宇宙ができて、地球が生まれ、生物が育ち、人間が歴史を作った。
その途方もない時間に比べたら、僕が死んで生まれるまでを待つ時間なんて刹那に過ぎるものなのだろう。数える迄もない、切り捨てられる僅かな時間。
しかしそれは神様の視点から見たものであって、その刹那に存在する僕は途方もなく感じる時間を弄んでいる。
僕はそれでもひたすら待っていた。いつか、僕の焔が母になる女性のお腹に宿るまで。存在しているかしていないかも曖昧なままで、黄昏の世界を生きている。


籠の鳥のようだ、と誰かが言った。それは姫君たちかもしれないし、賢者かもしれないし、陛下かもしれない。僕にとって重要なのは誰が言ったのかではなく、その言葉の意味だった。
鳥は空を飛ぶ生き物。そんな常識を僕は本や人に教えてもらっている。その鳥を籠に入れてしまったら本来の意味を成さないじゃないか、と後に考えて僕は言い返したくなった。
生きる意義を取られて狭い籠に押し込められて鳥は生きていけるのだろうか。空を知らない鳥は果たして本当に鳥といえるのだろうか。そこまで考えて、漸く言葉に含まれた意味に気づいた僕は泣きたくなった。それは、まさしく僕のことなのだと。僕は気付いたらこんな所に閉じ込められて、世界を知らずに生まれることを望む。

ねぇ、此処から出してよ。呼吸する術を奪われてしまった人間は、どうしたら自分のことを人間だと胸を張って言えるのか教えてよ。



世界という言葉が嫌い。時間という言葉が嫌い。嫌いな言葉はもっといっぱいあって数えきれない。僕はずるい者だ。好きという言葉をあちこちに植え付け、結局知らんぷりして過ごしている。僕は醜い者で、きっと言葉の意味に嫉妬していた。此処にいる僕は確かめることを知らず、ただ上辺の知識を中途半端に撫でるだけ。

「ムシューはこれから沢山の物に出会い、知りますわ」
姫君の片割れが寂しそうに笑う。世界を知っていて時間を感じない彼女たちは、僕の苦しみを知らない。
知っているよ、そんなもの。でもこれからっていつなの?世界は回り、時間は進むけれど、僕はいつまで経っても変わらない。動くものたちは気付いたらずっと先を歩いている。怖がりな僕は知らんぷりする。気付かないことのほうが幸せだって、物語を見てきた僕は嫌というほど知っているんだ。そんな嘘つきごっこ。イタチごっこ。

僕の中の僕は何度も叫び泣いて僕に懇願する。もう止めようよ、と。でも痂を引き剥がすように続く痛みはおわることはない。そう、多分僕が生まれるまで。
生まれることを昔から望んでいて、気付いたらそれが存在意義になっている。でもどうして僕は生まれたいのかは分からなくなってきた。答えがあるのだとしたら、この退屈な地獄に終止符を打ちたいだけだろう。置いていかれるのが怖いのだ。純粋に世界に旅立ちたいという強い気持ちは何処にもなかった。



例えば僕が鳥になったとして、籠に入れられた僕は空を飛ぶことを知らないのだろう。それでも僕の上を飛んでいく他の鳥たちを妬んで生きていくことはしない。目を向けるのを恐がって、空を飛ぶ日がくることを思い描くだけ。逃げることがいつしか得意になっていく。もし籠から出され、世界を与えられたとしても、僕の身体に飛べる翼が生えているわけないのに。僕は独りぼっちになることが何よりも怖いのに、独りぼっちになることを無意識に選んでいた。



「生まれてきてくれてありがとう」
その一言が聞ければ、僕はきっと笑うことも泣くことも出来る。寂しい思いも恐怖も塵となって消えていく。
それまでは知識のない赤ん坊でいれば良かったと、僕は無限の時間の中後悔し続けるだろう。

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