(コルイド)

彼の故郷に抱く印象は、開けた爽やかな風が街を駆け抜けるこの国に比べて随分薄暗く物騒であり陰険で土臭いものであった。開墾されていない木々の合間に遠慮するように人々が暮らしている。そもそも国と呼べるほど大きくもなく、世界を統べる栄光を惜しみ無く振り撒いていた過去の帝国の称号は、千年以上経った今もはやお飾りに過ぎない。人々の生活に陰を落とすことしか脳のない鬱蒼とした森が、果たして一人の男をこうも活発で我の強く自由をこよなく愛す人間に育てられるのか甚だ疑問だ。イドは霧掛かった森の中で生まれたにも関わらず、海に愛され海を愛すことしか知らない実に不可解な男であった。
昔イドと共に行動していたという船員たちに話を聞くと、思わず作り話だと疑いたくなるような様々な物語が語られる。

「この国に来る前、すっげえ巨乳の姉ちゃんが市場の売り子やってたのを、イドが買い取りたいって言い出したことがあったんですよ」

「商品じゃなくて女をか?娼婦じゃあるまいし」

「ていうかその女、男居ましたけどね」

「……ああ」

「だから男が間に割り込んで、しっちゃかめっちゃかの大惨事。女はイドに心底惚れちまってたから修羅場ですよ。埒があかないから決闘だって男が言い出したんです。…あん時のイドの嬉しそうな顔、一生忘れられねえ」

「物凄く想像できる」

「武器は剣のみ。賭けるのは命。男もそれなりに強かったんですが、イドの見事な剣捌きと言ったら!見てるこっちも見とれる程無駄の無い動きで、勝利は確実でした。男の剣を一払いして、怯んだ相手の喉を突き刺そうとしました。が、喉先でぴたりと動きを止めるとこう言ったんです」

「…?」

「『女ごときで人を殺めるのも馬鹿馬鹿しい』と」

「一昨日人の女を寝取ったとか言い掛かり付けて俺の寝首掻こうとしていたのは何処のどいつだ」

「寝取ったんですか?流石ですね将軍。でも男は凄い名家のお坊ちゃんらしくて、決闘で負けたのに見逃して貰ったと一族に知られるくらいなら自害すると」

「プライド高いな」

「男が喉を掻き斬ろうとしていたのを見たイドが足で短剣を蹴り『決闘で落とす命があるのなら主君の為にくたばれ低脳が』と言い捨てて結局女とも寝ずにその地を去りました。いやあ、カッコいい」

「…よく自分を棚に上げて偉そうに説教出来るなあいつは」

「イドも結構将軍の為に頑張っているじゃないですか。で、それに心打たれ、イドに男惚れして付いてきている奴が今将軍の兵士の一人です」

「そうなのか…」

知りたくない事実を知ってしまうこともある。あの良いとは言えない難のある性格を持ってしても人々の目に魅力的に映るらしく、こういう話を聞いていると否定もできない。外見で惹かれる人間も少なからず居るが、彼と船に乗る人間は大抵中身に惚れている者が多い。どんな困難が訪れようとも彼自身が沈むことがない。それは周りに絶対的な安堵を与えるのだろう。おそらく、出港前の神に捧げる祈りよりも確実なものにちがいない。
彼は大西洋に繰り出す前に他の海も渡っていたらしい。船長と呼ばれていた頃は、異国との貿易を目的に地中海を旅していたとも聞いた。しかしそれは長くは続かなかったらしく、本人もその頃の話はあまり口にしようとしない。俺の推測する限りだが異国の理不尽な介入が彼の自由主義を跡形もなく打ち砕いていたのだろう。他人から当時の話を聞くと異国の商品よりも女の話が圧倒的に多く、貿易が航海の建前であったことは良くわかる。

「イドさんの異教徒嫌いは半端じゃあ無かったですよ。無駄に多く税取られるし、海賊も酷かったですしね…ああ、でも一度嬉々としてその隣まで行ったことありますよ。絶世の美女が居ると噂を聞いたとかで」

