高谷と奏和マネージャーで両想い


高谷の入部によりマネージャーが増えた。去年は名前一人だったのが、今年は10人になった。高谷効果恐るべしと喜んでいたが、人数が多い分、マネージャーの教育は思っていたよりも苦戦を強いられている。
練習時間の多さからか、やっぱりファンクラブで応援している方がいいと辞める人もいた。残った数人も漸く名前の手を離れた頃には、皆率先して高谷にドリンクを渡したりと高谷贔屓が目に余るようになってきて、これまた別の問題が浮上していた。


今もまた、休憩に入った途端我先にと高谷にドリンクとタオルを持って行く。
「高谷先輩お疲れ様です!」
「ん、ありがとー」
キャッキャと騒ぐ後輩を横目に名前は他の部員たちにタオルとドリンクを渡していく。六弦にドリンクを持って行くと、眉間にシワを寄せて高谷たちを見ているのがわかり、自分の至らなさに申し訳なくなった。
「六弦さんすみません……」
控えめに頭を下げると、六弦の目が見開いた。
「どうして名字が謝る」
「それは……私がしっかりしていれば1年生たちもこんなに露骨にならなかったかと思いまして」
「……そんなに気負うな。むしろ負担をかけて済まないな」
六弦に気を使わせたことに余計に胸が締め付けられる。名前はもう一度高谷たちの方を見てため息をついた。


「名前ちゃん」
帰り道、背後から聞こえた声にビクリと肩を揺らす。
「高谷くん……」

ちょうど考えていた人がそこにいることに驚くと同時に、久しぶりに、と言っても2日ぶりくらいだが、彼と言葉を交わす事実に胸が踊りだす。高谷に好意を寄せる人たちからしたら毎日のように話す機会があること自体十分贅沢なんだと思う。
けれど私は強欲だから、もっと高谷くんと話したり、応援したいと思ってしまう。毎日同じ空間にいるのに、最も遠いところにいるような錯覚を起こしてしまう。
きっと、ファンの人たちやクラスメイトが知らないような、苦しい表情だって私は知ってる。

そんな優越感や独占欲に、嫌気が差す。

「最近俺のこと避けてる?」
「え!?」
予期せぬ台詞に思わず隣に並んだ高谷を見る。彼はいつもと同じ笑みで名前を見ていた。
その発言にどんな意図があるのかはわからないけど、高谷にそう言わせるような行動を取った記憶すらないのだから名前はぽかんと口を開けることしかできない。

「避けてはないけど……」
後輩の押しが強くて近寄れないというのが本当のところだ。発せられた声は想像以上に弱々しい。目を逸らした名前の横顔を、高谷がじっと見つめる。そこからじりじりと焼かれていくように熱い。仮にも避けられていると疑っている相手にここまで距離を詰めるなんて高谷らしいと苦笑する反面、その強引さが羨ましくもある。

納得したのかしていないのか、ふーんと抑揚のない声を漏らした高谷は一度前を向く。目の端に写った高谷の目が、鋭く細められたように見えた。
「そっかあ。名前ちゃん最近六弦さんと話すこと多いなあって思って」
「そうかな?」
「そうだよ」
最近の自分の行動を思い返してみるも、これといって思い当たるフシはない。確かに後輩のことで六弦が気にかけてくれているが、それは他の部員にも言えることだ。特に六弦と話すことが多いように見えるのなら、それは彼が主将だからという他ない。
首を傾げて考えていると、隣で薄く笑う気配がした。部活中でも見たことのない柔らかい笑み。新鮮な表情に顔を向けると、彼はちらりとこちらに視線を寄こしてから、またいつもの自信に満ちた笑顔を浮かべる。
「皆の名前ちゃんではあるけど、俺の名前ちゃんでもあるから寂しいなあ」
頭の後ろで手を組んで、夕方と夜が混じった紫色の空に向かって呟く。言葉の意味が理解できなくて名前がもう一度高谷の方に振り向くと、高谷が涼しい顔をして微笑み、しっかりと名前を見ていた。ばちりと目が合い、その力強い双眸に捕らえられてしまったように反らせなくなる。

「意外と鈍いんだよねえ、名前ちゃんは。いや、鈍いっていうより自分に自信がなさすぎるのかな」
独り言のように呟く高谷を見ていることしかできない。ただ、わけもわからず心臓がバクバクと鳴り出して、いつもの帰り道が雲になってしまったみたいで、足元がフワフワとする。
「つまり、もっと名前ちゃんに俺を見てほしいってこと」
「えっ……んんっ……!?」
煩い心臓がドクッと一度脈打ち、思わず胸を拳で押さえる。エサを待つ鯉みたいに口をパクパクとするも乾いた息しか出てこない。それもそのはず。理解できそうでできない彼の甘い言葉が私の頭をかき乱しているのだから。
都合良く解釈したい自分と現実的でネガティブな自分が口論を始める。信じられない気持ちでいっぱいで、頭の中で高谷の声がぐるぐると回る。私を混乱させている張本人は、ケラケラと笑うだけだ。

「焦っちゃってかーわい」
「ひいい」
挙げ句の果に頬をプニプニと摘まれて、ついに頭がショートしてしまった。カッと顔が熱くなって、何も考えられない。都合良く解釈したい方の自分が勝ったことはわかる。
きっと顔が熟したりんごくらい赤くなっているに違いない。後輩マネージャーたちと毎日仲良く喋っていて、そんな素振り全く見せなかったのに。
「あ、からかってるんじゃないからね」
名前の思考を見透かすかのように、高谷の声が被る。
急に爆弾を投げつけるなんて、勘弁してほしい。そんな八つ当たりのようなことを思っても高谷に伝わるわけもなく、追い打ちをかけるように距離を縮められる。

身構える隙もなく、高谷の顔がぐっと近づいた。
キレイな顔だな……。
ショートした頭は考えることをやめたようだ。条件反射のような思いに抗わず、見惚れたその目がすっと細められる。
「後輩マネちゃんたちが俺のところに来る時さ、名前ちゃんわかりやすいくらい残念そうな音になるんだよね」
至近距離で白い歯を見せながら笑うその笑顔は名前が惚れた笑顔だ。すべて見透かされていたのかと思うと恥ずかしすぎて、反射的に顔を前へ向ける。

「……高谷くんには隠し事できないよね」
堪えきれず顔を覆えば、隣からは軽快な笑い声。

「今は最高にかわいい音」

耳元で囁かれた高谷の声は、最高にかっこいい音だった。




***



高谷と奏和マネージャーで両想いというリクエストでした!

付き合っていない両想いってすごくかわいい。
マネージャー設定を活かしきれていない気がします……。書いていて思いましたがあの高谷ファンクラブの方々を突破するのは至難の業ですね(笑)
この度は素敵なリクエストありがとうございました!


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