Day 7


Day 7



目を覚ますと、ベッドの端の方で王馬が突っ伏して寝ていた。結局昨夜はずっと側にいてくれたのだろうか。というか昨日は頭がどうにかしていた。王馬にあんな、あんな……。

そこまで考えて、名前はハッと気がついた。だいぶ普段の自分に戻っている気がする。まだ本調子ではないが、熱は下がっているのではないだろうか。

名前はベッドに頭を預けて寝ている王馬の頭を撫でた。長い睫毛と鼻や耳の小さなパーツが人形のようだ。こんな可愛らしい顔が七変化して人々を惑わすとは考えられない。まあそんな彼に甘えてしまったのは熱で頭がおかしくなっていたからで。
名前は王馬が起きる前にシャワーを浴びることにした。このひどい有様をあまり彼に見られたくないと思った。今更かもしれないけれど。まだ熱はあるが今の体調なら大丈夫だろうと判断し、名前はそっとベッドを降りた。


全身を念入りに洗って、気分もスッキリした状態で部屋に戻る。王馬は風呂に入る前と同じ体制でまだ寝ていた。ゆっくりと近づいて顔を覗き込む。寝顔だけは天使のようだ。名前は恐る恐る彼の頬に指を添える。反応がないのを確認し、ゆっくりと指を滑らせた。すべすべとしていて気持ちいい。くすぐったいのか王馬の口がむにゃむにゃと動いた。
「かわいい……」
なぜ王馬がここまで世話をしてくれたのか、なぜ東条や他の人に任せなかったのか、それはわからないけど、王馬には感謝している。ちゃんとお礼を言っていなかったこと思い出して、名前は彼の寝顔をじっと見つめる。
「看病してくれてありがとう」

その時、突然王馬の手が名前の腕を掴んだ。
「ひっ!」
あまりに突然のことで軽く悲鳴を上げてしまう。飛び起きた王馬は名前を見上げてニッコリと笑う。
「どういたしまして」

王馬はにししっとイタズラが成功した子どものように笑っている。まさか、頬を撫でたり顔を見つめていたことにも気づいていて狸寝入りしていたのだろうか。名前は己の愚行のあれこれを思い出し、ぼっと火が燃えるように顔を赤らめる。

「まだ熱があるみたいだし早く髪乾かして寝なよ。可愛い可愛いオレが寝かしつけてあげるからさ!」やはり狸寝入りしていたようだ。
名前は王馬の言葉を遮るように立ち上がり洗面所に戻った。髪を乾かしている間、昨日の夜のことを思い出していた。高熱で弱っていたとは言え、背中を拭いてもらったり、甘えたことを言ったり、昨日の自分はどうかしていた。そして今朝も。穴があったら今すぐ入りたい。


ちょうど髪を乾かし終わった時、扉をノックする音が聞こえた。慌てて出ようとするが、先に王馬が、はいはーい、と言って扉に駆け寄る。

「体調はどうかしら?」
入ってきたのは東条だった。手に持っているトレーの上にはお椀が乗っている。そう言えば昨日から何も食べていなかった。
「まだ熱はあるみたいだけど、だいぶ回復したよ」
「そうね。昨日よりは元気そうで安心したわ。お粥を持ってきたのだけれど食べられるかしら?」
まだ食欲はないが、食べられる時に食べておかないと。そう思った名前は東条からお粥を受け取った。
「本当にいつもいつもありがとう。いただきます」
「食べられる量だけでいいのよ」
東条の気遣いに笑顔で返し、お粥をいただこうとすると、王馬がスプーンを取り上げた。

「じゃあオレが食べさせてあげるね。はい、あーん」
「じ、自分で食べられるから……」
王馬の優しさなのか、名前をからかってるのかは分からないが、やたらと世話をしてくれるのは嬉しい反面恥ずかしい。

「王馬くん、つきっきりで名字さんの世話をしてくれるのはいいのだけれど、名字さんの体調が悪化するようなことはやめてちょうだいね」
東条は困ったように王馬を注意した。彼を諌めつつも、本気で心配しているわけではなさそうだ。彼女が本気で注意するなら王馬が逃げ出すくらいの迫力はあるだろう。

「はいはい。わかってるよママー」
「ママはやめてちょうだい」
東条は名前のベッドシーツを直してから部屋を出て行った。

「えへへ、東条さんって本当にお母さんみたいだよね」
でも本人は嫌がってるみたいだったな……。間違えて斬美ママって呼ばないように気をつけよう。
「うわー、久しぶりにその気の抜けた名前ちゃんの笑い方を見たよ」
「うわーってなに。ちょっとひどい」
名前は東条が直してくれたベッドのヘッドボードを背もたれに座る。

お粥を食べようとするが、すでに王馬がお椀とスプーンを持っていた。
「はい、お粥食べようねー」
王馬は掬ったお粥をふーふーと冷まして名前の口に運ぶ。
「ちょ、自分で食べれるから」
「あーん」
全く人の話を聞かない王馬が手にしているスプーンが有無を言わせず名前の唇をぐっと押す。
「んん!」
名前は思わず小さく口を開けてお粥を口に入れた。恥ずかしさを紛らわすように、いつもよりもぐもぐと噛んでしまう。

王馬は楽しそうに2、3回それを繰り返したが、あー、なんかめんどくさくなってきた、とお椀とスプーンを置いた。名前は仕方なくそれを受け取る。
「自分勝手すぎる……」
自分でお粥を食べ始めるが、ちょっと残念に思う自分がいた。

私は王馬くんに看病されて嬉しかったのか……?
いやいや、まさかそんなはずない。
じゃあなんであんな甘えた態度を取ったりしたの?
それは……熱があって変になってたからで……!

