暗闇の中で、落ちてくる木の葉一つ一つを切り裂いていく。無音の空間で、葉の悲鳴が鋭く小さく木霊した。
周りを木々に囲まれた狭い空間でわざわざ剣を振るうのは、彼の戦う場所が戦場ではなく室内であることが多いからだ。名誉を背負うこともできず、ただ明日生きるために泥を被って人を殺す。盗賊はそんな生きものであり、そこに疑問を持つことなど無い。人を殺すことが罪というのなら軍人だって立派な犯罪者だ。そこに違いがあるなら、剣を向ける先が彼らは国家の敵に対してであり、盗賊は国家そのものであることだろう。それは大きな違いでも盗賊本人にはどうでも良かった。
ローランサンは剣を振るうことに絶対的な信頼を感じている。明日を切り開くための希望は全て剣に託されていると信じて止まない。だからこそ彼の振る剣は重く、強いのだろう。
風が奔り、草木が気配に刈られていく。額を伝う汗が闇を舞い、荒い呼吸が空気を乱す。冷たい世界はむしろ心地よい。ローランサンは目の前を舞う木の葉を斬り続けた。この時ばかりは無心になれた。

「…ローランサン」

ぽつりと零れる名前に初めて空気が震える。ローランサンはぴたりと綺麗に動きを止めて後ろを振り返った。まだ斬り足りないと疼く腕から力を抜いて、大きく息を吸って呼吸を整える。
夢の世界から戻ってきたような感覚だった。自分を世界から引きずり下ろした声に不満や苛立ちを持たなかったのは、それが聞き慣れた相方のものだったからだ。

「イヴェール、起きてたのか」

「まあな。ったく、汗まみれじゃないか。明日洗濯する俺の身にもなってくれよ。水はむやみに使えないんだから」

「はは、風呂に毎日入るやつには言われたくなかったな」

イヴェールの手から水の入ったボトルを投げられ、片手で受けとめる。何だかんだ言いながら尽くしてくれるのが彼の優しさだ。身に染みて感じて、苦笑しながら水を一気に飲み干す。冷たい液体が乾いた喉には気持ち良かった。
体温が一度に上がった気がしてローランサンは煩わしくなった服を脱いだ。上半身を外気に曝して冷たい風に思う存分当たる。相当汗を掻いていたのか、脱いだ白い服はびっしょりと濡れていた。
イヴェールはその光景を静かに眺めていた。暫くすると地面に座り込み、何か言いたそうにローランサンをじっと見上げる。

「なんだよ」

尋ねると、イヴェールは目を丸くした。聞かれるとは思っていなかったらしい。
ローランサンはその僅かな表情の変化に首を傾げた。暗闇で良く分からないが顔が若干赤い気がする。

「…あ、のさ。見てていい…?」

その状態のままぼそぼそと呟かれた言葉にローランサンは耐え切れず爆笑した。遠慮して尋ねてくることなんて横暴な彼にはまず有り得ないことなのに。女王様みたいな男で、自分が考えたことは意地でも通す性格なのだ。そんな彼がわざわざ人に都合を尋ねるなんて、頭でも思い切り打ったのではないだろうか。

「、わらうなよ!」

「わりぃ。だってイヴェールが少女みたいだったから」

「誰が!」

「どうしたよ、わざわざ聞くなんて」

「……だって、ローランサンがあまりにも真剣だったから」

邪魔しちゃ悪いだろうと思ったんだ。
そう続けた時、照れたイヴェールはこちらから目を逸らしていた。そういうところが少女のようなのだが、言っても怒られるだけなので口にはしない。ただ口元を意地悪く吊り上げてみせた。

「見惚れてるんなら初めからそう言えよ」

「…馬鹿」

冗談混じりに言った言葉なのに否定はしてこない。それにローランサンは少し驚いた。蹴りくらい飛んでくると思ったのだが。

彼が剣を振るうのを止めた後でも、はらはらと絶えず木の葉は落ち続ける。それに気付いてローランサンが再び剣を構えようとしたとき、ふいにイヴェールが動いた。立ち上がって木の葉を踏みながらローランサンの元へ歩く。
きょとんとしている彼の手のひらをイヴェールは遠慮なく掴んだ。ちらりと闇に浮かんで見えた手のひらが痛々しいくらいに腫れていたからだ。ローランサンも初めてそれに気付いたのか、手のひらから伝わる痛みに顔をしかめる。

「…うわあ、無理しすぎたな…」

「ローランサンの手のひらなんてすでに鋼みたいになってると思ってたんだが」

「ああ、それは持ち方を変えたからだ。右手が使い物にならなくなったら左が使えるように今から練習してるんだ」

でもまだまだかあ、とローランサンは悔しそうに呟く。手元の剣の方を見ると、持ち手も若干赤くなっていた。そこまで酷くなっているのに気付けなかった。痛みに対して鈍感になっているのかもしれないとローランサンは自嘲した。その方が有り難いけれど痛覚を感じないというのもなんだか寂しいものだ。思い出した感覚に、ローランサンは瞳を閉じる。
イヴェールはその様子を眺め、何を思ったのかいきなり彼の肩を思い切り叩いた。殴ったという表現の方が正しいのかもしれない。とにかく遠慮が無かった。
いてぇ!とローランサンが悲鳴を上げると、イヴェールは満足そうに笑った。

「らしくない顔をするなよ」

そう言って彼の剣を取り上げると、そのまま喉元へと突き出す。

「やっぱり眺めるのは止めるよ。俺も特訓に加えて貰っていいか、ローランサン」

首を傾けて笑う。挑戦するように細められたそれは盗賊の瞳だった。そこには拒否権が無いように思えた。
先程のイヴェールの遠慮はどこへ行ったのか、とローランサンは苦笑する。けれど不快ではない。むしろこの方が自分たちの関係にしっくりくる。互いに遠慮するような空気は切り裂いて棄ててやる。

「怪我すんぞ」

「望むところだ」

イヴェールは腰にある鞘からレイピアを引き抜き、ゆっくりと構えた。ローランサンはその優雅な動作に目を奪われながらも、黒い剣を取り返して構え直す。左ではなく、利き手で。遠慮する気は欠片もない。
闇に新たに加わった重い金属音は、明け方二人が疲れて倒れるまで永遠と鳴り響いていた。

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