26

「ごめんねーアンジーちゃん。名字ちゃんは生徒会には入れたくないなー」
「小吉……どうして?」
私の腕を引いたのは王馬くんだった。
アンジーさんは笑顔だが、目が笑っていない。
「名字ちゃんって使えないからさ、生徒会の足を引っ張るだけだよ」
王馬くんはやれやれという仕草をしてから、茶柱さんの方に目を向けた。
「茶柱ちゃんも、こういう事はやめといた方がよかったね」
「ぐぐぐぐ……。今すぐ名字さんから離れてください!」
茶柱さんは物凄い形相で王馬くんを睨みつけている。
私は王馬くんに抱きとめられたまま何もできずにいた。

「主は言いました、喧嘩はよくないと」
「そうだよね! オレもそう思うよ! じゃあ名字ちゃん、生徒会に用がないなら下の階に行こっか」
「えっ……」
私はそのままずるずると王馬くんに引きずられて下の階に降りた。


王馬くんは物言いたげな目で私を見る。その視線がいたたまれない。
「これって……余計なことですよね……」
「名字ちゃんにしては物分りがいいね」
うう……先程余計なことはするなと釘を刺されたばかりなのに私は何をしているんだ……。

「どーせ茶柱ちゃんに力を貸してくれとか言われたんでしょ」
王馬くんは大きなため息をつく。彼にはほとんどお見通しのようだ。

「アンジーさんにハグされて言葉をかけられていると、なんだか絆されているような気分になりました……」
「…………」
先程のアンジーさんとの出来事を思い出してぼおっと王馬くんを見ていると、彼もまたじっとこちらを見ていた。
私の心を見透かすようなその視線に思わず目を逸らした瞬間、腕を掴まれてぐっと前方に引き寄せられた。

気づくと、王馬くんの腕の中にいた。王馬くんが私を引き寄せて抱きしめたのだ。そのまま私の頭を撫で始める。

というか……は、……え!?!?


突然のことに声も出せず、身体が石のように固まって動かない。
大きく息を吸うと、王馬くんのにおいで私の肺はいっぱいになり、じわじわと全身に広がる。
思わず息を止めた。
それでも、強すぎる彼のにおいや、体温や、感触に、身を委ねてしまいそうになる。麻薬のように、中毒になって、欲してしまいたくなる。

「ハグをするとリラックスできるって聞いたことない?オキトシンが分泌されて血圧の上昇が抑えられたり呼吸が深くなったりするんだよ。その他にも安心できる効果がいろいろあるんだって。これはホントだよ」
そうだ、このふわふわとした気持ちもただ脳内物質が出ているだけなのだ。
だからアンジーさんのハグにも惑わされるなって王馬くんは言ってくれているんだ。

でも、身体が熱くなってくるこの気持ちは、明らかに先ほどとは違う……。これは……
私の心の中の疑問に答えるように、王馬くんが口を開く。

「それは同性同士でも言えることなんだって。でもね、それが好意を持つ異性だと……」
王馬くんはそこで言葉を切った。身体は依然動かない。

え、それで……?その続きは?

鼓動がバクバクと大きく鳴っている。王馬くんに伝わっているんじゃないだろうか。とても恥ずかしいけれど、不思議と不快感はなかった。

不意に春川さんの言葉が頭をよぎる。

"その"気になる"って、好きってこと?"

今思い出さなくてもいいのに……!いや、こんな状況だから思い出したのだろうか。
断じてそんなことはないはずなのに、意識すると私の顔はより一層熱くなって沸騰しそうになる。これ以上は心臓が保たないと生命の危機を感じ始めた私は、王馬くんを突き飛ばした。


もちろん王馬くんと顔を合わせられるわけもなく、真っ赤に染まっているであろう顔を深く俯く。


「あ! 名字さん! ……と男死。ここにいましたか!」
そこに救世主のごとく茶柱さんが現れた。どことなく輝いて見えるのは気のせいだろうか。

彼女は私の真っ赤な顔ともじもじとした姿を見ると目を見開いた。
「名字さんどうかしたのですか!? 顔が真っ赤ですよ!?」
「いえ、たいしたことではありません……。それより茶柱さん! アンジーさんの様子はどうでした?」
茶柱さんは暫く心配そうに私を見たあと、王馬くんのことをあからさまに睨みつけた。
何をしたのか王馬くんに問いただしそうな様子だったので、慌てて彼女の気をそらす。王馬くんはきっと面白がってさっきまでのことをすべて話してしまうんじゃないかと懸念したのだ。

茶柱さんは彼に問いただすことを止め、私の質問に答えてくれた。
「それが……あの後春川さんと説得を試みたのですがあまり効果はなくて……。また話し合いをするので、そこの男死を連れてくるように言われたのです」
「へえー、今度はどんな規則を作るのかなー?」
王馬くんはそう呟きながら4階へ向かった。内部破壊をするなどと言っていたが結構乗り気に見える……。


「あの、茶柱さん!」
私は4階へ向かおうとする茶柱さんを呼び止めた。
「はい! なんでしょう?」
「アンジーさんがダメなら、周りから攻めるのはどうでしょう? 生徒会を瓦解させるのです」
「なるほど! さすが名字さんですね! 素晴らしいアイデアです!」
茶柱さんが大げさに褒めるものだから少し恥ずかしい。

「そんなに褒められることでは……これも成功するとは限りませんから。そこで、まず夢野さんを試してみたいのですが、いいですか?」
茶柱さんが救いたいのは夢野さんだ。王馬くんに余計な真似はするなと言われたけれど、夢野さんだけでもこちら側に引き抜きができればいい。となると、茶柱さんの許可が必要な気がして聞いてみた。茶柱さんは夢野さんのことになると女子でも敵視しかねない。

「そ、そうですね。夢野さんが正気に戻ることが最優先ですから……!」
背に腹は変えられないのだろう。好きな人(?)のために必死な茶柱さんを見て、無性にやる気が出てきた。茶柱さんの役に立ちたい。

「私がんばりますね!」
私は茶柱さんに向かって満面の笑みでガッツポーズをつくった。
「ああ……! 名字さんの笑顔は一級品です!! 転子は今、とても幸せです!」
茶柱さんは私に抱きつきぎゅうぎゅうと腕に力を入れる。
「うっ……ちゃ、ばしらさ……く、くるし……」
きゃあきゃあ言いながらなおも抱きしめ続ける茶柱さんになんとか訴え続け、離してもらった。

「はぁ、はぁ……あの……話し合いが終わったら、白銀さんと食堂に来てもらっていいてすか? ……この作戦を成功させるには、白銀さんの力が必要なんです……」
「はい! わかりました! ではまたあとで!」
私はぜえぜえと肩で息をしながら茶柱さんを見送った。



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