Day 2


Day 2



翌朝目が覚めて、まずはじめに実家の自室ではない天井が目に入り昨日の出来事が夢ではなかったと気づく。このまままた瞼を閉じることだって出来たが、何にしろ行動しないとどうにもならない。


身支度を整えて部屋を出ると、タイミング良く宿舎を出て行こうとする最原を見つけた。
「おはよう」
「おはよう名字さん」
「最原くんは今日どうするの?」
「うーん、特に考えてはないかな……。名字さんは?」
「私もノープラン。とりあえず朝ごはん食べようかなーって思って」
「そうだね。僕も食べようかな」
「じゃあ一緒に食堂行こう」
最原は見た目も中身も至ってまともな人という印象で話しやすい。そのまま一緒に食堂の中へと入ると、またもや食堂は食欲そそる香りで充満していた。

「うわー、また東条さんが!?」
「ええ。みんなが何を食べるかわからなかったから、和食と洋食どちらも用意してあるわ」
「高級ホテルの朝食だ!」
ありがたやありがたや、と彼女に両手を合わせ、洋食のメニューが乗ったトレーを手に取る。こんな料理が毎日食べられるならこの生活も悪くないなあ、なんて思いながら彼女お手製のオムレツを口に運ぶ。
ああ、東条さんと結ばれた人は毎日こんなにおいしい料理を食べられるのかな……。なんて羨ましいんだ!


ペロリと朝食を平らげ食堂を出た。
全くのノープランなのでプラプラと廊下を歩く。だが特に何があるわけでもなく、とりあえず外に出て考えるかと正面玄関を出た。
みずみずしい緑色の芝生をサクサクと踏みしめ、適当なところで腰を下ろす。みんなは今頃何をしているのだろう。名前がこうしている間にも誰かと交流を深めているのだろうか。そう考えると名前も焦りを覚えないわけではない。さすがに最後の一人に残るのは抵抗があった。ただ、誰と交流を深めるかを考え始めると、思考が停止するのだ。
難しく考え過ぎかなあ。
名前はそのままゴロリと横になる。ああ、芝生の上に寝転がるって最高に気持ちいい。適度に満腹なことも相まって、なんだか眠くなってくる。

「名字ちゃんなーにしてんの」

うとうとし始めた頃、王馬の声が頭上から降ってきた。薄く目を開けると、彼の顔が名前を見下ろしていた。
「ん……王馬くん……私は今から寝ようとしてたところ……」
「ふーん、俺も寝ようっと」

寝るのかよ。

隣からカサカサと芝生を踏む音が耳に入り、王馬が寝転んだことを悟る。薄く目を開け隣を見ると、寝転がった彼が頭の下に手をひき目を瞑っているところだった。

まあ静かにしてるならどっちでもいいか。
そう思い、名前は襲いかかる眠気に従うように瞼を閉じた。




どれくらい眠っていたのだろう。何やらカチャカチャと音が聞こえ眠りから目覚める。まだ意識が朦朧としており、瞼が開けられない。金属が擦り合うような音だが一体何の音だろう。段々と覚醒してきた頭の中に再びガチャガチャと朝のアラーム音を彷彿とさせる耳障りな音が鳴り響く。

薄っすらと目を開けると王馬の顔が視界の下の辺りに見える。少し頭を上げて胴体の方を見てみると、なんと王馬が馬乗りになって覆いかぶさっているではないか。
「ん、寝ぼすけ名字ちゃん起きたの?」
「な、何してんの!?」
あまりの衝撃に飛び起きようとするが、トンと肩を押され呆気なく再び背中を地面につける。その時、ガチャリと一際大きな音がして違和感に気づいた。違和感の先である腕を見ると、何か黒い妙な機械が肘から先を覆い尽くすように取り付けられている。指も5本に分かれていて、指先までがっつり機械の中だ。まるで肘から先がキーボになってしまったような……。

「いや、何だこれ!?」

寝転んだまま慌てて両手をガチャガチャと動かすが全く外れる気配がない。ガッチリ腕に固定されてしまっている。
「もうー名字ちゃん動かないでよ。あと少しなんだから」
それはつまり私の人権もあと少しということですか。
いつの間にか足元に移動していた王馬を見る。
「え、ちょ、」
いつもなら、清楚だが少し色っぽさもある、一番足が綺麗に見えるらしい膝上で整えられているはずのスカート。それが今は王馬の尻の下敷きになっている。ピンと刎ねた紫色の髪、白い背中、そしてキュッと引き締まった小さなお尻……それが私の視界のすべてを占めている。

王馬ごと吹き飛ばす勢いで足をあげようとするが、彼の全体重でスネを押さえられているため足が動かない。ただ、足元でカチャリカチャリと例の音がするため、なんとなく察することはできる。

