(アルさん視点)

最近聞いた話。ベルナールは英雄譚が好きらしい。図書館にある叢書を引っ張り出してきては、一人で黙々と読んでいる。文字なんて仕事以外では関わりたくない俺にとっては心底理解出来ない趣味だ。本ってのは閉鎖的な世界で、その中に閉じ籠っている人間にしか会話が成立しないから好きになれない。ギリシャ神話やローマ英雄伝となれば知ってる人も多いかもしれないが、少なくとも俺の周りで理解している人間は片手で足りるくらいしか居ない。その閉鎖的な空間の中で楽しそうにされると、これがまた腹立つのだ。まあ今回苛ついているのは俺じゃないけど。

「……アルバラード隊長…イドさんが…!イドさんがぁ…!」

泣きそうな顔で俺に駆け寄って来たのはうちの船の船員だった。ロープ庫での荷の整理を邪魔され何事かと眉をしかめれば、彼は床下の掃除に使うモップを取り出す。手渡されたそれは何故か綺麗に真っ二つに折れていた。

「ベルナールが船長室に入ったら、丁度そこで掃除をしていたイドさんがモップをバキッて…」
「あー……」

相当キテるなこれは。
ゴミ箱行きとなったモップを片手にため息をつく。あの細い腕の何処にこんな太い棒を素手で折る力があるのか分からないが、火事場の馬鹿力というやつなのかもしれない。イドの怒りを間近で見て恐怖を覚えたのか船員は情けなく俺にすがり付いてくる。「はやくイドさんの機嫌を直してください!」と涙目で頼み込まれるが、正直な話勝手にやってろと思った。



「おいイド、隣良いか?」
「アルバラード…君また仕事サボったのか」
「あ?いやこれも仕事だよ。お前の機嫌直してこいって言われてさ」

騒がしい酒場で一人ちびちびと酒を飲んでいるイドに声を掛ける。既に背中から話し掛けるなオーラが溢れでていたが、会話を交わさないと何も始まらないので無視した。面と向かって機嫌を指摘されたことが気に入らなかったのか、元から眉間に寄せられていた皺がさらに深くなる。

「……あいつが悪い」

ぼそりと言葉を漏らし、イドはジョッキを抱えたまま机に突っ伏した。抑え込んだ蟠りが限界を迎えているのか、いつもは綺麗に心の内に隠してしまうイドが露骨に不機嫌を行動で表している。

「気持ちは分かるが、お前が何日も苛立ってると部下がみんな不安がるんだ。さっさと将軍と話し合え」
「……アルバラード、私はベルが好きだ」
「は?…あ、ああ…」
「いつも仏頂面のベルがあんなに嬉しそうにコルテスの元に行くんだ。私は彼の娯楽を奪いたくない」
「……お前その素直さを将軍相手に発揮できねーの?」

一言寂しいと将軍に言えばいいのに。呆れるように言ったがイドは相手にしなかった。勝手に自己完結させ、溜め息をついてジョッキの中身を煽る彼に苦笑する。その飲み方は悪酔いするだろうが。
ベルナールは英雄譚が好きだ。スペインには異教徒の名残でたくさんの古典が溢れかえっていて、印刷技術が発展して段々と庶民にも読まれるようになってきていた。しかしまだまだ有名な書物は翻訳され切れていない。アラブ語やラテン語で書かれた書物はベルナールにとって読めないものが多く、そこで彼はラテン語を学生時代に習ったという将軍の元で、気になった話を夜な夜な語って貰っているそうだ。まあこれだけ聞けばなんとも微笑ましい話だが、将軍の恋人のイドにとっては大事な二人きりの時間を取られたように感じるだろう(本人は認めてないが)。夜だけならまだ良い、しかし昼も暇さえあれば将軍とベルナールはべったりくっついて古典について語っている。イドが寂しさを通り越して苛立つのも分からなくは無かった。

