than do something




「ってことがあってね」
「このあだ名、鏡宮さんにぴったりですね」
「それにミャンヌって、なんかかわいいです」
「そうかな……」
へへ、と照れを隠すように頬をかく。
未だに勿体ないあだ名だと思う。私は王子が思っているほど立派な戦士ではない。でも、王子がつけてくれたこのあだ名に負けない人になりたいと思う。
物怖じしない、勇敢な戦士。
あの時、彼の笑顔に応えられるようにジャンヌ・ダルクになろうと思った。その忘れかけていた気持ちを思い出して、口元が綻ぶ。
半分ほど減ったオムライスを一口頬張ると、優しいバターの風味が口の中いっぱいに広がった。




中位に上がってから初めての試合を翌日に控えた今日、名前たちは最終調整に入っている。作戦会議は午後からだが、先に要点をまとめておこうと資料片手に茶野隊の扉を開けると、机に向かう藤沢がいた。
向かいの席に資料を置き彼の手元を覗き込むと、そこには懐かしい数式の数々が並んでいる。
「数T?」
「はい。明日までの宿題が出ていて……」
ボーダーの活動に加えて学校の宿題や試験もある彼らのことを思うと、つくづく多忙の身だと感心する。かくいう名前も一応大学生なので課題や試験はあるが、正直高校生の時の方ががっつり勉強をしていた気がする。

「ほんと藤沢くんたちは偉いよ。学業とボーダーを両立して頑張ってたなあって、この経験自体が糧になる時がくると思う」
立派だよ、と頭を撫でてやると、藤沢は照れたようにはにかみ頷く。普段茶野の一歩後ろにいることが多い藤沢だが、彼はサポートに回るのが上手いので自然とその立ち位置にいるのだろう。勤勉家だから、作戦がよく頭に入っていて比較的冷静に物事の判断を行える。もっと経験を積めば、数々の物事を吸収して自分のモノにし、奇策を思いつくような策士になれるかもしれない。

二宮あたりからはただの親バカだと一蹴されるかもしれないが、その可能性を秘めている限り、そんな未来に向かっていくビジョンを見たっていいはずだ。

「私はソファの方でやるから……」
「いえ! こっちでやってもらって全然大丈夫ですよ」
「そう……?」
「俺がサボらないように見張っていてください」
邪魔にならないように席を移動しようとしたのだが、藤沢のはにかむような笑顔を見て上げていた腰を下ろす。
「じゃあ遠慮なく」
「はい!」
向かい側に座り、藤沢は数学を、名前は試合の資料をまとめる。静寂の中で向かいからたまに聞こえるペンの音やページを捲る音が、一人でいる時よりも心地よかった。


名前がちょうど要点をまとめ終えた頃、名前と藤沢が座っていた机はすべての席が埋まっていた。茶野隊フルメンバーである。

「次は中位になって初めての試合だね」
「はい。少し緊張します」
「大丈夫。みんな確実に強くなってるからここまでこれたんだよ。まずは今まで学んだことを踏まえて、このニ隊の相手をどうするかを考えよう」
名前がトンと指でタブレットをタップすると、次の対戦相手である諏訪隊と荒船隊のメンバーが映し出される。

「全員スナイパーの荒船隊、そして俺たちと同じガンナーとアタッカーの諏訪隊ですね」
「そうだね。さっきは大丈夫って言ったけど、この試合、初っ端から厳しい戦いになるかもしれない」
「え……」
「あーごめんごめん、そんなに深刻なことじゃないよ」
茶野たちの熱の籠もった目がすっと冷めていく。言い方を間違えて不安にさせてしまった。
名前は苦笑いを浮かべて慌ててヒラヒラと手を振る。
「私がさっきあんなことを言ったのは、荒船隊と諏訪隊はまず私たちを狙ってくると考えられるから。なんでかわかる?」
名前の問いに、茶野たちは首を傾げたり顎に手を当てたりと各々頭を巡らせる。
茶野も藤沢も十倉も、自主的に戦略の勉強をしたり技術を磨いたりしているおかげで毎試合成長を見せてくれる。きっとこの試合は勝っても負けても彼らの糧になるだろう。だからといって負けてもいいというわけではない。
名前だって勝ちたいし、人のことを見てばっかりではなくて、自身も成長しなければならない。

