心の傷に唾付ければ治るんじゃないか、とか。そんなことが頭を過ったのは彼に先程の話をした時のこと。慣れないものはいつまで経っても慣れないままで居たかった。イヴェールに同情された時、心が満たされていった。俺はこの世界には決して混じりたくなかったし、同化するなんて考えられない。嫌がって嫌がって、そうして過ごしてきた。なのに、貴族の男に足を開いたとき俺はなんて考えた?ほんの少しでもそこに快楽を見出だしてしまったなら、それはもう同化しているのも同じ。苦痛なんて実際どうでも良くて、この世界に馴染んでしまう自分が恐ろしくて情けなくて、イヴェールが来たときも冷静さを保てなかった。俺とイヴェールは同じ傷を持った者同士のはずなのに、俺はきっとそうではなくなってしまう。順々に汚されていることを自覚したくなかった。俺がイヴェールを誘ったことに理由があるのなら、巻き込みたかったんだと思う。こちらの世界へ落ちてこいと泥沼から手を伸ばした。

なのに

「……ローランサン」

頬に手を添えられる。赤と青の瞳が俺を見下ろし、手のひらからイヴェールの匂いがした。どうしてこんな時もお前は綺麗なんだよと文句を言いたかった。彼は決して落ちてはこない。俺と同じ場所には立たずにぎりぎりのラインで踏み止まっている。

「…は、ああっ…んぅ」

演技ではなく、自然に口から恥ずかしい声が上がって耳を塞ぎたくなった。ビジネスの上での行為なんて痛いだけの時が多いのに。彼も一応金を払って俺を抱いている客だ。俺の方が感じてどうするんだと声を抑えようとするが、イヴェールの手であっさりと崩されていく。

「、ん…っやぁ、ああ」

「っふ、それ、仕事の顔?」

「やだぁ、見んなっ…ぁ、ぁ、ん」

身体の上のイヴェールが笑う。その声と言葉にぞくぞくして腕で顔を覆ったが、行為の最中に顔を隠すのは反則だとシーツに抑えつけられる。自分でも驚くくらい感じているのは分かっていた。それはもしかしたら欲求の上だからかもしれないが少なくとも貴族の男よりも弄ばれている自分がいて、馬鹿馬鹿しいけど何故か安心できた。イヴェールになら抱かれても良いと何処かできっと思っていた。話し相手としての繋がりも満足しているが、もっともっとと奥深くで彼を求めていたのだろう。だからか善がる声が抑えられない。気持ちイイ。
イヴェールが身体を動かす度に、ドレスがズレて胸元が露になった。足を開いて男を受け入れることに恐怖や絶望を抱いていたのは昔の話。いつの間にかこんなにも仕込まれている。

「っまるで、…花とミツバチ、だな」

自嘲を交えてぽつりと呟くと、イヴェールは首を傾げた。いつの間にか身体が熱くなっていて、熱を逃がすようにドレスを自分で下げる。気付いたときには律動は止まっていた。

「何が?」

「娼婦と客だよ…。俺がこうして動かず、ミツバチが蜜を吸いに来るのを待つ」

「……俺はミツバチか」

「お前は今まで蜜に見向きもしなかったがな」

匂いに誘われて来る奴ならいくらでもいたし、イヴェールもその一匹であるはずだった。なのに彼は花と戯れるだけで、そのまま去っていった。花の香りは何の役にも立たない。話し相手になるだけで良いと笑った彼に、次第に抱いてほしいと願うのは自然だった。こんなにも心が通って、同情だろうとやさしくしてくれて、惚れないやつが何処の世界に居るんだ。

「…じゃあその蜜、今度は俺のためだけにあれば良いよ」

イヴェールは笑って言葉を落とした。どういう意味だと尋ねようとしたとき、腕を引かれて身体が持ち上がる。もちろん繋がったまま。反対に彼はベッドに寝転がり、お馴染みの体制に心臓が跳ね上がった。繋がりがずくずくと深くなり、背筋を駆け上がった快楽に唇を噛んで耐える。

「ローランサン、動いて?」

それは客に何度も突き付けられた要求。なのにイヴェールに言われるといつも以上に羞恥でいっぱいになり、嫌だと首を振れば下から突き上げてきて素の声が上がった。荒い呼吸は喉をつっかえて痛くて、おまけに酷く苦しくて、それでも嫌悪を感じることが出来ずに身悶える。可愛いと呟かれる度に顔が熱くなった。客に言われたことがあっても、イヴェールに言われたことなんてないに等しい。彼の意志で善がる自分が悔しくて、半ば投げ遣りに腰を動かした。

「…、ぁ、っんあ、あ」

「ふ、」

「…っ、はぁ…ぅ、ああ、イヴェ、」

歪んでいく表情を眺めて満足する。でも同時に俺も快楽に耐え切れず、もう何もかもぐちゃぐちゃだった。なけなしのプライドで客の名前は呼んだことが無かったのに、イヴェール、イヴェールと唇から勝手に零れていく。呼ぶたびに下から突き上げる動きが早くなった。


この時はもう、完全に立場というものを忘れてしまっていた。


「……や、や…、ぁう、イヴェール…!」

「…っ」

「ひゃ、っんぁ…も、むりっ…がまんできな…っあああ!」

言い終わる前に絶頂に上りつめた。自身から白濁としたものが吐き出され、イヴェールの手や腹を汚してしまう。ついでにドレスまで汚してしまって、もう最悪だった。この分の金は、稼いだ額から引かれてしまうのだろう。
彼も中で達したのか、脱力して息を整えていた。疲れた振りをして身体を前に倒す。無理難題を突き付けられていた先程に比べればまだ体力的には余裕はあるかもしれない。だけど心の余裕は一切なかった。そんな矛盾が心臓を狂わせて、鼓動が軋むような音を立てる。でもやっぱりどこか満たされた感覚は、決して俺に嫌悪を感じさせてはくれなかった。

「……ローランサン」

こんな声に、表情に、心地良いと感じてしまうなんていよいよ病気だ。


朝は眠る。
昼に起きる。
夜は呼吸をする時間。
花は匂い、蜂を誘う。
蜜に溺れたら最後決して逃がさない。

それが俺という生き物だけど、今回ばかりは反対に捕われた気もしなくは無い。
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