心の中で二人の名前が議論をしている。名前の感情は真実を知っているようだが、理性がそれを暴くことを阻止しているように。


「あれ? やっぱりオレが食べさせてあげないと食べれないの?」
王馬がにこにこ笑いながら名前の顔を覗き込む。悶々としていて食べる手が止まっていたようだ。
「………」
名前は彼と目を合わさないように顔をそらした。鋭い彼に今の自分を見られたら、もう後には戻れない気がする。

名前は食べ終わったトレーを強引に王馬に押し付けて頭から布団を被った。熱いのは熱のせいなのか、それとも……。

暗闇の中で、彼の声を聞きながら名前は心に蓋をするようにぎゅっと目を瞑った。どうして王馬がこんなに優しくしてくれるのか不思議でならなかった。失礼だが今までの彼の言動から考えて、名前がどこでのたれ死んでいようが構わないといった性格だと思っていた。何か裏があるのではないか。そう勘ぐるのは妥当だろう。

例えば、名前の体調不良も彼の仕業で、そして優しくして見返りに何かを求めるとか……。いやでも名前に見返りを求めたところで大金は持っていないし、ちょっとアロマに詳しいだけでこれといってすごい才能があるわけでもない。いかにも悪の総統が考えそうなことだが、この線は薄いだろうか。入間とこそこそ何かを企んでいるのは関係があるのだろうか。

あれこれ不安が生まれてはぐるぐると頭の中を駆け巡る。

でも、彼が何を考えていようが看病してくれた事実がなくなるわけではない。

ひょっこりと掛け布団から頭を出した名前は何やら部屋の中を物色している彼の背中に声をかける。
「側にいてくれて、ありがとう……」
改めてお礼を言うのがなんだか恥ずかしくて、小声になってしまったのが余計に羞恥心を煽った。
王馬が振り向き、布団から目元だけ覗かせてこちらを見ている名前と視線が合う。心なしかその瞳が潤んでいるように彼には見えた。
「にしし、お礼としてとりあえず逆立ちで校庭一周してもらおうかな」
「それ罰ゲームでやるやつ!」
部屋の物色を止めた王馬は、ツッコミを入れる名前に歩み寄る。その顔色は普段と同じで、強いて言うなら白い肌にほんのり赤みがさしているくらいのもので特段変わったところはないようだった。
濡れてもいない彼女の目をすっとなぞり、王馬はベッドから一歩後退する。
「うさぎちゃんの名字ちゃんはオレがいなくなったら泣き喚くからなあ」
「泣かないから! ありかとう! もう大丈夫!」
カッと頬を染めた名前は王馬に投げやりな言葉をかけると亀が甲羅をかぶるように今度こそすっぽりと布団を頭までかぶった。

名前が潜る布団が規則正しく上下するのを見て、王馬は静かに自室に戻った。



行ったか……。



王馬が完全に出て行ったことを確信し、名前はそっと身を起こす。ぐるりと首を巡らせ彼がいないことをしっかりとこの目で確認すると、名前の口からはふうと深いため息が吐き出された。
熱は確実に下がっているのに、顔だけが異常に熱い。本当に昨日の自分はどうかしていた。弱っているからってよりによって王馬に弱みを見せるなんて。

一生の不覚。

名前は後悔に苛まれ再びため息をついた。王馬のことだけじゃない。今までのことすべて。じっとしていると余計なことをいろいろと考えてしまう。

この恋愛観察バラエティとやらが始まってはや7日だ。10日目がここから出る日だと考えると残り時間はあと2日と少ししかない。ただひたすら眠って食堂に行って再び眠る生活をしていた名前は恐らくワースト1、2を争う参加者だろう。何のワーストかって。そりゃあ視聴者の好感度である。もちろん同じ参加者である赤松や最原たちからの好感度も無に等しいだろう。ほとんど寝てばかりで顔も出さない人間に対して良い印象を持つ人がいたら相当な変わり者だ。東条、最原、天海、王馬とはそれなりに会話をしているが殆ど迷惑をかけているだけだ。王馬は、まあ、誰に対してもあんな感じなので迷惑をかけられたりもしたけれど。なんなら初っ端に奴隷にされかけましたけど。
経験したことのない速度で走らされて天海にぶつかって。
その時のことを思い出して思わず苦笑する。あれからまだ一週間も経っていないのになんだか遠い昔のように思える。

こんな体調不良にならずに普通にここで生活を送っていたとしたら、私は誰と結ばれていたのだろう。


そんなことを考えて、ふと浮かんだ人物の顔に自分でも驚いた。


好きとか、恋人になりたいとかではなくて、ここを出ても仲良く遊べるような友達になれたらいいな。
そんな淡い期待を抱くくらいしかできないけれど、その人のことを考えると自然と名前の心は軽くなった。




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