サンイヴェ/現代パロ

お祭りなんてものに行ったことが無いそうだ。日が暮れ始め、ぼんやりと幻想的な光が生み出された広場を眺めながらぽつりとイヴェールが呟いた。浴衣姿に身を包んだ美しい女性のうなじに目が行っていた俺はその言葉に現実に引き戻された。楽しそうに笑う子供たちの後ろ姿をイヴェールの目が追い掛ける。普段おとなしい彼でも祭りの華やかさは魅力的に映るのだろうか。不自然に止めた足は、華やかな方向へ行きたがっているように見えた。

「じゃあ、明日の夜に皆で行きましょうか!浴衣で!」

彼の想いを感じ取ったのだろうか、イヴェールの妹のノエルはそう提案した。片手でイヴェールの服を引っ張り、同意を促している。

「でも…明日は部活じゃ」

「そんなの日が暮れる前に終わりますっ」

「妹の好意に甘えとけよイヴェール。ノエルの浴衣姿きっと可愛いぞ」

「お前に見せるなんて勿体ないな…」

「別に減らねえっつの」

イヴェールのシスコン発言にはいい加減慣れている。はいはいとあしらいながら、彼の横顔を盗み見てみた。俺の言葉に不快そうに眉をしかめていてもやっぱり何処か嬉しそうにみえる。お祭りに一度は行ってみたかったのだろう。陛下は忙しいし、気軽に遊べる友人も少なかったと聞いていたから、こういう機会は無かったのかもしれない。イヴェールが楽しいなら良いか、と俺もノエルのプランに大賛成だった。

なのに

「…部活長引いて申し訳ありません?」

「うん。ノエルからさっきメールが…」

「………嘘…」

携帯をぱかぱかと開いて遊びながらイヴェールはメールの内容を読み上げた。魅力的な世界の一歩手前で俺は立ち尽くす。ノエルの浴衣姿結構楽しみにしていたのに打ち砕かれた、とかそれもあるけれど、何よりイヴェールの今の格好は相当やばい。えろい。
大体普段見られないうなじがちらちら視界に入るのが目障りで仕方ない。陛下の浴衣を借りたのか若干サイズ合ってなくて鎖骨丸見えだし、暑いのか袖を捲り上げて白い肌が露出している。普通の男ならそんなに気にしないのに、相手がイヴェールだからか結構似合ってる上に色気があって直視出来なかった。いつもそうだ。イヴェールはムカつくくらい色々な衣装を着こなす。前も悪ふざけでセーラー服を着せて大笑いしてやろうと思ったのに、妙に似合っていて逆に気まずくなったのを憶えている。俺も同じ格好だし、浴衣だからってあまり気にしなくて良いだろうと思っていたのに予想以上だった。ノエルが居たらまだ理性が保てたかもしれないのに。ムカつく。

「男二人って…寒い」

別の理由で溜息をついてみてもイヴェールは聞いてやしない。屋台に目を走らせて今すぐ飛び込みたいオーラを全身で放っている。何をするにも面倒くさがる可愛くない人間がどうしてこんなにはしゃげるのだろう。祭りの魅力ってすげぇなあなんて一人うなだれながら、あんず飴をゲットしようと駆け出すイヴェールの後ろを追い掛けた。



しゃくしゃくとかき氷のいちご味をカップの中でかき回して時間潰し。頭がキーンとするのを耐えつつ一口一口小さく食べていると、目の前に青と赤のオッドアイが現われる。ずっとかき氷を眺めていたから、スプーンの形をしたストローで口のなかに入れてやった。冷たい、と感想。わざわざ言わなくても知ってるけど。

「満足したのか?」

「ああ…金魚すくい難しいな…一匹も取れなかった」

「不器用だな―一昨年俺は3匹くらい取ったぜ」

「え?でもお前んとこ金魚いないじゃん」

「次の日死んでた」

「うわ、ひどいな」

本当は違うのだけど。金魚すくいなんて相当やっていない。
昔父親に連れられた金魚すくいで初めて取った一匹の金魚がとても綺麗で華やかな色をしていた。小さなビニール袋に入れられたお姫様を何度も何度も眺めていて、周りの大人に呆れられるくらい熱心だった。けれど転んで地面に金魚と水をぶちまけてしまったのだ。必死に跳ねる金魚を手のひらにすくい助けてあげたつもりでいても、また水のなかに戻してやっても、段々と金魚は弱っていくばかりで俺にはどうすることも出来なかった。そしてついには死んでしまった。
取り返しがつかないことがあるって金魚で初めて学んだんだっけ。綺麗な宝石を自らの手で潰してしまうことを恐れた俺は、もう二度と好きなものには触れようとしなかった。

