Day 9


Day 9



男はベッドに腰掛け、ため息をついた。

いらない邪魔が入った。そろそろ潮時かもしれない。しかし、昨日の続きがしたくて堪らない。

昨日の名前は最高に可愛かった。

名前のにおいを胸いっぱいに吸い込み、首筋にキスを落とした時の名前の顔に欲情してしまったのは我ながらどうしようもないと感じる。あの反抗的な目が男を焚き付けていると気づいていないのもいじらしい。

男は手のひらを見つめ、ぐっと握りこんだ。名前の小さな頭を撫で、サラサラとした髪の感触を思い出す。それだけでまた体の奥が熱くなってくる。

最終日を除いてあと一日しか猶予は残されていないが、名前は自分のことをどう思っているのだろうか。

どうしようもないほど名前を手に入れたくて仕方がない。


もう、後に引き返せないところまで来ている。


男は熱くなった己の熱を冷ますように深く息を吐く。名前の小さくて白い身体の感触を思い出しながら。





*





眠りたい。
しかし名前は意味もなく部屋を徘徊したり己の頬を抓ったりして、無理矢理身体を起こしていた。なんとしても、愛の鍵の真実を確かめなければならない。

午前1時。
重い身体でベッドに腰掛け、うつらうつらし始めた時だった。ゴトリと大きな物音がして、ハッと脳が覚醒する。
目を開き耳をすませ、じっと物音の出どころを辿る。しかしそれ以上物音が聞こえることはない。気のせいかと思いベッドに腰掛け直そうとした時、また僅かに音が聞こえた。隣の部屋だ。
音が聞こえた方の部屋、つまり王馬の部屋との境である壁にゆっくりと近づき耳を当てる。目を閉じてじっと感覚を聴覚に集中させる。
やはり、微かだが声が聞こえる。どうやら誰かと会話をしているようだ。

寒気がした。ドクドクと鳴る己の心臓の音がうるさい。

ぎゅっと瞼に力を入れてさらに耳を壁に押しつけた。

「どうー、ーーーー?」
「ーーただ、ーーーーー」
「ーーーー、ーーーーだけど」
「ーーーー」

殆ど聞こえない会話に集中するのに疲れて、名前は壁から耳を離した。
相手が男か女かもわからなかった。別に王馬が女性と自室にいようが名前には関係のないことだ。こんな真夜中であっても。

名前は緩く頭を振る。
違う、気にするべきはそこではない。そもそも女性かどうかもわからない。
モヤモヤとした心に蓋をするように名前は思考を戻した。名前はもうこの体調不良がただの体調不良だとは思っていない。意図的か副作用的なものかはわからないが、人為的な作用によって名前は苦しめられている。
その犯人を見つけ出さない限り、名前は苦しめられたままだ。
かと言ってどうすればいいのかはわからなかった。だから、愛の鍵の話を聞いて、試すならこれしか方法はないと思った。夢を見る時間に起きていたらどうなるのか。起きたまま、その人の夢に誘われることはあるのか。愛の鍵なんて変な物体があるくらいだから、人の夢の中に入るという摩訶不思議な現象もあり得なくはないと考えた。

しかし名前が夢に誘われる気配はない。

やはり夢は夢でしかないのだと、己の馬鹿げた考えに笑いすら出てくるが、思わぬ副産物を得た。王馬は怪しいことこの上ない。怪しさで言えばこの個性豊かな仲間たちの中でも王馬はピカイチだと言えるだろう。何かと名前に突っかかってくるし、入間とこそこそ何かを企んでいるし……。全く見に覚えはないが、何らかの理由で名前を苦しめているのは王馬なのではないか。そんな考えが浮かぶも、彼がこんな馬鹿げたことをするようにも思えない自分もいる。いや、彼を信じているのは、自分の勝手な望みか。

王馬の部屋に続く壁にもう一度耳を当てる。
しかしもう物音も声も聞こえることはなかった。



いつの間にか眠ってしまっていた名前だが、昨夜見たあの忌々しい夢を見ることなく朝を迎えた。しかし気分は全く良くない。
いつものように遅めの食事を取り、寄宿舎の前の芝生に寝転んだ。ここ最近ずっと部屋の中で過ごしていたので、こうして陽にあたり外の空気を吸いたくなったのだ。
肌を擽る芝生のフサフサとした感触が気持ちいい。ここに来てすぐの頃、今みたいにこうして微睡んでいたら、王馬が話しかけてきたことを思い出す。


「おーい! 名字ちゃーん!」


そうそう、こんなふうに頭の上から……。
やけにはっきり聞こえた声に薄っすらと目を開けると、名前の顔を覗き込む王馬の顔が眼前に迫っていた。少し動いたら鼻と鼻がくっついてしまいそうな距離に。

「ヒッ」

思わず小さく悲鳴を上げて身を縮こまらせる。
「名字ちゃんは学習能力がないのかな? こんなところで無防備でいるとどうなるか、前にオレが身を持って体感させてあげたよね?」
「あんなことをする人は王馬くんだけだと思うけど……というかあれが良くないことだって自覚してるんならやらないでよ!」
がっかりだと言わんばかりにわざとらしくため息をつく王馬に眉をひそめる。正直今は彼と話す気分ではない。

王馬が何を考えているかなんて、目と鼻の先にある彼の顔を見たところで名前にはわからない。彼の真意は、彼自身の中にしかない。
「ここでの生活も明日で終わりだと思うと寂しいなあ!」
「台詞と顔が合ってないけど」
顔を離した王馬はニコニコと楽しそうな笑顔のまま、にししと笑う。彼の発言には全く同意できない。王馬に絡まれたり体調を崩したり、ここに来てからろくな目に合っていないのだから。
名前は最初のモノクマの発言を思い出して気分が暗くなる。ここから出るには誰かと結ばれなければならない。しかし殆ど寝こんでいた名前は当然誰とも結ばれてなんかいない。きっと、名前が寝ている間にみんなは親睦を深めているはずだ。赤松も、最原も、王馬だって……。

名前は爪弾きにされた気分だった。蚊帳の外に置かれたまま、みんなだけ親睦を深めて。
結局、名前の体調が崩れた理由もわからないまま明日が来ようとしている。
昨日部屋に訪れてくれた最原と天海も、すでに誰かと親密になっているから名前に構う余裕があるのだろう。
相手は赤松か、白銀か、なんて予想を立てて、名前は目を瞑った。もう、何も見たくないし聞きたくもない。この胸の痛みが何なのかも知りたくない。

「痛っ!」

突然頬を抓られ目を見開く。
「でも名字ちゃんはここを一緒に出られる人なんていないだろうから……ごめんね」
「わ、わかってるならわざわざ言わないでよ!」
しおらしいその顔が余計に苛つく。人の傷をえぐるような真似をして。そんなに悲しそうにするなら私と仲良くなってここから出してほしい。またいらないことを言われそうだから絶対口には出さないけど。

「全く、名字ちゃんをこんな目に合わした奴には腹が立つね!」
「本当にそう思ってるならもうちょっと私のこと労ってほしい」
王馬は相変わらず人を誂うのが好きらしい。一日に10回は人を誂わないと罰を受ける呪いにでもかかっているのだろうか。

名前は寝そべったまま王馬の大きな目をじっと睨むように見つめると、王馬もじっと名前の目を覗き込む。
やはり彼の考えていることはわからない。その大きな瞳に何を映しているのか思案していると、その目がスッと細まる。
「案外、犯人は近くにいるかもね」
「え……」
彼のいつもの冗談に、名前何も言い返すことができない。

彼の声が、耳の中で木霊していた。





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