「あいつらしすぎるな」

「結局美女には会えませんでしたが、そのお兄さんらしき人には会いましてね。美女に会ってもいないのに一方的に求婚申し込んで、逃げたお兄さんと一緒に崖から落ちて1日行方を断ってました」

「………」

「無事に戻ってきましたけど、融合してきたとか井戸に落ちそうだったとかなんとか。なにしてきたんですかね」

「いっそそのまま落ちていれば女癖も少しはましになるのにな」

「最終的にはその島を絶賛してましたね。『これほど海が街に映える島は無い!アドリア海の女王よりも美しい!』とかなんとか褒めちぎってましたよ」

「…ヴェネチアよりも美しい…?それは興味ある」

「目が明後日の方向向いてますよ将軍」

「………」

その時の船員もまた兵士として下に付き従っている者が多いと言う。何処に魅力があるのか分からないのに相手を虜にする事実だけが他人の話で誇張される。普通人に男に惚れられる男というのは、喋り方の流暢さや声の安定感、威風堂々とした物腰で、先を見据える計算高さや何事にも動じない勇敢さをそれなりに雰囲気で相手に伝えている場合が多い。そういう人間には何度か会ったことがあるし、大抵は貴族だった。求められている血の気高さというのを、彼らを見て納得したことがある。
イドは違う。元々彼の生まれ育ちなんて出会った当初は一切知らなかったし、容姿に勇敢さや落ち着きもそれほど感じ取れない。話し方に特徴があるわけでもなく、あったとしても上から目線の物腰で寧ろ人に嫌悪感を与えるタイプではないだろうか。それなのに自分を含め、彼を嫌悪している者はおらず、それなりに好意を向けられている。彼が有能な航海士だということを差し引いても、やはりイドの周りには人が集まるのだ。


外からの騒音が些か激しくなり始めた頃、その音を連れ込むかのように中に入ってくる足音が一つ。床が湿り、雫がぽたぽたと髪から滴り落ちる。べったりと肌に絡み付いた前髪を掻き上げながら訪問者は煩わしそうに部屋の扉を閉めた。寝台に入りランプを消そうと伸ばしかけた手を止めて、代わりに明かりをイドに投げ掛ける。

「ご苦労様だな、イド」

「ああ、酷い雨だ。災難だよ」

「止みそうか?」

「朝には雲は北に消えるさ。雨も直ぐに止む。この程度の波の荒らさなど気に掛ける必要もない」

「そうか」

昼間から雨雲が空を覆い始め、太陽が沈む頃には雨となって波と船に降り注いだ。多少は波も荒れたが、イドからしてみれば一瞥をくれてやる気にもならないらしい。俺を部屋に押し込め、外で船員たちに適切な指示を出した後は何事も無かったかのように戻ってくる。イドは夜番をしている者たちを窓から眺め、ふふんと口角を上げて笑ってみせた。

「有能な航海士である私が、この船を沈めるわけがないだろう」

自分で言うかとツッコミたくなるが全くもってその通りだから憎たらしい。俺も口元だけで笑って返し、イドが座る部分を避けてやると彼は遠慮もせずドサリと寝台に腰を下ろした。衝動で水が跳ねて肌につき、拭うついでにイドの頬の水も手の甲で拭ってやった。彼は猫のように目を細めるが抵抗はしようとしない。されるがままに手の甲に頬を刷り寄せている。

「びしょびしょだな。髪絞れそうだ」

「あー…、面倒だな」

「濡れた服はそこに掛けておけ。晴れるなら、明日外に出しておけば乾くだろう」

「……そう、だな」

ごろごろと喉を鳴らしそうだ。顎下に手を滑らせて、イドの表情を見ながらそう思考する。喉にはきちんと喉仏があり、手の動きに合わせてこくんと動くのがなんだか不思議だった。顔を上げれば彼はじっとこちらを見つめていたので、吸い込まれるように唇を合わす。室内の濃密度が上がった気がした。初めからその気だったのだろうか、先ほどから彼は全く抵抗しない。

「…っ、ん…むぅ」

合わせるだけだった唇から舌を覗かせ、イドの歯列を謎って開かせる。舌が粘膜に触れ合う感覚よりも先に触れる彼の唇が気持ちよかった。雨の為少し濡れた唇は冷たく、何度も角度を変えて貪る。その激しさに彼の長い睫毛がふるりと震えた。逃げるように頭を上げようとするのを後頭部を押さえ付けることで制し、舌同士を絡ませ音を鳴らす。

