Day 10


名前は過去にないくらいたくさん考えた。考えすぎて知恵熱が出そうだった。そのおかげか、一応の結論は出たが、未だにこの答えが正解なのかはわかっていない。

「大丈夫だよ! 名字ちゃんが淫乱女だったとしても黙っててあげるから心配しないでね! オレ優しいからさ!」
「本当、その言い方止めて!」
やはり、どう考えても自分の選択は間違っている。王馬を選んで正解なわけがない。頭ではわかっているのに、看病してもらった時のことが頭から離れなかった。本当に、自分の趣味の悪さに驚く。


「あれ、名字ちゃん寝ないの?」
「ね、寝る……」
ベッドの所有者よりも所有者らしく寝転んでいる王馬を前に、名前は頭が沸騰しそうだと思った。ただ睡眠を取るだけなのだ。わかっていても緊張は止められるものではない。


恐る恐るベッドの中に入り、なんとか身体を横たえた。シングルベッドに二人入っているから狭い。絶対にいつもより寝辛いはずなのに、なぜかよく眠れそうな気がした。
何かあっても、王馬がいてくれるなら大丈夫だと思える。この気持ちこそが名前自身の本心の現れだ。

名前はしっかりと布団をかぶり瞼を閉じた。隣の王馬も静かにしているし、もう眠ったのだろうか。再び目を開けて王馬の方に顔を向ける。

「え、なに!? こわ!」

目をガン開きしてこちらを向いている王馬と目が合い、思わず悲鳴が出そうになった。ホラー映画の演出だったら9割が悲鳴を上げるくらい怖い。
「なんでこっち見て目開けてるの!?」
「なんでって、名字ちゃんがちゃんと眠れるか見てあげてるんだよ」
「ちゃんと眠れそうだから見なくていいよ! もう目瞑って? おやすみ」
王馬は何やら文句を言いながらも目を瞑ってくれた。恐怖からバクバクと心拍数が上がった心臓を落ち着かせるように深く息を吐く。おかげで緊張は解けたけど怖かった。もしかして緊張を解すためなのかと考えたが、それは王馬のことを持ち上げすぎだと自分を戒める。もう深く考えることはやめて寝たほうがいいだろう。
ようやく落ち着いた名前が眠りにつこうとした時だった。
王馬がピクリと反応し、身体を起こした。また何かするのかと眉間にシワを寄せながら薄っすら目を開ける。しかし名前すぐに考えを改めた。ベッドから降りて玄関に目をやる彼の横顔は、あまり見たことのない真顔だった。

そしてすぐに、玄関の扉をノックする音が部屋に響く。

名前は玄関に目をやり、すぐに王馬の顔を伺った。こんな遅い時間に訪問するなんて、明らかに異常。しかしここは名前の部屋だ。自分が出るべきだろうと名前は身を起こす。
けれど、王馬がそれを遮った。
王馬は片手で名前をベッドに押し戻す。そしてスタスタと軽い足取りで扉の前まで移動した。

「合言葉は?」

彼の言動があまりにも自然だから、名前は探偵映画の中にいるような気分になった。相手はもしかして最原だろうか。探偵と総統がタッグを組んで女子高生を脅かす黒幕を突き止める。絶対に売れる。
しかし待てども玄関の外から返事はなかった。

「ま、誰もお呼びじゃないから合言葉なんてないんだけどね!」
王馬がケロッと笑った瞬間、扉が再びノックされる。相手はどうやら冗談に付き合う気はないらしい。
「王馬くん……出た方がいいんじゃない……?」
このままだと一晩中玄関前に居座られそうだ。王馬は真顔で名前のことを見返す。じっと向けられるその双眸が、いつもの彼の雰囲気とは違って少し怖い。これから起こることが良くないことだと思わせるには十分だった。

彼はニヤリと口を歪める。
「名字ちゃんがそう言うなら開けるけど、後悔しても知らないよ?」
名前はゴクリと生唾を飲み込んだ。妙な緊張感に包まれる。きっとこの先にいる人は、ずっと名前を苦しめていた人だ。王馬はもうその見当がついているのだろう。