「バカな名字ちゃんは動かないでって意味がわからないのかな?」

後ろを向いているため王馬の表情は見えないが恐らく悪戯っ子のように笑っているのだろう。
はあ……とんでもない人に目をつけられた……。

まさかモノクマにあんなことを聞いたせいでこんな災難な目に合うとは思わなかった。きっと名前が同性でも大丈夫かと聞いた瞬間から、面白いことには目がない王馬にロックオンされてしまったのだろう。時を巻き戻せるのなら、名前は絶対にモノクマにあんな質問はしない。

「おっけー名字ちゃん。準備万端だよ」
弾んだ声とともに名前の太ももの上から王馬が身体をどける。足元を見ると、膝から下には案の定黒い機械が取り付けられていた。
これで名前も晴れてキーボのお仲間だ。

「はあ……最悪だ……」

名前は寝転んだまま青い空を見上げる。頭上には名前の絶望を嘲笑うかのように、すっきりと綺麗な快晴がずっと先まで広がっている。

「よーし、名字ちゃん立て!」
「うわわわ」
王馬の掛け声とともに、名前の腕が自らの意思とは関係なく動き始める。手のひらが地面をつき、続いて足も勝手に膝が曲がる。見るとどうやら王馬の手元にあるゲームのコントローラーのような機械が私を動かしているらしい。
あれよあれよという間に名前はフラフラと地面に立つ。

「ほんとに何なのこれは!? 王馬くんいい加減にして!?」
「よーし、名字ちゃんそのまま校舎周りを一周して来て」
「いやいやいや、人の話聞こうよ……っ!?」
名前の話なんて全く耳に入っていない。話をしている途中で勝手に動き出した足にバランスを崩しそうになる。慌てて体制を立て直すと、すぐにまた逆の足が前に出る。

「ひええ、何だこれえ!?」
「わー名字ちゃん人間ロボットだ!」
ケラケラと笑う王馬の声がもう随分と後方に聞こえる。これめっちゃ速くないか。多分50m走5秒くらいだよこれ。ちょっと、いや結構怖い。自分の足がかつてないほどの速さで回転している。この勢いで壁にぶつかったりコケたりしたらただでは済まないぞ。

「誰か助けてえええ!」

名前が声を荒げたのは、これが最初で最後だった。そう思うくらい、必死で最大限の助けを求めた。

「どうしたんすか!?」

名前の必死な思いが届いたのか、声を聞きつけた天海が飛んでくる。そして全力で走ってくる名前を見てぎょっと目を丸くさせた。
「危ない! 避けて!」
助けを求めはしたが、この速度で走る自分を受け止めれば相手も怪我をしてしまう。それだけはだめだ。
焦って天海に忠告するも、彼はその場から動こうとしない。それどころか、グッと腰を落とし、名前を受け止める体制に入る。

ああぶつかる! ごめんなさい天海くん!!

衝撃に備えてぎゅっと目を瞑った直後、足を動かしていた機械が急停止する。突然の停止を予期できたわけもなく、名前は身体を投げ出すようにして前方に吹っ飛んだ。

「ぶっ」
「っつ……!」

柔らかいのに硬いものが名前を受け止める。

「名字さん! 大丈夫っすか!?」
グッタリとする名前に天海が必死に声をかけると、腕の中の小柄な少女の身体がピクリと動いた。
「らいじょうぶれす……あみゃみくんはらいじょうぶれすか……」
「少なくとも名字さんよりは大丈夫っすよ」
天海はぐっと上体を起こし名前を抱き起こす。名前はヘラリと笑ったまま軽く目を回している。ぎゅっと名前の身体を抱きしめると、名前の頭が天海の肩にすり寄った。身体も心も相当疲れた。

「あー、衝突事故起こしちゃったかぁ。うまくいかないなあ」
全くなんとも思っていない彼の声を聞き、グッタリとしていたはずの名前の目がカッと見開く。重そうな機械をガチャガチャと動かしてなんとか立ち上がった。
「王馬くん!!! 直ちにこれを外して!!!」
「うーん、人間服従機と言えど操作性に難があるしもういいや」
「人間……服従機……!?」
なんつーモノを女の子に取り付けてんだ畜生め!

「王馬くん」

聞いたこともないようなドスが効いた声だった。
重い矢がドスリと深く突き刺さるようなそんな声。振り返ると、天海の鋭い眼光が王馬を睨みつけている。
「飽きたし好きにしてよ」
興が冷めたのか機械を取り外すためと思われる鍵を天海に放り投げ去って行く。本当に勝手なヤツだ。

「大丈夫っすよ名字さん」

王馬が去って行くのを見届けた天海の声は打って変わって名前を気遣うような優しい声音で、不覚にもキュンときてしまう。カチャリと音を立てて最後の鍵が外れる。

「天海くんありがとう」
「いえいえ。あんな状況、助けるのは当然っす」
「あはは……」
もはや乾いた笑いしか出てこない。ため息を漏らす名前の背中を、天海は気遣うようにするりと撫でる。

王馬は災厄だ。

それを確信した日だった。




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