「ふ、…あむ、んぁ、…っ」

厳しくなってきたのかイドの抗議の声が震え始める。その必死さが余計に耳に響いて、下半身がずくりと疼いた。キスだけで終わらせたくない。雨に濡れても尚指通りの良い彼の髪を掻き上げ、唇を合わせたまま寝台に押し倒した。肩を押さえ込みながら深く口付ける。

「……む、んぅ…あ、はあ」

「…は」

強く肩を押されたので唇を離してやると、銀の糸が互いを繋いだ。上気した頬を隠すことも出来ずに眉だけしかめてイドは横を向いてしまう。息が絶え絶えだったので整うまで待ってやった。イドは女好きの為キスが下手というわけではないが、そこら辺のキャパは俺の方が上だ。受け身になるとどうも勝手が分からなくなるらしい。初めてキスをした時、そんなに執拗に攻めていないのに君はがっつきすぎだと彼に怒られた記憶が新しい。

「服着たままだから、寝床も濡れてしまったな…」

「それは脱がして欲しいっていう意思表示か?」

「ん…ズボンも絡み付いて気持ち悪い」

「お前な…」

当然のように両腕を伸ばし脱がせてくれ、と幼子のように要求してくる。そう言っている間にもぽたぽたと雫は垂れているので、仕方なくイドの腕を取って座らせるとコートを脱がせてやった。床に放置すると汚れる上にシワができるので椅子に掛けておく。しかしシャツ辺りになると面倒になって、そのまま寝台の端に放置した。肌の色が白いシャツから覗き、水に濡れて絡み付いて脱がせることは容易では無かった。ギリシャの彫刻のような美しさを眼前にしてこくりと喉が鳴る。
留め具くらい自分で外せば良いものを、イドは俺の手元を眺めるだけで一切動こうとしなかった。今日はそうしたい日なのかもしれない。シャツを端に捨てた時、上気した裸の胸を滑る十字架が背徳感を漂わせぞくりとした。

「ふふ…将軍につくして貰うのも悪くないな」

「お前、俺相手だとやたら女の真似したがるよな」

「そんなことはないよ?まあ、もしかしたら君の好みに合わせようとしているのかもね」

「…はあ」

何と応えれば良いのやら。否定しようかと口を開いたが、イドが楽しそうに笑うので反論する気も失せた。女の前でもこのようには振る舞わないだろうから俺の特権だと思うと悪い気はしない。
太股に絡み付くズボンと、ついでにブーツも放り投げる。衣服があんなに濡れているからまさかと思ったが、やはり下着の方にも水が浸透していた。俺が部屋に戻ってから雨の激しさが増したのだろう。下着も剥がし、身に付けているものが十字架と赤いリボンしか無くなったイドは満足そうに口元を緩めて座り込んだ。彼だけ脱ぐのもなんだかおかしいので、俺も上半身に身に付けているものを次々に脱いでいく。その過程をイドはじっと見ていた。

「君は全身何処を見ても男だな。筋肉しかない」

「お前こそ、航海士やっててなんでそんな体型保てるんだよ。逆に不思議だ」

「こればっかりは遺伝だろうなあ…まあ、身軽になれるこの体は嫌いではないよ」

男にしては細い腰を撫でる。胸を触ると異常に嫌がるので、臍辺りをぐるりと触った。半勃ちしている性器に指を絡ませ、嫌がるように引いていく腰を抱いて制す。

「…ぁ、っん、…ふふ、君は本当に乱暴だな…」

声と口元は嬉しそうに緩んでいるのに、太股がふるりと震えている。彼は快感に素直に酔うことを躊躇い、誤魔化すために饒舌になることが屡々あった。限界が近付くと一言も喋らなくなるのだからまだ気持ちには余裕があるのだろう。女の様に振る舞うことには躊躇ない癖に、与えられる快楽に溺れるのは何処か恐ろしいらしい。肌に触れるたびに、不可解なこの男のことをひとつひとつ、少しずつ分かるようになっていた。会話するだけでは伝わらなかった彼の意思というのを、寝台の上では聞いてやることが出来る。取り繕うことが不可能だと分かればイドは素直に心を開いてくれる。俺はそのやり取りが結構気に入っていた。