「……嫉妬だとは、分かってるさ」

蚊の鳴く様な声でイドは言葉を落とした。顔を伏せているため声がくぐもって、異様に情けなく聞こえる。イドが将軍に関する鬱憤を自覚しているのは結構珍しいことだ。俺は眼を瞬かせ、落ち込んでいるだろうイドの頭を撫でた。そこでふと酒場の外にちらりと将軍とベルナールが話している姿が見えて、口の端をつり上げる。悪戯心がわいてきた。

「イド、なら浮気しようぜ」
「……はあ?」
「ああいうのは安心させたら駄目なんだ。ちょっと目を離したら逃げるぞってことを頭に叩き込んでやらないと」
「ちょ…アル」

きょとんと顔を僅かに上げるイドの目元の赤みに苦笑し、言葉を遮るように唇を軽く撫でた。色のある薄い唇は既に別の人間のものだが、だからこそ一層に妖艶に映る。顎に手を添えてそれらしく持ち上げ、顔を近付けた。未だ困惑しているイドはふるりと睫毛を揺らして俺を見る。キスをする気は無いが、ギリギリのところまで唇を寄せた。まるで女みたいだ、と言ったら目潰しされそうな感想を抱きつつ、雰囲気が出るように目を瞑って、顎を此方に引き寄せた。


「イ…ッああ゙!!?」


ゴンッと頭に衝撃。そして奇声。額を思い切り机にぶつけた。

「おまっ…!!アルバラード何してんだお前俺の恋人に!!?」
「何ですかアルさん盛ってるんですか殺されたいんですか死にますか?」
「いってえええベルナールてめえ頭殴ることないだろ!!?」

今にも抜刀しそうなほど凄い形相で睨んでくる将軍と、分厚い本を振り上げているベルナールが背後に映る。どうやらその本で頭を殴ったらしい。殺す気か。本当にこの二人はイドに関して行動が早い。その本人は何が起こったのか分からずに眉をしかめて二人を見上げていた。

「イド!こいつにキスされたのか!?頬か?鼻か?唇にか!?何で拒まないんだよ!!」
「はあ?私はアルバラードに相談に乗って貰っただけだが」
「何の相談だよ!?キスの相談か!?」
「キスから頭を離せ!!」

俺から引き離すようにイドとの間に入り込み、将軍は彼の肩をガクガクと揺らしている。落ち着けと言いたいが、原因を作ったのは俺だ。錯乱している将軍の背中を軽く叩くだけに押し止めた。

「…将軍とベルナールが仲良すぎるなってことについての相談だよ」

そして将軍の後ろで呟くと、席を立って呆然としているイドに手を振った。隣で未だに俺を睨んでいるベルナールの肩を叩いて此方に引き寄せると、文句を言わせず酒場の外に連れ出した。とりあえずこいつの処理は俺が受け持とう。イドと将軍の痴話喧嘩に関しては、正直な話もう巻き込まれたくない。



「イド…」
「………」
「キスしたのか?」
「…したらどうだっていうんだい」
「お前を一週間監禁してアルバラードを殴る」
「真顔で言うなド低能。そんなの御免だね、私は君の所有物じゃないんだ。自分は毎日朝昼晩部下にべったりで、私は仲間と飲むことさえ許されていないのか?」
「…俺はベルナールとキスはしていない」
「私だってしてないよ。するわけないじゃないか馬鹿にしないでくれたまえよ。アルバラードは気を遣って話し掛けてくれただけだ」
「…っだが、」
「ベルが望むならと我慢していたが、いい加減君達はべったりし過ぎだ」
「……お前、それやきもちか」
「……何が悪い。君も妬いてただろうが」
「謝ったら許してくれるか?」
「土下座」
「容赦ねーな」
「…冗談だよ。コルテス、私をあまり放置しないでくれ」
「ああ…ごめんな、イド」



2012/04/21 23:27
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