名前が返事をしないのを良しとして、王馬は玄関の鍵を開けた。


「え……」
入ってきた人物を見て名前は思わず声を漏らす。






「天海くん……?」


玄関の外にいたのは犯人じゃなかったのかな。ぽかんと口を開けた名前はそれが過ちであることをすぐに悟った。

天海はニコリと歪んだ笑みを名前に向ける。

「また彼なんすね……」

彼の態度も言葉の意味も何もかもがわからない。話し合えるような雰囲気ではないが、彼の圧に押されて名前の身体は動かない。

「何しに来たの天海ちゃん? わざわざ決着つけに来てくれたの?」
王馬が話しかけると、天海は鋭い視線で彼を睨みつけた。
「キミがいなければうまくいったんすよ」
「前にも聞いたけど何のこと? 勝手な逆恨み? 困るんだよね〜。悪の総統は恨みを買うことも多いけど、見に覚えのない恨みはごめんだね」
「名字さんに何したんすか?」
「は? 何のこと? そんなに気になるなら本人に聞いてみればいいじゃん」

王馬は心の底から鬱陶しいというように顔を歪める。天海はそんな王馬の態度はどうでもいいようで、その言葉にだけ反応を示した。くるりと身体の向きを変え、ベッドの上に座ったままの名前に再び歩み寄る。
「名字さん、王馬くんに何されたんすか? 怒らないから、話してほしいっす……」
なぜ怒られる前提なのか。名前はその質問の意図が分からず、押し黙る。すると、天海がゆっくりと冷たい手で名前の頬を撫でる。

「名字さん」

先程より強い口調に、名前はビクリと肩を震わせた。何か、何か喋らないと。考えがまとまっていないまま、転がり出すように言葉を紡ぎ出す。
「お、王馬くんに、何されたかって……そんなの……たくさんあるけど、何もされてないと言えば何もされてはいないから……」
自分でも何を言っているのかわからないが、とにかく余計なことはたくさんされてきたけど、どれも彼の気まぐれであって、直接名前に影響を与えるようなことではない、ということだ。むしろ熱が出たときは看病までしてもらっている。
天海は名前のカタコトな言葉をどう受け取ったのか、眉間にシワを寄せた。

「何かされたんすね? だから名字さんは彼を選ばざるを得なかったんすね?」
「何のことか……」
天海にぎゅっと抱き寄せられ、言葉の続きが紡がれることはなかった。
「うっ……」
天海の腕の力が徐々に強くなっていき、息苦しいし身体が痛い。離してほしいと訴えるように身体を身動ぐが、さらに力を込められる。


もう二度と離さないとでも言うように。


「名字ちゃんを圧死する気なの? 手でりんご潰すみたいにそのまま名字ちゃん抱き潰す?」
天海の背後から聞こえた王馬のセリフに、サッと血の気が引く。いくら様子がおかしいとはいえ天海がそんなことをするとは思えないが、この様子では絶対にないとは言えないのが辛い。
なんとか開放してもらおうと、今度は全力で抗った。

「離して!」
腕や足も使って腕の中で暴れると、ようやく天海の腕の中から逃げ出せた。

「すみません、怖い思いをさせて」
「大丈夫……」
きっと、王馬を選んだことで天海がこうなってしまったのだということは想像できる。だから、名前が彼のことを慰めたりすることはできない。その行為はただ彼を苦しめるだけだ。
名前は彼に触れることも言葉をかけることもできず、ただ距離を取ることしかできない。

それは、紛れもない彼への拒絶だった。

天海はその名前の行動に酷くショックを受けた顔で名前を見た。名前は視線を逸した。自分が彼を苦しめていると言う事実を真正面から受け止められるほど名前は強くない。ズルいことはわかっている。
けれど、なぜ天海がこんなにも名前のことを手に入れようとしているのか、それが腑に落ちなくて、彼の気持ちを素直に受け入れられない部分もあった。
思えば彼は最初から名前に優しかった。
彼の想いは、好意というものではなくて、なにか執着めいたものがあるような気がする。

「名字ちゃんの死因が圧迫死にならなくてよかったね」
明らかにこの場にそぐわない口調で冗談をこぼす声が背後から聞こえたと同時に、ふわりと頭を撫でられる。ハッと振り返ると、それは背後に立っていた王馬の手だった。
信じられないほど優しいその手つきにツンと鼻が痛くなる。弱ってる女の子に優しくするなんて、そんなのズルい。思わずその手に縋りつきたくなるのをぐっと堪え、少し離れたところに立っている天海を見た。ちゃんと、彼と向き合わなければならないと決意して。


天海は一度顔を俯かせたと思ったら再び顔を上げ、名前を見据える。


「次は、絶対に手に入れる」


そう呟いた天海の顔が、ニヤリと歪んだ。







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