接触時には深呼吸




暦上では春。
けれどまだまだマフラーや手袋が手放せない季節。

今日は夕方からの防衛任務だったため、ボーダーを出る頃にはすっかり21時を回っていた。
中高生が帰宅するには少し遅い時間なので、危ないからと嵐山が送ってくれることになった。大人顔負けの対応とその面倒見の良さからつい頼ってしまいがちだが、嵐山も高校生なので危ないことには変わりない。

「うわー寒い! 生身寒い!」

外に出た瞬間に、肌が露出している部分を寒風がツンと刺す。寒さを紛らわすように叫んだ佐鳥はぐるぐるに巻いたマフラーに深く顔を埋めた。前を歩く佐鳥と時枝を見ながら、私も佐鳥に倣い鼻が隠れるくらいマフラーを引き上げる。
「さすがに夜は冷え込むな」
その動作を見ていたのか、隣を歩く我らが隊長もきゅっと肩を上げながら私に向かって苦笑いを見せる。
「まだまだ冬ですね」
私もマフラーを掴んだままそう答えた時だった。


「遥ちゃーん! 嵐山くーん!」


後方から聞こえた私たちを呼ぶ声。振り返ると、まだ閉まっていない扉の向こうから名前が大きく手を振って駆け寄ってくるのが見えた。
「苗字!」
「名前さん!」
笑顔で一生懸命手を振って走ってくる名前に胸がキュンと締め付けられる。恋人との待ち合わせで、お待たせ〜なんて言って彼女が駆け寄ってくるシチュエーションとはこんな感じなのだろうかと感慨に耽っているうちに、同時に振り返った嵐山が扉を開けておくために数歩先の出入り口まで戻っていた。

彼女を呼ぶ嵐山の声はわかりやすく弾んでいた。最近この二人が一緒にいるところを見ていない。もしかしたら学校では話しているのかもしれないけど、少なくともボーダーでは話している気配すらない。お互い忙しい身だから仕方ないことなのかもしれないけど、もしかしたら今この瞬間が感動の再会のワンシーンなのではないかと温かい気持ちになる。
その証拠に、名前も嵐山も表情が柔らかくて嬉しそうだ。
いつの間にか戻ってきていた時枝と並んで二人が再会する場面を見守っている時だった。


「わっ」

あっと思った時には名前の身体が前方に傾いていた。ちょうど扉の手前にある小さな段差に躓いたのだろう。
私は思わず手を前に出すも名前に届くことはない。

転倒する、と身構えた瞬間、名前の上半身がぽすりと嵐山の胸に着地する。

そっと名前を抱き止めた嵐山は名前の背に腕を回したまま、腕の中の彼女をを見下ろした。
嵐山の腕にぎゅっと力が入ったように見えたのは私の気のせいだろうか。


「ご、ごめんね!」
パッと顔を上げた名前が眉を下げて必死に謝る。

「ああ、俺は大丈夫だ。苗字は怪我してないか?」
「私は嵐山くんのおかげで大丈夫だよ。ほんとにごめんね」

お互い相手の安否を確認し合う。名前に怪我がなくてよかったし、咄嗟に名前を抱き止めた嵐山もさすがだ。
それはいいのだが、先程から二人の距離がかなり近い。嵐山の腕は名前の背に回ったままだし、名前は嵐山の胸元をきゅっと掴んだままだ。もしかして私が知らない間に進展があったのかとも思うが、この二人のことだ。恐らく今は相手の安否を確認することに必死で距離感のことが頭から抜けているのだろう。

「苗字が大丈夫でよかった。けど、走ると危ないぞ」
「うん。ごめんね。ありがとう」

少し俯いた名前の後頭部を嵐山がぽんぽんと撫でる。


周囲を取り巻く甘い空気。
見ているこっちが照れてしまうくらい初々しくて甘酸っぱい。
隣に立つ時枝も済ました顔をしているがきっと同じ気持ちだ。佐鳥なんかは今にも発狂しそうなほど顔を赤らめている。気持ちはわかるがどうか発狂はしないでほしい。

名前と嵐山が離れたのを合図に、私たちは何かに解放されたようにふっと息をつく。

「私あそこで躓くの3回目くらいだよ〜」
「少し段差になっているからな」

またやってしまったと頭を抱える名前の隣に嵐山が並ぶ。その前を私と時枝と佐鳥が歩き、たまに後ろを振り返りながら名前と嵐山の会話を聞いていた。佐鳥に至っては名前たちの方に完全に身体を向けて後ろ向きに歩いている。

「名前さんおっちょこちょいでかわいいですね

久々に名前と話せることが嬉しいのであろう佐鳥はニコニコと楽しそうだ。
対して名前はむうと眉間に皺を寄せて不満を全面に出す。
「佐鳥くんバカにしてるでしょ」
「してないしてない! 本心でかわいいなって思ってます!」
佐鳥が必死に弁明しようと身振り手振りを激しくする。後ろ向きでそんなに暴れていたら今度は佐鳥がコケてしまいそうだ。
「前見て歩かないと危ないよ」
そう彼に注意した直後だった。

「うわっ」

佐鳥が小さな段差に足を取られる。しかし予想していたかのように時枝が佐鳥の腕を掴み転倒を防いだ。
「言わんこっちゃない」
「うう……」
渋々前を向く佐鳥に笑いが漏れる。

「嵐山隊のみんなが相変わらず元気そうで安心した〜」
名前が口元に手を当てて笑う。


まだ嵐山隊が結成されて間もない頃、名前はよく作戦室に顔を出してくれていた。嵐山や時枝と模擬戦をしていたことをよく覚えている。しかし嵐山隊が本格的に広報活動を始め出した頃には名前の姿をあまり見なくなった。名前も太刀川隊に入ったりと忙しかったのだろうと思っている。
だからこうして一緒に楽しく笑い合えることが、胸が暖かくなるような懐かしさを感じて幸せだ。


「名前さんまた嵐山隊に遊びに来てください」

名前の目を見て笑いかけると、彼女は一瞬目を丸くした。そして少し目を伏せ微笑を浮かべる。
「そうだね……あ、手が足りなくなったら呼んで。書類整理とかなら手伝えるよ」
「そういう意味じゃないです」
すかさずツッコんだ時枝に同意するように何度も頷く。
私たちは別に手伝ってほしいわけではなくて、ただ単純に遊びに来てほしいだけだ。名前が姿を現さなくなったのは、だんだん広報の活動が増えてきた私たちに遠慮していたのもあるのだろう。

身振り手振りも交えてなんとか私たちの気持ちを説明して名前の誤解を解く。そして単純に遊びに来るだけでもいいのだとようやく伝わりかけたところで、苗字、と嵐山が名前の名を呼んだ。

隣に並ぶ嵐山を見上げた名前と彼の視線が絡み合う。


「俺もまた苗字と模擬戦とかができたら嬉しいと思っている」


名前を見る嵐山の目は慈しむように柔らかく細められている。

そこは模擬戦とかじゃなくて、遊びに来てほしいと誘うところではないのかと心の中でツッコむが、少しもどかしいやり取りが嵐山と名前の日常なので今さら声に出すこともない。

「私もちょっとは強くなってる……と思うから、久々に嵐山くんと戦ってみようかな」

嵐山に見つめられる名前は嬉しそうに、けれどちょっぴり自信なさげに微笑む。

この二人は距離が近いと思えば変なところで遠かったりする。けれどお互い大切に思っているのは間違いなくて、二人の間に流れる温かい空気が好きだと二人を見ながら微笑んだ。




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