(コルイド)

陸の上と海の上ではやることは同じでも、感覚が少し違う気がする。ぐらぐらと足元が揺れて覚束なく感じる。陸にしっかりと足を付けて立って生きるのがこの世界の生き物の常識であるのに、自分たちは頼り甲斐の無い板切れを積み重ねたものの上で生活することを生き甲斐としている。ベッドのスプリングが鳴るとは別に、波に揺らされる感覚でそのことを朧げに気付かされた。

「…っあ、ふ」

ガタンと音を立てて体が揺れ、思わずイドは目の前の肩にすがり付いた。コルテスの顔に意地の悪そうな笑みが浮かぶ。彼自身の意思で揺れたわけではなく、船が波に乗り上げたのだろう。その後も小刻みに船は揺れ動き、じくじくとした痺れるような感覚がイドを苛める。何とかして体勢を整えようと体を起こして膝を立てようとすると、コルテスはやんわりと彼の体を押して制した。

「っ…コルテス」

「座るな。やりにくい」

「君の都合なんて知ら、ぁ、っあ、あ」

そのまま片足を肩に乗せて押し入ってくる男に、イドは我慢出来ず目をつむった。コルテスはまだ余裕があるのか積極的には動こうとはしない。ただ彼らの下にある波が何度も船を揺らし続け、イドの中の角度が微妙に変わる。その地味な刺激に泣きたくなった。ぞくりと腰が震え、波が揺れていない時でも動かされている感覚に陥る。

陸と海では全然違う。こういうのを海に抱かれているというのだろうか。足元の覚束無さはイドにとっては毒のある快感だった。陸では女にしか手を出したことが無いが、地面があるというのは安定感がある。その行為にのみ集中出来たし、足元から崩れる恐怖に怯える必要はない。海は違う。海は人間の生きる場所ではなく、波は容易く人の命を奪う。そのことを行為の間により鮮明に思い知らされる。波の揺れをより敏感に感じてしまい、目の前にのみ集中することは難しい。でもイドはその不安定さを愛していた。

「イド、平気か?酔ったか?」

息を荒くするだけで喋らなくなったイドの頬をコルテスは軽く叩く。イドはそれに瞑っていた瞼を薄く開いた。未だに片足を肩に持っていかれていて、それが少し不満だったので振り払おうとしたら、余計に強く掴まれた。足の指先が丸くなる。
平気か?と声を掛けるくせに譲る気はさらさら無いらしい。イドはコルテスのそういう意地の悪さや頭の固さがわりと好きなので、諦めて好きにさせることにした。

「酔って、ない。でも少し波が強い」

「波でイけそうなのか?新しいな…」

「なわけないだろうがこの低、んぁ、っ」

「言わせねーよ?」

ぐいっともう片方の足を持って開かれたと思ったら、遠慮なく動き始める。ゆっくり引き抜かれる感覚に腰が震えて思わず中を締め上げると、コルテスの口元がつり上がった。それにイドは羞恥で真っ赤になる。今日は何時にも増して意地が悪い。そのままずんと入ってきた待ち望んだ快感に短く悲鳴を上げた。

「っうぁ、コル、ぁっ…は」

「…ん、イド」

コルテスは眉をしかめてイドから伝わってくる快楽に耐えると、彼のシャツの下に腕を潜らせる。臍の辺りを撫で、徐々に上へと触れていくとイドの体がびくびくと震えた。

「ははっ、勃ってんな」

「いっ!?コルテス、おまどこ触っ」

「乳首。お前胸好きだもんな」

「そういう意味じゃ、ひぁ、…ちょ、引っ張るなっあ…あっ、ああ」

確かに胸は好きだが女のであって自分の胸が感じるとは一言も言っていない。しかし聞く耳を持つ気がないコルテスは胸元に顔を寄せて舌で尖を愛撫し始める。くるりと撫でらる感覚にイドは力付くで彼の頭を剥がそうとしたが、髪を引っ張る度に下を揺り動かされてとうとう動けなくなった。嫌がらせにも程がある。

「ああ、あっコルテス…んあ、コルっ…フェルナンド!」

「…あ?なんだよ」

半ば叫びながら髪を握り絞めると、漸くコルテスは顔を上げた。いつもはあまり大声を出さないイドが声を張り上げたので驚いたのだろう。余程情けない表情をしていたのかもしれない。慰めるように頬に手を触れてきたので、それを全力でつねった。