「ローランサン、かき氷が溶けてるぞ」

イヴェールはふいに手を伸ばして俺の腕を掴むと、スプーンから流れ落ちそうになっているかき氷をまた口の中に入れた。たまにこういうことをするからイヴェールという男は読めない。でも、意味もなく触れることに嫌悪を抱かなくなったのはこいつが初めてだ。
昔のトラウマもあったのかもしれない。父親に殺され掛け、シエルを失ったトラウマが。金魚すくいをもうやらなくなったのも、きれいなものに触れなくなったのも、金魚を殺してしまったことだけが原因ではない。けれどもしその傷をいやしてくれる人間が居るとするなら、それはきっとイヴェールなのかもしれないと薄々気付いてはいるんだ。彼はとても綺麗な人間だけれど、それを傍に置いて逃げ出したいなんて思わない。

「ん」

「ん?」

イヴェールはぼんやりとしていた俺の前に屈んで、あんず飴の名残の割り箸を差し出していた。もう一本はチョコバナナの名残の割り箸。片手ずつに握られていて、どちらか取れと視線で示してくる。

「何?」

「王様ゲーム。暇だしやらねえ?」

「暇って…まだ屋台見てくれば良いだろ」

「ローランサンがつまらなそうだから」

な?と首を傾げるイヴェールにため息をつく。気にしていたらしい。指摘されると罪悪感が芽生えて、仕方ないなとイヴェールをひっぱった。祭りの騒ぎが辛うじて聞こえる芝生の上に連れていって座らせる。イヴェールと二人で居るなら、なんとなく騒がしさは話の邪魔になると思ったから。
また棒を二本突き出す彼の手から一本の棒を奪い取る。それを見てにこ、と笑顔を見せたイヴェールの手には赤く印がついた棒が握られていた。

「おま、」

「じゃあ、王様命令。そこに寝転がって」

「は?」

「良いから、命令」

有無を言わさない瞳に降参しておとなしく芝生の上に仰向けになる。するとなんとイヴェールは裸足になって腹の上に足を乗っけてきた。ぎりぎりと力を入れて踏み潰される。

「ちょっ…何して、いでででで」

「良いなあ、こうしてローランサンを見下しているととても優越感だよ」

「このドS…!」

「お前を苛めるのがすきなだけだよ。ほら、もう一回」

くい、と棒で顎を持ち上げられる。若干額に青筋を浮かべながらなんとかそれを引くと、また印が書いていなかった。赤く光るそれを眺めながらイヴェールは妖艶に笑う。逆に俺は顔が引きつった。

「そうだな…『好きだイヴェール』って言ってみろ。色っぽく」

「………好きだ、イヴェール」

『愛してる』

「あ……愛してる…」

「ん―、じゃあ『俺は一生イヴェール様の下僕であり奴隷です。貴方のためならたとえこの命を捧げても構いません』さあどうぞ?」

「………さすがにそれは…鳥肌が」

「王様の命令は絶対です」

「横暴な…反乱か革命で首斬られてしまえ」

「はやく」

どうあろうと言わせる気らしい。

「……お、俺は…一生イヴェール………さ、まの下僕であり、ど…奴隷…です」

「お、耳まで赤い」

「ほっとけ!」

「続けて」

「…貴方の…ため、なら…この命を捧げても、構いません……はい次!!」

「えーもっと色っぽく言ってよ」

「俺に色気を求めんな。ほら引くぞ」

いつまでも俺の上に乗って胡坐をかいているイヴェールを退かして俺は棒を引っ張った。期待通りに下の方に赤の印が。俺は口元が吊り上がるのを隠さずにゆっくりと立ち上がった。

