イヴェサン/男娼パロ

仕事の情報収集で疲れた身体を引きずりながら歩いていた。酒場であった出来事を思い返しては腹が煮え繰り返る。確かに俺はそっちの道に通じてないわけではない。むしろ、サヴァンと別れた少年時代はそれで食を繋いでいたくらいだ。世間を騙していくにはこの顔と身体は都合が良いらしく、似たような誉め言葉は聞き飽きるくらいに聞いてきた。まるで女のように美しい、だの、それがどんなに侮辱になるのかも知らないで。伸ばした銀髪は始めは道具の一部だった。けれど身体を売る必要もなくなった今、髪を伸ばす必要はない。それでも邪魔な髪を切ろうとしないのは、あいつが綺麗だと言ってくれたことがどんなお世辞よりもいっそう嬉しかったからだ。そんな理由でのばしている髪を隠さない以上、女のようにみられてしまうのは仕方のないことだ。けれどいくらなんでも公衆の面前で、しかも机の上でコトに及ぼうと掛かるエロオヤジの神経を疑った。情報を売る代わりにという言葉に乗せられる俺も馬鹿だが、だからって何故あの場所で娼婦のような真似事をさせられなければならないのだ。のしかかってくる相手の顎を足で砕き、止めに股間に一発当てて逃げ帰ってきた。乱れた服で街中を出歩くのはさすがに避けたかったが、それでもあそこから離れなければという感情だけが俺を動かした。もう二度とあんな場所に近寄るかと心に誓った。
元々此処は娼婦がたくさん囲われている街として有名でそれを目的に集まった飢えた狼は山程うろついている。大方金が無くて追い出された職のない男たちが恰好の獲物だと俺に声を掛けてきたのだろう。いっそ不能にしてやれば良かったと、道端を大股で歩きながらやり場のない苛立ちを募らせていた。
その状態で店の女主人に挨拶し目的のドアを叩いて中に入ったのだから空いた口が塞がらなかった。俺が死ぬほど嫌がっていた女という生き物の格好をしたあいつが、当然のように俺を出迎えたのだから。

「………ローランサン、何それ。仕事?」

「似合ってないか?」

「…………いや」

普段の髪が短い彼なら違和感があっただろうが、ウィッグを付けて綺麗に伸ばされた髪が白いドレスに映えて、言い様もない神秘さがあった。女そっくりだというわけでもないのに、凄く美しくて驚いた。化粧も自分でやったのだろうか。今まで俺が自分の仕事関連で女装をしたことはあっても、ローランサンは嫌がって一度もしなかった。なのにその格好とはどんな気紛れだろう。

「…仕事っちゃあ…仕事だろうな。さっきまで貴族が来てたから」

「……貴族?」

「えらい物好きのおっさん。ほら、知ってるだろ…」

その口から貴族の名前が紡がれたとき、俺は耳を疑った。この辺りで有名な男だ。家柄の為でもあるが、一番の理由はその性癖。使用人が殆ど少年だというのだから信憑性もある。気に入った子供は決して手放さない変態野郎だと仲間から話を聞いたことがある。
ひらひらのリボンが宙に舞って、ローランサンはベッドに腰を下ろした。シーツを握って皺が寄る。彼はヒールを脱いでベッドの上で膝を抱えて座り込んだ。中身が見えないように配慮する様子が何だか滑稽で笑えた。俺が傍に寄るとローランサンは首を傾けて口元を吊り上げて笑う。イヴェールと呼ぶ声が、唇が、舌が、誘っているようだと考える俺はいよいよ病気だろうか。

ローランサンの仕事は春を売ること。つまり男娼だ。この店は彼と同じくらいかそれより少し年下の少年が集められていて、女の格好をして客を呼び寄せる。ローランサンは彼らとは異質で、決して今まで女装をしなかった。男の格好のまま客を呼んでいたのだ。それが今回客が有名な貴族だというから、店側が慌てて彼に女の格好を強いたのだろう。ローランサンより従順で幼く高い値がつく少年なら他にも居るのに、何故よりによって彼が選ばれたのだろう。馴染みの俺が言うのもなんだが、こいつは可愛げもないし色気もないしムードもつくれないし貴族の嗜みにも疎い馬鹿なのに。
といっても、俺は一度も彼に手を出したことがない。友人と二人きりで会話する時間と場所を得るために彼を買っているだけだ。今回もそれ目的で来ただけなのに、ローランサンから紡がれる言葉に胸が痛くなった。

「……大丈夫?」

ごろんとベッドに寝転がったローランサンに呟くと彼は一気にくしゃりと顔を歪めた。顔の横に手を落として、目を瞑る。

「………金持ちっていう生き物はな、俺が金を払ってやってるんだからって上から目線で接してくるわけ」

「………」

「つまり自分のことしか考えられないから、こっちは耐えるしかないっつーか…。痛いし気持ち悪いし無理難題突き付けてきて何回死ねと思ったかなあ。まぁ、もう終わったことだから良いけどな」

早口でまくし立て、語尾は震えて言葉になっていなかった。思い出させてしまったのだろう。まだ女の格好をしているということは、ついさっきまでその貴族は此処に居たということだ。解放されて直ぐ様着替えようとする前に、入れ違いのように俺が入ってきたのだろう。だって彼は女装を何よりも嫌うから。女の真似事をしてその世界に溶け込んでしまうのを何よりも恐れているから。
紅のついた唇が僅かに震えていた。俺はブーツを脱いでベッドに上がるといつも通りに上着を脱いで身軽な格好になった。外方を向いたまま黙り込んでしまったローランサンの横に並んで寝転がり、その髪を撫でてやる。俺はあの貴族とは違うと安心させてやりたかった。

「どうせ寝てないんだろ。何もしないから寝なよ」

「………、」

ぴくりとローランサンの肩が跳ねた。いつもは俺が声を掛けるまでもなく、ベッドに寝転がったら瞬時に眠るくせに。

「寝ないのか」

問い掛けても、ローランサンは応えない。でも確実に起きている。沈黙を守ったまま俺に背を向けているだけ。

「寝ないなら話しでもする?」

再び問い掛けると、ふるふると彼は首を左右に振った。ぱさぱさと長い髪がシーツに乱れる。意志はあるのに頑なに応えようとしない。じゃあどうしたいんだと文句を言おうとしたとき、初めてローランサンはこちらを向き直った。その姿に俺は絶句する。ローランサンは眉をだらしなく下げ、こちらをじっと見つめてきた。赤い唇が白い肌に映え、物欲しげに中の舌が動いているのを見つけてしまう。今まで見たこともない妖艶な姿に声が喉に詰まった。

「………ローラン、サン」

駄目だ。その一線は超えたくない。女顔と罵られ身体で生きてきた俺と娼婦として働いている彼を重ねて、ある意味同情して近づいただけの関係だから、俺は絶対に彼には手を出さないと誓っていた。あくまで話し相手として付き合っていこうと思っていたのに。
イヴェールと呼ぶ声がまるで媚薬だった。止めてくれと内心で声を荒げたが、無情にも抱いてと次に紡がれたとき、俺は最初から絡め取られていたことに気付かされた。

(浅はかな俺には、奥に秘めていた醜い塊を抑える術などないというのに)


「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -