(イド×メル)


彼の裏側から聞こえてくる声にずっと耳を傾けている。

もがくように腕を伸ばしたら、てっきり拒絶されると思っていたのに、彼は指の間を絡ませるようにして掴んだ。そこには人の体温は無いけれど、人よりずっと温かい。途端に、静かだった水面が唸るように波を立てる。イドの衝動が全て私に流れ込んでくる。

「…っあ、あ」

「………、」

井戸の底のいつもの戯れ。性欲が無い死体同士が肢体を絡め合わせるのは、性欲と代わる別の衝動が互いの内を支配しているからだと知っている。何も知らなかった私に復讐の存在意義を与え屍揮棒を振らせる井戸に潜む衝動、此れと似たものだと思う。だからだろうか、イドとの行為は酷く波長が合う。
繋がった下半身から伝わる熱が精神までも侵していく。混沌とした意識の中で、私に覆い被さるイドを見上げた。丸い夜空を背に此方をじっと見据える彼の表情は、月の逆光で良く見えない。だけど私と良く似た顔が悲痛に歪んでいることは漏れる声と手つきで分かった。嗚呼、また彼は私を通して違う人間を見ている。違う人間を抱いている。

「………っ」

中を締め付けると、イドは眉をしかめて息を吐く。これではどちらが抱いているのか分からない。泣きそうに歪んだ唇が、先程から声なく動いているのを見つめていた。私がイドの体に触れ、腰を振るたびに彼は目を瞑って口を開く。私を視界から追い出して、息と共に呟くのだ。
――コルテス、コルテスと。

「っぁ…イド」

名を呼ぶと、びくりとイドは瞳を開いた。私を視界に入れて自嘲するように薄く笑う。私の声は、彼にはどう聞こえたのだろうか。頭の中の愛しい人が、慈しむように唇を開いたのだろうか。

「…なんだ、メルヒェン。いきそうか?」

「……ん」

何も塗られていない綺麗な爪が、私の頬を薄く滑る。擽ったさに身を捩った。彼の珍しく気遣うような声に頷いて応える。その声が私の物であるなら、もう他にはいらない。彼が私を通して誰かを愛していても、その声だけで満たされる。

「ふ、っう…あ、はぁ、ああ」

「…ん、…っ」

イドが中をぐるりと掻き回して、本格的に律動を再開させた。繋がった手はそのまま、ぐいと力一杯引っ張る。イドの体が私の上に折り重なり、より深く彼の衝動と繋がった。首筋に顔を埋めてきた彼が、気紛れにその皮に噛み付く。こうすることで、イドの感情が無いはずの鼓動と共に私の中に流れてくる。先程からイドの裏側で響く声に耳を傾けていた。少しでも集中を欠けば消えてしまいそうな小さな掠れた声が、同じ名前を何度も何度も繰り返して呼んでいる。

…イド、イド、…イドルフリート

「……   っ…」

イドの唇が薄く開いて息を吐く。声の持ち主が誰かなんて、先程からイドが声なく呼んでいる名を聞いていたら直ぐに分かる。此が彼の中に潜む衝動であり、彼が私を抱く理由だろう。だから私は熱心にその声を聴いている。彼の衝動に身を寄せている。

「…っあ、も…」

限界だと、首筋に噛み付くイドの金髪を軽く引っ張った。しかし彼は顔を上げようとせずに、ただ律動だけを早める。おそらくもう理性は残っていないのだろう。塗り潰されそうな意識の中、イドの衝動にそっと指を這わせるように触れた。ふ、とイドが喘ぎに似た声を上げる。煽るように撫でて、彼の僅かな理性も打ち砕いた。さぁ、唄ってごらん。

「…っ、っ、はぁ、…コル、テス…!」

背中に回した腕に力を込める。イドは唾液と押し殺し切れない叫びを吐き出し、ぐっと勢いよく腰を押し付けていた。中で達し、彼につられて私も快楽の波に溺れた。精液は出ないけれど、感じる快楽は人間のそれと同じなのだろう。静まっていく水面に心を落ち着かせ、ゆっくりと意識を手放した。



「ホント、面倒クサイワネ、人間ッテ」

井戸を覗き込めば、金髪の男が疲れた顔で見上げてきた。「嗚呼エリーゼ、君か」と何処か安堵しきった声で名前を呼ばれる。暗い底を目を凝らして見下ろすと、壁に寄り掛かるようにして愛しいメルが寝息安らかに眠っていた。私が帰る前に寝てしまうくらいだから、イドがまた手を出したのだと勝手に推測する。メルが望むことなら何だって叶えてあげたいからわざわざ出掛ける振りをしているけれど、二人きりになったところで其処には何も生まれはしない。虚しさが胸を這い回るだけ。つらいのはメルだけじゃない、イドも同じなのに。

「何時マデ生前ヲ引キ摺ッテイルノヨ。馬鹿ネェ」

「引き摺らなければ私は此処には居ないし、君たちも居ないだろう」

「ワカッテイルワヨ」

でも呟かずにはいられないじゃない。そう言うとイドは苦笑した。底で両手を広げたので、私は井戸から飛び降りる。重力に逆らってゆっくりと彼の腕の中に降りた。イドはそのまま地面に座り込む。

「…メルヒェンは凄いな、私の衝動を導き出した。まんまと唄わされたよ。流石屍揮者だね」

イドは瞼を閉じながら、私の返答を待たずに呟くように口を開く。

「…私は、おそらくメルが羨ましいのだろうね。彼には君がいる。たとえ其処に人間のような愛が無かったとしても、傍に人がいるというのは、どうしてこう暖かい…」

「………」

ぽつりぽつりと言葉を落とす。私は斜め上からイドを見上げた。細められた瞳に水の膜が薄く張っていて、私が手を触れると破れて頬伝っていく。

「……思イ出シテ辛イノナラ、モウ寝テシマイナサイヨ。ソンナ顔シテタラ、マタメルガ気ニスルワ」

「……、ああ……エリーゼもおやすみ」

「…シ、仕方ナイワネ!付キ合ッテアゲルワヨ!」

メルと似たような声で囁かれるから勢いで答えてしまう。イドはそれに薄く微笑むとメルの隣に座り込んで、肩を預けるようにして瞳を閉じた。数秒もしない間に定期的に胸が動く。眠ってしまったらしい。

「コレダケ見テイルト、マルデ双子ノ兄弟ネ」

起きる様子のないイドの腕に抱かれながら、呆れたように呟いた。隣の愛しいメルの膝元に移動しようかと思ったけど、私を抱くイドの腕の力が案外強かったので抜け出せず、仕方なくその腕の中で瞼を閉じることにする。私個人の意思ではなく、これは妥協。そういうことにしておきましょう。
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