(学パロ)

少女漫画を読んだことは無い。だが、「少女漫画みたいな状況」と誰かが口にしたらきっと何らかの場面が俺の脳裏を過るのだろう。ということは実は俺は何処かで少女漫画を読んでいたのか。いやそれはない。小学生の頃からスポーツ少年で、人気のある少年漫画も友達の勧めで数冊読んだ程度だ。大体人気なのは巻数が尋常じゃないので最後まで読み通した記憶がない。興味が無いものには直ぐに飽きるのが人間ってものだろう。

それにしても少女漫画、少女漫画ねえ。
ドラマもあまり見ない。でも遅刻した転校生が男子とぶつかってそいつがイケメンでなんやかんやで恋に落ちるという在り来たりさを俺は知っている。何処で知ったのかは不明だ。俺の頭の中は出所が分からない得体の知れない情報でいっぱいだ。ソースの確認は何処で行えばいい。
少女漫画を知らない俺が少女漫画の場面を思い浮かべてしまう原因は、目の前のそこそこ可愛い女子高生のせいだった。くるりと巻かれた茶髪が派手な印象で瞼ぱっちり化粧はそれなり、まあそこら辺の女子高生を掴まえれば良く見られる普通の可愛い女の子だ。この時代可愛くない女の子を探せって方が些か難しい。年頃になると皆容姿に気を配りはじめて、小学生の頃は目立たない眼鏡っ子も高校を卒業する頃には別人に生まれ変わっている。恐ろしい世の中だ。それとも、今も昔もあまり変わらないのだろうか。

「君、彼と仲が良いでしょ?あのね、これ、イヴェールさんに」

ほんわりとした雰囲気で直ぐに手渡されたものがラブレターだと分かった。今時ラブレターかよと反射的に思うが、直接告白する勇気も無ければメルアドも聞けなかったのかもしれない。俺は曖昧に頷いてそれを受けとる。直接渡せよとは言わなかった。野暮だからだ。

イヴェールは良くモテた。少女漫画のヒロインの相手役またはライバル役のように良くモテた。第一にあの容姿だ。風に靡く銀髪は絵になるし、成績は良い、運動神経も悪くない。性格は女子には紳士的で、社交的でもある。取っ付き憎くない。まさに完璧を絵に描いたような男。
俺は暇さえあればイヴェールの隣に居るから、イヴェールといえばローランサンだと他人には思われている。あいつはあまり他に友達を作ろうとしないから、そう思われるのも仕方のないことだ。だが、自動的に女子の手紙渡し機に成り下がっているのには納得出来なかった。



「イケメンは爆発すれば良い…」

「どうしたよサン。いつにも増して変顔が得意分野になってるぞ」

余計なお世話だ。自分が爆発対象だと気付いてないイケメンは、机に向かって熱心にシャーペンを動かしていた。俺は前方の名前も知らない生徒の席を占領、いや借用し、その様子を覗き見る。B5サイズの白紙には、豚か狸か犬か分からないような顔が描かれてあった。幼稚園の落書き?と思わずツッコミを入れたくなるレベルだ。彼の有名ピカソの絵を眺めたときの感想に似ている。いや実は彼はデッサンも物凄く上手いって皆知ってるんだろうか。