「ってえな。そんなに嫌だったか?」

「この低脳」

「…低脳じゃないだろ、名前で呼べ」

「フェルナンド」

「…ああ」

「吐き気がするくらい嫌だ」

コルテスは苦笑して手を頬から離した。イドは涙こそは浮かべていなかったが、鼻の辺りが羞恥で赤くなっている。眉間にはこれでもかという程皺が刻まれていて、コルテスはそこにキスを落とした。
酷く不本意だが、イドは彼のそういった対応の柔らかさが嫌いではなかった。女好きであるため慣れているのだろう。女扱いするなと思う時もあるが、基本的に彼はそういう性格なのだと最近は半ば諦めている。そしてそれが当たり前だと認識しているのだろうか、不快に思わない。

コルテスにとって船上でのこの行為は欲の発散以外の何物でもないだろう、とイドは思っている。陸では次から次へと女遊びに時間を費やすような男だ。もとからそういう欲が強いのかもしれない。イドは昔からの友人であるため、おそらく行為をするのに一番都合が良かったのだろう。
だがイドは違った。確かに彼も女好きではあったが、船上で男と寝る趣味は全く無い。イドが興味あるのは行為ではなくコルテス自身だ。船上で指揮を振り、的確な指示で仲間を導くこの男と、ベッドの上で語るのも悪くないと思った。たとえそれが自分が受け入れる側だとしてもだ。イドにとってコルテスは海のように雄大な男だ。隅から隅まで海に浸って体で海を知り尽くしている。その男に波の上で抱かれるのは強烈な快感だった。時々イドの体は、コルテスとの感覚を欲して止まなくなる。まるで長い間海の中に居ると陸に足を付いても波に揺れている不安定さを感じるような、あの感覚が稀に甦る。イドはそれを愛した。波に呑み込まれるような快感を棄てることは出来ない。コルテスの海の波長に合わせた動きが好きだった。もしかしたら彼と陸の上で行為に及んでもそれほど興奮しないのかもしれない。
彼は良く知っている。海のことも、海が好きなイドのことも。

「っあ、ぁ……ひ、ぁあっあー、も、コルテス…」

ゴリゴリと奥をいやというほど抉られて腰が跳ねる。先程頬から離れた行き場の無い手はイドの両手を掴んで握り、シーツに押し付けられたから上手く快楽から逃げることが出来ない。執拗に感じる場所を擦られて我慢出来ず自らも腰を動かした。より感じる所を誘導するように僅かに体を持ち上げる。

「…ここか?」

「……ああ……っん…」

「イド、顔真っ赤だな」

「っう…あ、あ、んあ…っ!ま、っああぁ」

下肢を遠慮なくズプズプと犯され声がはねあがる。耳元で囁かれる低い声に腰がずんと重くなった。コルテス自身が抜いて挿ってくる感覚が、振動が、コルテスの吐息が、全てイドを身悶えさせる。彼を煽るように下からも波が乗り上げてくる。限界だった。気持ちよすぎた。快楽から身を守るように体を縮めたらコルテスがぐっと眉をしかめた。

「ひっ…あっあん、コルっ出…出る、」

「ん…」

「はああ、…〜っ!」

達した瞬間、コルテスのものが膨れ上がって中を犯していくのをリアルに感じた。出されてる。と思った。船の上では上手く洗えないというのに。未だに震える腰を叱咤しながら、そんな感覚に酔っていた。ぼんやりとする頭の中で、コルテスが頬に触れてくるのが解る。いつのまにか足は解放されていた。ずるりとコルテスの熱が中から抜けて、反射的に喉がつまる。

「あー…、疲れた」

「そんなおっさんみたいな声出して…まだ顔赤いけどな」

「うっさい…」

指摘されてより真っ赤になった顔を隠す。白濁が飛んだ足と腹を丁重に拭われながら、イドはようやく肩の力を抜いた。心地好い解放感に、同時に眠気も襲ってくる。

「コルテス…」

「ん?」

「…此処で寝る」

「え」

コルテスの驚いた声も気にせずイドはそのまま一言も喋らなくなった。腕の間から寝顔が覗き、規則正しい寝息が聞こえてくる。イドは寝起きが良い代わりに寝付きも良い男だ。眠れる場所ならどこでも、たとえ嵐の中でも爆睡するだろう。

「おいイド」

「………」

「仕方ないな…」

反応はない。コルテスも他に眠る場所がないのでその隣に横になった。イドの中に出してしまった精液を掻き出せなかったが、黙ってやると怒るのでやめておく。白いシーツに無防備に投げ出された四肢と乱れた髪を眺め、コルテスも瞳を閉じた。波に抱かれながら友人と眠る感覚が、酷く心地好いと思った。

―――
(おやすみなさい)
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