「挿れるぞ」

「…ん」

性器に絡み付いた先走りを指で掬い、後ろに絡ませる。船の上だと一緒に寝る機会は少なく、久々の行為の為指もそう簡単には入らなかった。一本埋めるだけで苦しそうに背を張らすので落ち着くように汗の浮かんだ頬を撫でてやる。

「…ぁ、あ、あっ」

「苦しいか?」

「……っん、コル、ッあ」

少しはましになるだろうと性器を握るとイドはぎゅっと目を瞑った。痛みはあるが快感も少なからず得ているようなので指も様子を見て増やしていく。中に入れる度に締め付けてくるから指の動きに敏感になっているのだろう。強く意識してしまっているのかもしれない。早く楽にしてやりたくて前立腺をぐいと押すとイドの腰がはねあがった。

「あッ、や、んあっ…、コルテス…っああ」

衝動に耐えきれないのか、イドは肩に力強く絡み付いてきた。それにようやく、彼が指を受け入れるために膝立ちの体勢を保っていることに気づく。それで快楽を受け止めるのは些か辛いだろう。金の睫毛に隠れた瞳はその姿を現せようとせず、下を向いたまま口を閉ざしているので限界が近いのだと察した。やはりイドは余裕が無くなると喋らなくなる。セックスも何事も楽しむことが一番だと豪語するような男だ。この体勢だと楽しむものも楽しめないだろう。肩を押してシーツに体を横たわせ、ついでに指も抜くとイドは驚いた様子でこちらを見上げてきた。

「…私が上に乗るんじゃ無かったのかい」

「いいよ、今日は。大体お前は上に乗っても一向に動こうとしないじゃないか」

「………そういうのが好きなのかと」

「はは、悪いがそういう趣味はねえ」

イドは指摘されたのが恥ずかしかったのか此方を見ようとせずにぼそりと呟いた。心なしか先程よりも赤い。
正直を言えばこの体勢の方が動きやすい。イドの足を肩に乗せて押しながら性器を後ろに擦り付ける。唐突に訪れた衝撃にイドの瞳が泣きそうに歪んだ。それでも我慢は出来ないのか、おそるおそる腰を動かして誘ってくる。

「ふ、可愛いな」

「は?なにが…っ、あ、あっんああッ」

「んっ…はあ、はは、お前変なとこで天然だな……ってあれ?もうイったのか?」

「…〜〜っ」

ふるふると否定するように髪が揺れ動く。碧い瞳を縁取る金の睫毛が小刻みに震えて中の光を閉ざした。強く瞼を瞑るその表情は幼子が叱られることに必死に耐えているようで、余程達してしまったことが恥ずかしかったのだろう。これ以上指摘すれば侮辱と取るかもしれない。俺は下半身に伸ばしかけた手を止めて代わりにイドの片手を握った。五本の指の隙間に絡めるように指を通せば彼は拒みもせずに握り返してくる。シーツに縫い付けるように手を重ね、自由になった方の手で胸元の十字架を弄った。雨と汗に濡れたそれはきらきらとランプの灯火を反射して鈍く光っている。何か思うことがあったのだろう。イドはそれを一瞥して、暫く口を閉ざし、やがて重く口を開いた。

「…十字架が気になるのか?」

「あ、ああ」

「……私の故郷は、こればっかりだよ」

息を整えながら、ぽつりとイドが呟いた。その言葉に手元の十字架から彼に視線を移す。イドは此方には視線を向けずに、繋がった手を見つめていた。

「神の絶対が揺らぎ始めて、我が国は何処も魔女狩りや宗教裁判のお祭り状態。息苦しいものだ。あそこには自由が無い。貴族でさえも古臭い家訓に押し潰されて生きている。何が領主様だ。あんなの豚じゃないか。本当救いようのない残酷な世の中だよ。生きているのさえ億劫になる」

