暑い。ちびちびと水分補給をしながら仕事をしていたが、全く気が紛れずただ減っていく筒の水に苛立ちが反比例に上がっていくだけだ。波打つ海を眺めて、嗚呼あそこに飛び込めたらどんなに幸せだろうなとぼんやり考える。額から止めどなく出てくる汗を煩わしく拭い、仕事休みに一番適している室内または木陰を求めて歩いた。ただでさえ苛立っている時に、余計に神経を刺激してくるような色が視界に映る。

「お、コルテス。これから昼寝するのか?」

ひょっこりと店のテラスから顔を覗かせてくるのは、航海士のイドルフリート。今日は珍しく女を連れておらず、ぼっち飯を堪能中らしい。しかしそれよりもコルテスの目に鮮明に映ったのは彼の纏っている衣服だ。

「………」

「何無視してるんだい」

ふいと顔を背けたコルテスにムッとしたのか、イドの尖った声がテラスから落ちてくる。先程食事を終えたばかりなのだろう。テーブルに小銭を置くとイドは二階程の高さのある場所から手摺を乗り越えてコルテスの目の前に飛び降りてきた。ふわりと舞う金髪とコートは美しい。が、何故コートを着ているのか。コルテスは思わず二三歩後退した。いつものシャツの上に黒い膝丈まであるコート、しっかりブーツまで履いている。対してコルテスは薄いシャツの前を殆ど開けている状態だ。いくら生まれ故郷が違っても、季節感が真逆になるのはおかしい話である。全身黒で統一しているイドは、それでも汗一つかかずケロリとしていた。

「お前は馬鹿か」

「はあ?どうしたいきなり」

「何だよその暑苦しい格好。コート日射吸いすぎだろ。脱げよ」

「横暴だな。私がどんな格好していようが私の自由だろう」

「じゃあ視界に入るな暑苦しい」

成程そうかイドも猛暑で頭をやられているのか。
コルテスは勝手にそう判断してイドに背を向けた。夜になって多少涼まればイドの頭も良くなるだろうと結論付けて歩き出す。イドの体調を心配する前に、まず自分が熱中症にならないように気を付けるべきだ。この時間店は何処も混んでいるし、日射を避けようと同じようなことを考えている人間はいくらでも居る。海辺に行くにも砂場の鉄板のような熱さの上を歩かなければいけないので、やはり木陰が一番妥当なようだ。

「フェルナンド!」

「あ?…っぐぇ」

涼しくなることしか頭に無かったので後ろからの攻撃に無防備だった。イドは暑苦しいコートを翻しコルテスに近付くと、後ろから体当たりして首に腕を回す。必然的に頭が後ろに引っ張られ、見えたのはイドの意地悪い笑み。

「あっっつい!離れろ!」

「この程度の暑さでヒーヒー言ってたらこの先もたないぞド低能が!」

「ぎゃああ抱き付くな!!やめろ暑い死ぬ!」

「ハハハもっと苦しみたまえ!」

「お前性格悪いな!!」

反抗しようと正面を向くと、待ってましたと言わんばかりの早さで背に腕を回される。胸から這い上がる熱にぞわっと鳥肌が立った。必死に引き剥がそうとするが、何処にそんな力があるのか全然離れる気配がない。衣服に汗が滲んで気持ち悪い。何とかしてでもこの状況から解放されたくて、無我夢中でイドの弱点である首後ろをすっと撫でた。

「っひ」

びくりとイドの声が不自然に跳ねる。これは効果があったらしい。うっかり見逃していたが、ほんのりとうなじに汗をかいているのは彼も暑いと思っている証拠ではないか。濡れた指先を確かめて、コルテスはにやりと口端を歪めた。性格の悪さはお互い様だ。

「っ!こら低能!!掴むな暑い!」

「ごめんな俺昔から体温高くてなー」

「全くだ!それに君は眠くなるときにより体温高くなるから本当にいつまで経っても子供体温っあ!?」

「じゃあ体温低いイド君に抱き枕になってもらおうか」

「やっ、服に手を入れるな脱がすな…っ…!」

「お前が最初に抱き付いて来たんだろうが責任取って脱げ」

「なんの、せきに…んっ、…っちょ、おいこら本当にやめ」




「暑さで頭沸いてるんですかね」

店から見える道端の二人にベルナールは目を細めた。暑さでイライラしているときに目の前でいちゃつく知人に怒りのボルテージが右肩上がりだ。もはや言葉に抑揚を付けることさえ面倒くさく、単調に呟いた低い声にアルバラードは内心冷や汗をかく。

「まあ…元気だよな」

「あの人たち自分たちが何処で何してるのか分かってるんですか。あそこは人気のない路地裏でも船長室でも宿の部屋でもないんですよあんな大胆にいちゃついて恥ずかしくないんですか。恥ずかしくないんですよねお互いのことしか見えてないですもん」

「ベルナール、麦酒飲む?俺の奢り」

「いただきます」

外を見るベルナールの目が完全に座っていたのでおそるおそる声を掛けると、とりあえず返事は返ってきたので胸を撫で下ろす。ちらりと外を見たときに、丁度コルテスがイドの体を抱えて何処かに歩いて行こうしていたのは全力で見てみぬ振りをした。こんな暑い日に良く出来るなと脳裏を過った疑問を頭を振って排除する。

「多分俺も頭が沸いてるんだな」

「そうですね。海に頭から突っ込むことをおすすめします」

いつもの五割増しで毒舌になっているベルナールに苦笑しつつ、店員に麦酒を運んでくるように頼んだ。温い麦酒でも頭を冷やすにはもってこいだろう。先程の幻想は、酒で払拭するのが一番良い。悲鳴らしきものが此処まで響いてくるが今日もカモメが元気だということにしておこう。気候が暑苦しい以外は、いつも通りの日常だった。
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