ボクはたくさんの彼女の表情を知っている。と気付いたのはついさっきのことで、今まで意識したことはあまり無かった。それは意識しなくても近くに彼女が居るということで、それが当たり前だということで、だからか少し離れただけで感じてしまう喪失感は、酷くボクを追い詰めていた。『彼女の笑顔をよく知っている自分』に気付いて安堵する。意識し始めたのはこの頃からだった。
ボクは正義の味方になりたかったんだと思う。ルキアを襲う悪者を倒して、ルキアを救う役目で満足したかった。けれど、彼女は悪者が誰かだなんてまだ認識しているわけもなく、困っていない笑顔を浮かべてボクに接してくる。ルキアは決して泣いていない。

「キミってさあ…ノアとおんなじ顔するよねぇ」

えいっ、と伸ばされたルキアの指先がボクの眉間を捕らえる。ぐりぐりと押してくるので、びっくりして後退した。ルキアは楽しそうに笑いながら、ボクの隣に座る。彼女の腕に歴史に関する厚い本が抱えられていた。

「ノアさまと?」

正直法衣が邪魔で表情は見えないんだけどな、と心の中で呟きながら聞き返す。でもルキアは法衣の下の彼の姿をよく知っているから、そう言い出すのも何となく理解できる。

「難しそうな顔してる。悩み事でもあるなら話相手になるけど」

「ノアさまもそんな顔してるの?」

「あの人は四六時中難しいこと考えているから。顔には出ないけどさ、笑ったとこみたことないし」

「…ボク、笑えてない?」

「あまり上手くないかも」

ルキアは苦笑する。その言葉を聞いて失敗したと溜息を吐いた。彼女の前では笑顔で居たかったのに。でも気付かれてしまったのなら仕方ない。ボクは笑顔を作る努力をあっさりと放棄した。ルキアの頬には涙の跡は見られない。良く笑うからいいことがあったのかもしれない。おもしろくなかった。ルキアは勉強が出来ないとか、ノアさまに怒られたとか、幼い頃はボクを逃げ場にして泣き付いてきた。ボクはそんなルキアを、大丈夫だよと励ますのが日常だった。そして、気付いたらそんな日常は消え失せ、ルキアは良く笑うようになっていた。子供から女性へ成長する時期の真っ只中、泣く回数より笑顔の回数が増えるのは当然のこと。でもその理由が全てノアさま中心に回っているのは何だか納得できない出来事だ。
ボクが悩んでいる理由をルキアが知っていて、その上でそんなことを尋ねて来ているのならボクは彼女を軽蔑して鼻で笑うだろう。しかし彼女が気付くことはないのだ。気付かないまま、天使のような笑みでボクの心を荒らしまくる。
ルキア、ボクはキミのことを軽蔑したいよ。

「白鴉は自分で抱え込む癖があるんだから」

彼女の観察力はすばらしい。ボクの性格を分かり切っているし、感情を全て感じ取ってしまう。それなのに何故、奥に眠っている一番大きな塊に気付かないんだろう。そこだけ彼女は鈍感だ。
ルキアはたまに空を仰ぐ。その先に何があるかなんて知りたくもないから、ボクは彼女の横顔を盗み見る。
キミが誰を想っていてもボクはキミを守り続けるよ、なんてそんな綺麗ごとは絶対言えない。あげたぶんだけ返ってくれば良いのにと思う。ボクが悩む原因は、ルキアそのものだ。嫉妬の対象なんて実ははっきりしていない。ノアでもルキウスでもイリアでもクロニカでも他の誰かでも関係無いんだ。ルキアが一番厄介なんだ。泣いていない横顔を見て、こっちを向いてくれなんてもう願わない。泣いていないルキアなんて好きじゃないよ。ボクに泣き付いてこないルキアなんて愛せないよ。そんなことを不貞腐れて呟いておきながら、この先永遠とボクは彼女に焦がれるのだろう。わかっているんだ。

「ルキア、そろそろ寝る時間だよ」

空を見つめて満足そうなルキアを世界から引っ張りだす。それしか反抗する術はない気がした。もしボクが泣きたくなっている理由を彼女が知っていて、それでボクに話し掛けてきているのなら、それで傍に居るのなら、ボクは今すぐにでも彼女を突き放すことが出来たかもしれない。現実はそうではないから、ボクは一人うなだれるしかなかった。

そのくらいキミのことが好きで仕方ないんだよ。そんな台詞は、何年経っても言える気がしない。


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