「………」

イドはちらりと此方を見上げるとふ、と軽く笑った。

「君と私は同類だ。だから、私は君が好きなんだ」

口元を緩めて、十字架に触れたままの右手にそっと空いた手を重ねてくる。イドの丁重に手入れされた爪が指先を撫でた。柔らかく言葉を発する唇が意地悪く弧を描き、その仕草に惹き込まれる。綺麗だと思った。イドは綺麗だ。容姿だけではなく、仕草や言葉の使い方が此方を引き寄せるような力強さを持っている。

人間には生まれてから死ぬまで何かしら柵というのがある。それは故郷かもしれないし、文化、宗教、あるいは親から受け継いだ立場や妻子かもしれない。俺も法律家を叩き込もうとする頑固な父に延々と縛られていたし、イドにも何かしらあったのだろう。其処から脱け出したいと願っても実行するには勇気がいる。自由というのは聞こえはいいかもしれないが、我が儘を尽くすことを自由と呼ぶのではない。犯した責任を抱え込み、決定する勇気を自由と呼ぶのだ。それは重く、誰かに指示されて生きることの方が案外楽であったりする。イドはおそらく自らを縛り付ける鎖が煩わしかったのではない、閉じ込められることに満足する周りの貴族が、自分が煩わしかったのだ。自らの環境を腐ったものだと気づきもしない故郷の空気が嫌だったのだ。
航路を誤れば食料は軽く尽き、天気を読めなければ嵐に呑まれる。決定する責任というのを船を乗る者には求められる。でも、其処にこそ本当の自由がある。輝ける未来を選ぶことができる。生きるとは、本来そういうものだ。それをひたすらにもがいて掴もうとする姿勢が、この航海士を魅力的に感じる一番理由かもしれない。それは普段の会話では探れないかもしれないが、こうしてベッドの上でゆっくりと彼の殻を破る中で手探りで見つけることができる。イドが普段から抱いている思考をこの時だけ自ら俺に語ってくれる。だから俺は、女でもないのにイドを抱くのだと思う。

息が漸く整い少しは余裕が生まれたのかイドは自分の下半身につく白濁を煩わしそうに見下ろしていた。眉をぐっとしかめ、濡れた部分を軽く拭う。そして何を思ったのか繋がっていた指をほどき、入っていた性器を身体を動かして抜くと俺の肩を両手で掴み足を立てて座り込んだ。反対に俺の体がシーツに沈む。

「…お、おい」

「気分が変わった。やはり今日は君が見下ろされるべきだ」

「無理しなくていいぞ」

「してない」

何だかんだ言ってまだ羞恥が残っているのだろうか。珍しく自棄になっている。心配してやっているのにそれが余計に気に障ったのか強く睨まれる。彼はもう笑みを浮かべることはなく、後孔を自分の唾液で濡らした指で軽く解し始める。俺の上でやられるからどう反応すれば良いのか迷った。ふとイドの性器がまだ萎えたままのことに気づいて、寝かされたままそれに手を伸ばす。

「…っ、あ…私のは、いい…って」

「気にすんな。手が暇なんだ」

「あ…ふ、っコルテス…」

胸板におかれた手に体重が掛かる。またイかれても困るので、先走りが指を濡らし始めたのを確認すると手を離した。イドも後孔から指を抜き、肘を曲げて此方に顔を近づけてくる。金髪が頬を撫でるので擽ったかったが退けることはせずに彼の口付けに応えた。ちゅ、と音を鳴らすと彼は満足そうに顔を上げる。そして両手をつくと、自身を自分の後孔に宛がいゆっくりと腰を下ろしてきた。

「っあ、や…あぁ!…っ、っ」

「…イド、腰に力入れんな、っ落ち着け」

「っむ、無理、あ、あぁ、んあ、っあ」

「…っ」

ずくずくと自身が埋まるのを視界に入れ、焦れて腰を動かすとイドはびくりと肩を震わせた。衝動で足の力が抜けたのか、深いところまで一度に入り込んでくる。彼の性器がイきそうに震えたので思わず握って制した。イドはびくびくと身体を揺らし、耐えきれずに瞳から一滴の涙を落とした。彼が行為中に涙を流すことは滅多にないので、泣いたのを見たのは久々だった。