「俺たちが一番弱いから?」
藤沢の呟きに、ハッと顔を上げる。彼の顔が予想よりも凛々しくて、思わずニヤリと口角が上がる。
「そう。私たちはまだ経験も浅いし中位に上がったばかり。特に、茶野くんと藤沢くん」
名前の向こうに次の対戦相手を見ているのだろう。二人の眉がキッと上がる。
「二人は狙われる可能性が高い。できれば短く終わらせたいね。今回は、スピード感重視で作戦を立てていこう。幸いにもランク戦は一番弱い者にマップ選択権が与えられてるからね」
茶野と藤沢は、はじめこそ無鉄砲で自分の立ち位置すらわかっていなかった。しかし今は違う。師匠に技術を教えてもらって、ちゃんと考えながら試合を重ねて、相手と自分の差を測れるようになった。

「二人が得意とするフィールドでニ隊の攻撃を躱したいところですが、それだと恐らく諏訪隊も動きやすいですもんね」
「そうだな。敢えて一隊に的を絞るのはどうでしょう。例えば工業地区なんかは射線が通らないからかなり動きやすくなるはず。加えて諏訪隊よりも機動力のある俺らの方が向いてると思います」
「なるほど工業地区か……」
荒船隊に的を絞るのは悪くないと思う。敢えて荒船隊が有利になる地形を選んでターゲットにさせた三雲隊のような奇策は賭け要素が多すぎる。かと言ってただ射線をなくすだけでは物足りない。何かもっと工夫したいところだ。
「設定を夜にしてはどうでしょうか」
珍しく藤沢が声をあげる。
「夜? 暗視モードがあるからあんまり意味ないんじゃないかな」
「いえ、目晦ましを使うんです」
「目晦まし……」
名前は顎に手を当てじっと考える。

「いいね、面白そう!」
「えっそんないきなり面白そうなんて」
「もちろん面白そうだからってだけで決めるんじゃないよ。目晦ましってスピード重視の今回の作戦にはピッタリだと思うんだよね。例えば……」

そうして名前が話すうちに疑いの眼差しを向けていた十倉も次第に顔が興奮で上気し始める。それならば、と茶野や藤沢もポンポンと意見を出し始め、名前の意見に肉付けされていく。

「今回の試合かなり楽しみだ……!」
「やばいちょっとゾクゾクする」
「いやあ、まさかこんな作戦になるとは」
「名前さんド派手にお願いしますね!」
「は〜い……」
結局、勢いがついてしまった茶野たちに合わせて茶野隊らしくない作戦になった感が否めない。しかも大役を担うのはこの名前だ。高校生の勢いってすごい。いやでもたまにはこういうのもありか……。

珍しくはしゃぐ茶野たちの傍ら、名前は諦めたように苦笑を漏らした。




『始まりましたROUND4! 解説は太刀川隊の出水さんと三輪隊の米屋さんにお越し頂いています!』
『ども』
『よろしくお願いしまーす』
『さあ茶野隊が選んだステージは……工業地区!』
『荒船隊潰しかなあ』
『いやー工業地区だからって荒船さんが大人しくしてるわけないよね』

出水の言うとおり、ステージを聞いても荒船隊には動揺はなかった。
「工業地帯だって」
「そうか。変に意図が読めないマップよりもわかりやすくていい」

諏訪隊も同様である。
「荒船隊潰しのマップだな」
「俺らは余計に茶野隊に専念できるってことよ」


一方茶野隊は最終確認に入っていた。
「ガンナーはアタッカーの援護が主な仕事ですが、今回は一人ひとりが主力となって戦わないといけないですね」
「そのとおり。今回私は囮。恐らく作戦を始めてしまったら、茶野くんと藤沢くんのサポートをしている余裕がないと思う。だから十倉ちゃん」
名前を呼び、力んだ肩にぽんと手を置く。
「私たちのフォロー、頼んだよ」
「……はい!」
しっかりと頷いた十倉にニッと笑いかけ、転送を待つ。

名前の覚悟、十倉の不安、茶野と藤沢の成長。
この戦いで、何かが大きく変わる予感がする。
珍しく緊張でかじかんだ手をぎゅっと握った。


様々な思いが入り混じった中、B級ランク戦ROUND4が始まる。




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