昔話をしよう



井浦たちに誂われながら準備を終え、結局背中を押された形で王城の元へ行くこととなった。

夏を感じる濃い夕日が差し込む中、渓流の真ん中に立つ王城の背中が黒く浮かんでいる。彼の長い影が川のほとりに並ぶ名前の足元に届いた時、王城が振り向いた。
「名前遅いよ〜」
いつもどおりの朗らかな笑顔。対して名前は硬い笑みを返したかと思えば口元をきゅっと結んで少し声を張り上げる。

「釣れた?」
そう問いかければ王城は、子どもが親に己の功績を自慢するかのようにはしゃぐ。
「見てよ! これが釣れたら5匹目!」
そうはしゃいだ王城が名前の足元を指差す。彼の指に合わせて足元に置かれたバケツを覗き込めば、4匹の魚が狭そうに泳いでいた。
「この短時間でこんなに!?」
王城を見送ってからたかが15分程度しか経っていない。どんな技術を使ったのかと素直に驚いた。

王城はふふんと胸を反らすようにして笑う。子どもっぽいと思いながらも不覚にも可愛いと思ってしまうのは惚れた弱みか。
「……そっち行くから待ってて」
「え!? 危ないよ!?」
「いいの!」
名前は靴と靴下を脱いで、ジャージを膝丈まで捲りあげる。焦る王城を無視してひんやり冷たい渓流に足を入れた。
「冷たくて気持ちいい」
「名前……」
王城は未だに目を丸くしている。名前がヘラリと笑いかけると、王城の表情が硬くなった。

「ねぇ…」
夕日を眺めていた名前に向けられた自然な声。川を泳ぐ魚のようにつるりと飛び出した声にそれを発した王城自身が息を詰まらせた。
たった一瞬言葉が詰まっただけだったが、それは本人も意図していないことだと名前が気づくには十分だった。

「なんでもない」
一瞬で表情を戻しヘラリと笑ってみせた王城に、やっぱりと納得すると同時に、ここ数日の自分を叱咤したくなった。こんなに周りに心配をかけて、何をしているのかと。こんなに好きなのに、隠しきれると思っていたのかと。

「急にどうしたの」
ハハと声を上げて笑う名前は夕日の方を向いたままだ。濃いオレンジ色の夕日に照らされた横顔が赤く見えたのは夕日のせいだろうか。

「だって日中ずっと僕のこと見てたよね」
心の中を見せてくれない名前に少し意地悪したくなってそう問えば、ピクリと肩を揺らし、名前の顔はさらに赤くなる。ほら、やっぱり夕日のせいなんかじゃない。図星を突かれて動揺を隠せない名前が無性に可愛くて、さらに調子に乗り始める。

「好きだよ名前〜」
「もういいって……」
王城を見ていたのは事実なので、反論しようにもできない。ただただ顔を赤くするだけだ。

「ああ、かかった!」

突然の大声に驚き王城の方を見ると、竿がピンと張り、魚がかかっているのがわかる。名前は必死に魚と戦っている王城の横で、話が逸れたことにほっとしていた。


戦利品を携えた名前たちはみんなの待つ川辺へと戻る。大方準備は終わっており、あとは食材を切って煮込むだけとなっていた。腰を下ろす素振りも見せず王城は井浦に詰め寄る。
「慶聞いてよ! 名前が可愛すぎる!」
「はいはい」
井浦はいつものように王城の惚気話を流すが、その顔には薄い笑みが浮かんでいる。
「初日も頭を撫でてくれたし今日もずっと僕のこと気にかけてくれてたみたいなんだよね。名前どうしちゃったのかな……。変なモノ食べたりしてないよね?」
「ブフォッ」
これには流石の井浦も吹き出すしかない。素直に好意を表しただけなのに本人には逆に不審に思われるなんて、あまりにも不憫だ。しかしこれも日頃の行いの結果だと思えば致し方ないのだろう。

名前は王城に不審がられているとは露程も知らずに調理に取り掛かっていた。手早く野菜を洗い、手頃な大きさに切っていく。余計なことを何も考えなくて済むように意図的に料理に集中していた。
「すごい……! 目にも止まらぬ早さで野菜が切られていく……!」
「名字さんの目がいつになく真剣だぞ!? 部長の攻撃くらい速いんじゃねぇか!?」
「くそ……俺らも負けてられねえ!」
若菜や右藤が対抗心を燃やし始める。火起こしや野菜早切りで勝負を始める部員たちには目もくれず、名前は隣で鍋に火をかける王城に意識を向ける。

「そろそろいい頃合いかな。名前、野菜お願い」
「うん」
グツグツと煮立つ鍋に野菜を入れていく。ちゃんと火が通りにくいものから順番に。魚と野菜で出汁をとったリゾットはBBQの域を超えている。その手際の良さと美味しそうな料理に周りの者は感嘆の声をあげた。

「なんだか新婚さんみたいですね〜」

人見の全く悪意のない発言が名前の心にどすっと突き刺さる。危うく吐血してトマトリゾットと化すところだ。
「え!? ほんと!? 僕も思ってたんだよね!」
嬉々として鍋を掻き回す王城に対して名前は顔を赤くさせて口をわなわなと震わせることしかできない。発言したのが井浦や水澄なら言い返すこともできたかもしれないが、相手は全く悪意のない人見だ。キツく言い返すこともできずただただ恥ずかしい。

「そう言えば部長と名字さんの料理って似てるよな」
恐らくこちらも特に深い考えがあっての発言ではない。だがこの宵越の一言は、今の名前にとっては助け舟でしかなかった。早く話題を逸らすため名前は喜々として宵越の疑問に答える。
「ああ、それはね、時期は違うけど同じ人から料理を教わってたからだと思うよ」
「家族ぐるみの付き合いってやつすか?」
「そういうわけではないんだけど……。私の親戚が元日本代表なのは話したよね? その日本代表に料理の上手い人がいて、小学生の時に教えてもらってたの」
「で、僕も中学に上がってからその人に料理を教えてもらってたってわけ。まだ名前には出会って間もなかった頃かな」
「お二人は何かと接点が多かった訳ですね」

その頃を懐かしむように王城は目を細めた。お玉でリゾットをすくい、小皿に移して口に運ぶ。

「うん、いいんじゃないかな」
王城の合図を聞くやいなや、食べ盛りの男たちが待ってましたと言わんばかりにお皿を持って列をなす。なんとも食欲をそそるいい匂いを放つリゾットを次々にお皿に装っていくうちに、名前のお腹もどんどん空いてくる。
全員分装い終え、小さい机を囲みながらみんなで一斉にリゾットを口に運んだ。BBQとは思えないクオリティの高さに目を剥く部員たちに同感を示すように頷く。たぶん私より料理が上手だよねえと思いながら、名前は王城と一緒に作ったリゾットをもうひとくち口に運んだ。

「そもそも部長と名字さんって、世界組の時に知り合ったんけ?」
最初はみんな料理に夢中だったが、名前が二口三口食べた頃には自然と名前たちのことに話が戻っていた。

何がそんなに気になるのか、他の者もリゾットを頬張りながら身を乗り出す。
「そうだよ。世界組はいろんな学校から集められたから、ほとんど知らない人ばっかりだったなあ」
「あ、でもね、僕は名前のこと知ってたよ」
初めて聞かされた事実に、食べる手を止めて目を丸くする。
「久納さんから聞いてたんだ。同い年の女の子にも料理を教えてるんだーって」
王城が名前にニコリと微笑む。世界組が集められた時、そんなそぶり全く見せなかったのに。名前はリゾットに目を移した。中身は半分も減っていない。
「わ、たしも……正人のこと知ってたよ……」
「え、久納さんから?」
両手で包み込んだお椀に視線を投げたまま、名前はゆっくりと首を横に振る。
「小さい時だけど、正人何回か日本代表の練習に来てたでしょう? あの時はまだ見学って感じだったけど」
王城は大きな目を名前に向けたままこくりと頷く。
「私ずっと見てた……。何回倒されても起き上がって、練習に顔を出すたびに強くなってて、心の底から楽しそうで……」

え、何これ告白? と囁き合う水澄たちの声は名前には届いていない。王城は食い入るように名前のことを見つめる。

「名前……」

恥ずかしくなってきた名前はプイと視線を遠くに投げた。英峰の方では若菜を中心に八代や君嶋たちがBBQを楽しんでいる。

「もしかして、部長より名前さんの方がずっと前から好きだったとか……?」
「2人は出会うべくして出会ったんですね……」
「ずっと見てるだけだったっていうのも名字さんらしいな」
コソコソと囁き合う部員たちに向かって一人の男が口角を釣り上げる。

「ちなみに、名前がどれくらい部長のことを見ていたかが分かる世界組時代の映像がある」
「はぁ!?」
ニヤリと笑った井浦の一言で名前は意識を引き戻した。
どこに仕舞ってあったのか、スチャッとパソコンを取り出した井浦に咄嗟に掴みかかる。
そんなもの見せてたまるか!!
というか、私そんなに見てたか!?

見せて見せてとうるさい外野を黙らせ、なんとか井浦の暴挙を止めた名前の顔は、今日見た夕日よりも赤く染まっていた。






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