「…ひ、阿呆っ……いたい…」

「…痛くねえだろ。動くぞ」

「や、まだっ待て、あ、っぁあ!ん、んぅ、あ…ふっ」

「ん…」

「うあっ…あー、もう、酷…っ、つらい…」

辛くねえだろ。
快楽に溺れてふにゃふにゃになった顔を濡れた髪の合間から垣間見る。むしろ気持ち良さそうだ。視線に気づいてかっと顔を赤くしたイドは片手で隠そうとするが、見えなくなるとつまらないので手首を掴んで制した。そうしている間にも繋がった場所は淫らな音を立て続け、イドは切なそうに顔を歪める。ぐじゅぐじゅと音が鳴る。イドの喉仏がこくりと動く。酷く気持ち良い。

「コルテスっ…あ、も、なんで」

「っ、ん?」

「ぁ、意味わかんなっ…あぁ、あ、あっ」

「何がだよ」

「わた、っ私、が、動く、動くって」

「…だから、っ別に、いいよそういうの」

媚売りたいんだろう。なんとなく分かった。毎回妙に女の真似事をしようとするのも、男を抱く行為に俺が幻滅しないようにと必死なのだ。多分。杞憂なのに。
俺はぐいとイドの腰を両手で掴み、彼の僅かな抵抗を封じた。「うぁっ」とイドの声が歪む。

「俺は、お前に幻滅とか、絶対しないから、…おい、泣くなよ」

「あぅ、泣いてなっ、あ、あ…ん、あ」

イドはふるふると頭を振った。確かに涙はもう流れてはいないが、目元が真っ赤に染めてこちらを睨まれたらそうとしか見えなくなる。泣きそうな顔だと言うのが一番適切だろう。
イドは肘を曲げて俺の首筋に顔を近づけると、歯を立てて噛みついてきた。痛かったが、感覚が下半身の方に全て持っていかれているのであまり感じない。

「ーーーっ…!」

首筋に歯を立てながらイドが達した。歯と爪を同時に身体に強く刻み付けられる。俺も快楽に喘ぐ身体を抱き締めながら、奥の深いところに精液を吐き出した。耳元でイドが声にならない悲鳴を上げる。

「…っは、あ…」

顔を上げた彼と視線が合った。碧の瞳が涙の膜を張っていて、やはり泣いていたのだと察する。雨か汗か分からなくなった透明な液体が髪から滴り落ち、肌に落ちたそれをぺろりとイドは舐めた。そして満足したのか首筋に擦り寄り、そのまま動かなくなる。

「…ちゃんと気持ち良いのかい」

イドは顔を埋めたまま、吐息と吐くのと同じように小さく問い掛けてきた。音より僅かな唇の振動でその声を聞き取り、その内容に苦笑した。ふざけた質問だ。

「好きだからやってるっていい加減気づけ」

それにくっ、とイドの喉が張った。動揺したのだろうか。顔を見ようとして手を近付けると容赦なく叩かれた。寝る、と不機嫌に声が応える。拗ねさせてしまったらしい。はいはい、と俺は彼の背中を軽く叩いた。

多分この航海士は、自分の魅力の根本の理由にまだ気付いていない。周りに好かれているという事実しか知らない。だからおそらく、俺に抱かれる理由も知らないのだろう。
だが俺も、イドが拒まずに黙って抱かれる理由を知らない。馴れているわけでもないのに女役という彼のプライドが抉れるような行為を甘んじて受け止める、その理由は教えられていない。他の男と寝たことは一度もないようだから、何かしら理由があるのは間違いないだろう。でもまだ知らなくても良いと思う。好きで抱かれてくれる事実があるならそれで良い。無理させていないのなら良い。この幸福感だけで満足できる。
静かに寝息を立て始めたイドを胸に抱いて目を閉じた。額に軽くキスをする。ひとつひとつの仕草に含めた愛情を、不安に怯える彼に少しずつ伝えられるように。優しく。


―――
長くなりました。
前回のイド視点のお話とちょっと繋がってたりします。
ちゃっかり領復ネタを仕込む。
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