「…何それ」

「球技会のTシャツのデザイン何にしようかと思って。ローランサンに頼もうと思ったんだけど、その前に自分のイメージ固めておこうと思ってさ」

「…イメージって、アバンギャルド過ぎて俺には理解が出来ない」

「どういう意味だよ」

「前衛的だなあって」

「貶されてるって分かってるのに悪い気しないな」

自覚あんのかよ。
俺は溜め息をついてその絵を眺めていた。完璧と女子に称される少年が可愛らしい落書きを描くとは誰が思うだろう。嫌味で構成された男だが、こういう人間らしい面を俺は少し気に入っている。
俺以外には人の良いイヴェールのことだから、Tシャツのデザインも快く引き受けたのだろう。自分のキャパを越えていることは聡明な彼には分かっているだろうから、俺に押し付けること前提で。全く世の人間は俺を都合の良い道具としか思っていない。適材適所だって?そう思うのなら男子高校生の8割は見せかけで出来ていることに気づかなければならない。特に好きな人の前では尚更。全然違うのだ。これが、笑えるくらい。
イヴェールの傍に居るから勿論親友である俺は彼の恋のキューピッド役も慣れていて、彼への手紙を渡すのもこれで数十回目でそろそろ飽きている。と思うだろう。実は俺は全くこれっぽっちも慣れてないし、毎回毎回悪戦苦闘している。口は軽く簡単に約束してしまうけれど、俺は常に複雑な思いを抱いて手紙と向き合っているのだ。渡すべきか、止めるべきか。そしてそのまま破り燃やし埋めこの世から葬らせて頂くか。もう後半は俺の願望だ。
イヴェールへの嫉妬ではない。イヴェールに告白しようとする女子への嫉妬だ。これはもう笑えない。

俺命名アバンギャルドなデザインは、何の承諾もなく俺に渡される。この豚か狸か…えっと犬?か見分けが付かない動物を元に何か絵になるデザインを描けと言外に言われた。はいはいと俺は女王様の言い付けを有無を言わさずに守らされる。惚れた弱味ってやつだろうか。絶対違うと思う。

くるくると動くシャーペンを目を細めて眺めるイヴェールの瞳の色が大好きだ。俺の絵が好きだと彼は一度口にした。それが嬉しくて数年経った今もまだ鮮明に覚えている。本人は忘れているかもしれないけど、俺は覚えている。
彼が好きだと自覚すればするほど鞄に入った手紙が酷く重く感じる。数枚の紙切れ、封筒、糊付けの代用のシール、ゼロに近い物体の重さが今まで持った何よりも負担になる。人の心からの気持ちと、俺の葛藤がたくさんたくさん詰まっているからだ。これを渡すとき俺の荷物は軽くなるけれど、気持ちがずんと重くなる。でも渡さないと罪悪感で潰れそうになる。どちらも辛くて、そしてなにより苦しい。イヴェールや女子たちにこのことを伝えたら状況は改善されるのだろうか。先程のメルアドも聞けない女の子よりも臆病な俺は、どうしても自分のことを友人に伝えることは出来ない。

「少女漫画ってさあ、男でも女でも必ずライバルって出てくるじゃん」

「はあ?」

碌に漫画を読まない俺が少女漫画を語る。イヴェールは怪訝に眉をしかめた。イケメンは笑う顔が一番絵になると思うが、美人は不機嫌そうな顔も美人だからよりお得だ。訂正、イケメンも美人も末永く爆発すれば良い。

「でもヒロインとその相手は必ずくっつくだろ。その場合、ライバルはどうなるんだ?」

「物語の途中でライバルにも意中の相手が出てくるんだよ。多分」

「それで皆ハッピーエンドってわけか」

俺は何の役なんだろう。ヒロインか、ライバルか、イケメンに群がるモブ女役か。ヒロインだった場合は手にある手紙の差出人がライバルで、俺がライバルだった場合はいずれ素敵な恋人が現れるということなのか。俺はイヴェールしか知らないのに。余計なお世話だ。

イヴェールのアバンギャルドに修正を加えていき、少しは形が出来たものを見せると彼は目を輝かせた。人間一つくらいは取り柄があるんだな!と褒めてるとは思えない礼を言われる。それを嬉しく思ってしまうのは、きっと惚れた弱味ってやつだ。
今日はイヴェールの家に上がり込もう。それで風呂に入った後にきちんと手紙を渡そう。俺の気持ちもそこに添えよう。いや添えたい。ずっと願っていたんだ。
ヒロインを妬むライバル役はもう懲り懲りだ。俺はずっとずっとイヴェールと手紙の差出人のキューピッド役だけど、たまには手紙がキューピッド役でも良いよな?もし駄目でも、良いってことにしておいてくれよ。


―――
悩めよ少年。
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