カバディ部親睦恋バナ作戦



名前と王城が距離を取っていた頃、伊達と水澄も大きな壁を乗り越えていた。そして1年生たちも。後に振り返れば、ここは能京カバディ部の転換期の一つだったと思う。

対王城練習から10日目、名前を取り巻く事件が収束した頃。再び、能京カバディ部の歯車が噛み合い始める。
それぞれの動きが見違えるほど良くなっている。その証拠に今日王城が初めて倒されかけ、名前は目を剥いた。

なんでも王城の勧めで1年生同士で遊びに行ったとか。
密かに1年生同士(主に宵越)が馴染めているのか心配していた名前は顔を輝かせる。

「いーなー。じゃあ次はカバディ部全員で遊びに行くしかないね!」
「……は?」
「だってカバディはみんなでやるわけだし学年関係なくお互いのことを知らなきゃでしょ?」
「お、名前サンいいこと言いますね〜! 俺は賛成!」
「俺も意義なし」
「自分も賛成です」
「僕もみなさんのこと知りたいです……!」
「おらも賛成! 伴もいいって!」
「だからなんで伴の言ってることわかるんだよ!」
「あ、じゃあさこの後予定がなかったら今から皆で行こうよ!」
「わー! いいね! 思い立ったが吉日って言うもんね!」
「はあ!?」
「ククッいいんじゃないか? ……反対の奴もいないみたいだ。あとは宵越、お前だけだぞ」
全員のキラキラとした視線が宵越に注がれる。
宵越は顔を思いきり顰めたが、観念したのか小さく鼻を鳴らした。



「って言っても時間も遅いしご飯行くくらいしかできないけどね」
「いいんじゃない? みんなでお喋り!」
能京カバディ部一行は親睦を深める場をファミレスに定めた。高校生が集まる場所の定番だ。
名前はみんながどう座るのかと見守っていたが、案の定1年生と2、3年生にわれてしまった。端から奥に向かって人見、関、伴、宵越、畦道が並び、その向かいに王城、井浦、水澄、伊達が座っている。
やはり課題は1年生と上級生の間にある溝かと思いながら名前は空いている王城の隣に座る。

「人見ちゃん何食べる?」
「う〜ん……」
向かいに座る人見にメニューを見せながら、名前は目の前の人見に視線を送る。
唸りながらメニューとにらめっこをしている姿すらかわいい。

「名前は何食べるの?」
「うーん……」
メニューではなく人見のかわいさに視線を奪われていた名前はまだメニューを決めかねていた人見に断りを入れて慌ててパラパラとメニューをめくり、定食のページで手を止めた。
「これ」
一目見て、あるメニューを指差す。
「和食定食ですか? ヘルシーで美味しそうですね!」
「バランスがいいし、温野菜なのがポイント高いよね」
「さすが名前サンっすね!」
「名字さんはスポーツトレーナーかなにかで?」
「お、よく気づいたなセキ! 名字さんは一級スポーツトレーナーだべ!」
「へえ! いつも横で見ていてすごく仕事のできる人だなとは思ってたんですけど、やっぱりすごい人だったんですね! かっこいい……」
「本当にスポーツトレーナーなわけではないし、独学なんだけどね。でもみんながそうやって言ってくれるとやっぱり嬉しいな……」

照れたようにハニカム名前を見て、王城の頭にガーベラの花が浮かぶ。いつの日か名前が勝利祝いに買ってきてくれた色鮮やかな花。その花は見ているだけで前向きになれるような明るい花で、名前そのものを表していた。
名前が嬉しそうにしていると王城も幸せになるのは当然だが、何より名前が部員たちに認められてカバディ部にとってなくてはならない存在となっていることがこの上なく嬉しい。名前の声、仕草、存在が、周りの空気を明るくする。
名前の素晴らしさを声を大にして言いたい気持ちを抑えきれず、テーブルの下でたまに触れ合う名前の膝に手を乗せる。この気持ちが伝わるように、ゆっくりと、柔らかく擦る……。

パシリと無慈悲な音を立てて払い除けられたけど。


「注文もしたことだし、高校生が放課後ファミレスに集まってすることと言えばあれしかないよね!ね、京平くん」
「え、俺っすか!? いや俺なんもネタないっすよ〜」
名前が話を切り出した瞬間、新入部員3人組が背筋を伸ばした。宵越もすました顔をしているが心は前に乗り出している。
高校生がファミレスですることの定番と言えば、恋バナだろう。
「え〜真司くんは?」
「ないです」
「なんだあ、寂しいなあ」
「じゃ、1年生に聞くしかないよなあ」
水澄がニッと口の端を釣り上げて向かいに並ぶ1年生を見回す。視線を受けた1年生たちは一斉に身構えた。

「人見ちゃん付き合ってる人いるの?」
「え、僕ですか!? ……いないですよ」
突然名前に名指しで声をかけられて目を丸くする人見だが、すぐに頬を赤くして視線を外す。そんな仕草全てが名前にはかわいく映ってしまう。下手したらそこらの女の子よりかわいい。
「好きな人は?」
爛々と目を輝かせた名前は近所のおばさんになりきって人見を尋問する。
「……えーと……」
歯切れの悪い答えに全員が食いついた。聞いた本人でさえ思わぬ反応に目を丸くする。

「え、いるの!?」

それは隣のグループが一瞬こちらに目をやるほどの声量だった。
あまりの驚きに自分の喉から声が出てしまったのかと思ったが、どうやらそれは半身を乗り出している水澄のものだったようだ。

人見はあまりに無遠慮な視線を受けすぎたのか言いにくそうに膝をすり合わせる。
それでも、気になるものは気になるんだ。好奇心丸出しでごめんよ。

「えっと、好き、かはわからないですけど、気になるというか……憧れの人ならいます」
人見の絞り出した答えを聞いてふっと肩の力が抜ける。男子高校生には珍しいほど純粋でかわいらしい想いだ。
「憧れかあ〜人見ちゃんらしいね。どういう人なの?」
「え!? えっと……芯があってかっこよくて、かわいい人です……」
人見はちらりと目の前の名前を見る。その瞬間にこの場にいるほぼ全員が察した。
人見の乙女のような反応を見て、ほぼ全員の中に入れていない名前はにんまりと笑顔になる。恋人になりたいとかではないのかもしれないけど、人としてその人のことが好きなんだと伝わってくる。
名前の笑顔を見て全員が思った。まさか自分のことだなんて思ってないんだろうなと。


その後、各々の恋愛事情を暴露する流れになったが畦道以外に喜ばしい話を聞くことはできなかった。
カバディ馬鹿ばっかりか。嬉しいけど。
王城の止まらない惚気話を、彼が頼んだセットのパンをその口に詰めることによって強制的に止め、最後の人物に移る。
ただ一人、全員の注目を浴びる者。その人物をトリに回したのは暗黙の了解であり偶然であった。

「えーと、流れ的に私だよね……」
自分から恋バナを始めたはいいものの、いざ自分の番になると言い淀んでしまう。
「って言っても私も何もないよ〜」
はははと笑いながら頬を掻く名前だが、そんなことで「はいそうですか」と見逃してくれる者たちではない。

誰が聞くか。

宵越から王城に向けられた険しい視線。水澄から井浦に向けられた好奇心丸出しの視線。誰を見ているのか掴みにくい真っ白な伊達の視線。伺うように名前に向けられる控えめな人見の視線。一瞬にして全員の視線が交わり合う。
そして純真無垢な畦道が、ついに核心をつく質問を投げた。
「名字さんも部長のことが好きなんけ?」
誰かがごくりとツバを飲み込み、誰かが膝の上で拳を握りしめた。


全員の視線が名前に注がれる。


「注文お持ちしました〜。和食定食です」
「待ってました! さ、冷めないうちにいただきましょう!」
「え〜! それはないっすよ名前サン!」


届いた定食を前に名前はさっと手を合わせる。
結局、彼女の口から確信的な答えを得られることはなかった。





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