を丸くして王馬くんの話を聞いていた。

勝手に一人で海の底へ沈んでいこうとしていた私を、王馬くんが引っ張り上げてくれる。
たとえ首謀者を見つけ出すためだとしても、死ぬなと言ってくれたことに少し嬉しさを感じてしまった。王馬くんに言われるだけで、こんな私でもまだ役に立てるのかもしれないと思えるから不思議だ。

だけど、不安が消えたわけではない。

「私が首謀者と繋がっているのは確かだと思うんですけど、正直何もわからないんです。工作員としてここに来たのか……それともここに来てから工作員になったのか……。それが、怖い……」
「…………」
「私の何の記憶が消されているのか、または私の記憶を改ざんしているのか。平気で工作員としての役割を果たしていたことを考えると、最悪私の人格までも変えられている可能性だってあります。それじゃあ、今の私も、この気持ちも、偽物だとしたら……そう考えると怖いんです」
王馬くんはじっと私の顔を見たまま、何も答えなかった。いつもコロコロと表情を変えている王馬くんの真顔ほど内心がわからない表情はない。


不意に王馬くんは手を伸ばし、くしゃくしゃと私の頭を撫でた。
「え、ど、どうしたんですか」
混乱する私に構わず、王馬くんは私の頭を抱えるようにして抱き締めてくる。突然のことについていけない私は暴れる心臓を抑えることに必死だ。
視界を塞ぐ白い制服と鼻孔に広がる王馬くんのにおい。そして強くありながら優しい力で抱きしめてくれている王馬くんを身体いっぱいに感じながら、私はなんとか彼の名前を呼んだ。

「お、王馬くん……! これは、いったい、」
「どんくさいところも、動物バカなところもオレの大好きな名字ちゃんに変わりないよ」
王馬くんはそれだけ言うと、私を抱える腕にぎゅっと力を込めた。私の胸の高鳴りは治まるどころかさらに加速する。
オレの大好きなって…………どういうこと……!?
心臓だけは活発に動いているけれど、肝心の脳はパニックで機能を停止してしまっている。どういう意味なのかすごく聞きたいけどきっと誤魔化されるだろう。
「ま、ウソだけどね!」
「え!? ウソ!?」
「まあそれもウソだよ」
「じゃあ……」
「名字ちゃんも懲りないねえ。ウソに決まってるじゃん」
「ええ……!?」
結局どっちだ?
混乱している私を見て王馬くんはケラケラと楽しそうに笑う。王馬くんのことだから結局反対の意味なんだろうけど、勘違いしそうになるからやめてほしい。


「もっとみんなの名字ちゃんを独り占めしたいところだけど、時間がないからね!」
王馬くんは先程とは打って変わって、いつもの明るい調子に戻った。私の背中を押してベッドから降ろそうとする。
「え、今度は何をするんですか?」
「あんなことやこんなことだよ!」
「えぇ……?」
真面目に答えるつもりはないらしい。私の質問ものらりくらりと躱し、あっという間に私を扉の前まで押しやった。

「納得がいきません……。私と首謀者が繋がってるって言うなら王馬くんも一緒にそれを見つけてくれないんですか……?」
王馬くんは何を企んでいるというのだろう。私じゃ役に立てないのだろうか。
「ごめんね、名字ちゃん」
その暖かみと少しの寂しさを感じる声に顔をあげて王馬くんの顔を見た瞬間に、私にはもうどうすることもできないのだと察してしまった。
王馬くんは今まで見たことがないくらいの慈しみに溢れる笑顔で私の頭を撫でた。その手の優しさも心地よくて、私はそれ以上何も言えなかった。

しかし、その感傷的な雰囲気も当の本人に一瞬で壊されてしまった。
「だって……名字ちゃんが今から行くところはオレが入れないところだからね!」
「………え?」
私はキョトンと王馬くんを見つめる。今の自分は相当間抜けな顔をしているだろう。
「まさか黒幕との接点の目星もつけてないの? これだから動物バカは困るよねー。今までよく第六感だけで生きてこれたね」
「別に第六感だけで生きてきたとは思ってませんけど……。えっと、黒幕との接点ってどこなんですか?」
「ちょっとは自分の頭で考えなよ。それとさっき名字ちゃんが怖いって言ってたことに関してだけど、今から行くところが分かれば名字ちゃんの記憶が改ざんされた時期もわかるはずだよ」
「え!?」
そんなヒントがどこに隠されていたというのだろう。私が頭を抱えてうんうんと唸り声を上げていると見兼ねたように王馬くんがヒントを出してくれた。
「名字ちゃんは天海ちゃんが殺された時に奇妙な事件に巻き込まれたよね?」
「女子トイレで気絶していた時のことですか……?」
「そうそう。学級裁判でも話題に挙がったけど、天海ちゃん殺害の件には関係がないということでうやむやなままそれ以上の追求はされなかった。自分の命がかかってるから、あの時は犯人を探すことにみんな必死だったんだよね。でもどう考えてもあの時に何かあったことは間違いないよ」
「女子トイレですか……」

気づかされてみれば、ああ確かにと納得するしかなかった。私はあの場所で謎の気絶をしていたのだ。考えてみればこの上なく怪しい。
「確かに……そうですよね。どうして今まで気がつかなかったんでしょう?」
「それも例の光の影響かもね。とにかくオレはやることがあるからそっちは任せたよ。この部屋は機密事項に溢れてるから戸締まりはちゃんとしてよ」
「……どこに行くんですか?」
そう問いかけても王馬くんは微笑むだけで返事はしてくれない。
「またすぐ会えるよ」
私の頭を優しく撫でた王馬くんは私に部屋の鍵を押し付けて部屋を出ていってしまった。何か言い返す暇も与えられずに。

慌てて私も部屋を出るが既に王馬くんの姿は消えていた。
空を自由に飛び回っているかのように動き続ける王馬くんを捕まえることなんて私にはできない。


ここですぐに王馬くんを探していたら違う結末になっていたのか……そんなこと今となってはわからない。

これが、私が見た王馬くんの最後の姿だった。




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