「ふふふ…ようやく俺にも時代が…」

「大袈裟なんだよ…で、命令は何だ?」

「イヴェール、頭が高いぞ。仰向けに寝転がってもらおうか」

「跪けの間違いじゃ…はいはい分かったよ」

体重を後ろに崩して、芝生の上にごろりとイヴェールは寝転がる。どんな悪戯をしようか決めかねていた俺は、浴衣姿で倒れている彼の色気に一瞬くらりとなった。やっぱり色気はイヴェールに求めた方が正解なのだろう。とりあえず腹の上に仕返しのつもりで座り込み、屈辱に歪んでいるイヴェールの瞳を見下してとても良い気分になった。なるほど、王様ゲームも悪くない遊びなのかもしれない。王様になった時限定だけど。
ゆるりと前屈みになって、イヴェールの唇にキスを落とす。そして汗が滲んでいる首筋に噛み付いた。それだけで身動ぐのだからこちらとしてはたまったものではない。気になっていた鎖骨にも噛み付いて、赤い鬱血を残した。もちろん浴衣を着たら良く見える場所に。
祭りの最中、結構大変だったのだ。イヴェールは綺麗だし男にはない色気もあるから、隣を並んで歩いていると当然女性の視線が気になる。あの人綺麗だね、彼女居ないなら私行ってみようかな、という会話を何度耳にしたことか。優越感もあったけど、同じ男だから嫉妬の方が強かった。しかもそれがイヴェールに対してではなく女性に対してだから自分でも笑える。目を離した隙に奪われるのではないかと実は少し心配だった。
今までイヴェールが調子に乗っていたのだから、俺も調子に乗っても神様の罰は当たらないだろう。丁度此処が神社の裏側の森の中だとしても。暗がりでも慣れた目ならイヴェールの顔も良く見える。事を察して暴れだした彼の耳元に「王様命令」と囁き、悔しそうに唇を噛むのを鼻で笑ってやった。



なんだかんだ言ってイヴェールも期待していたのだろうか。露出した自身は空気に触れるだけでも嬉しそうに震えていたし、彼の恍惚に溺れた顔も万更ではなさそうだった。気を遣って自身を収めて、今にも泣きだしそうな顔を眺める。仰向けで寝転がっているためか草が背中に当たって痛そうだったため、体を持ち上げて深く奥を貫いた。

「…う、ぅ…っあ、ん」

「イヴェール、すっげぇ色っぽい」

「…んぁっ!や、やだ…動か…っぁ、あん」

力一杯首筋に爪を立てられ、動かすたびに中を強く締め付けてくるのが堪らなかった。外なのに声が抑えられないくらい気持ち良いのだろうか。滲む首筋の汗をなめとり、はあと俺も深く息をついた。居心地が良すぎて飲み込まれてしまいそうだ。

「、…ん、あっ…ローラ…」

「あっちい…イヴェール…すっげーあっつい…」

「はっ…ああ、」

虫が静かに鳴く。祭りの騒音が遠くで響く。風の囁く音や草の音楽も全て聞こえているのに、イヴェールの喘ぎ声とぐちゅぐちゅと鳴るいやらしい音にしか意識が集中しなかった。空を見上げれば月が明るくて余計に興奮を煽る。
腰帯で辛うじて浴衣を着ている状況なのが煩わしくなって、しゅるりと解いて芝生の上に放った。ばさりと下に落ちた浴衣に視線をやり、次にイヴェールを見つめる。こんな女みたいに白い肌を月の光の下にさらして、興奮するなと言うほうが無理な相談だ。そろそろ限界なのか、ぎゅううと俺の浴衣を必死に掴んできたので、仕返しに彼の腰を思い切り掴んで動かした。

「あ、あっ、ん、ぁあ、あっ、は」

「う…っ」

「…ひっ…ぁ、あああ」

腹の辺りに生暖かい感触がした。達したのだろう。俺もイヴェールの中に白濁を吐きだし、怠そうに寄り掛かってくる彼の背中を抱いてやる。ちらりと覗いたうなじはやっぱり色っぽかった。荒い息を互いに整え、顔を見合わせてキスをする。恋人みたいだなと頭の片隅で思った。恋人なんて一生作ることが出来ないとあの時の俺は確信していたのに。
満足したように首筋に擦り寄ってくるイヴェールは、汗だらけなのに良い匂いがした。その匂いを十分に満喫しながら、俺はこいつが好きなんだろうと心の中で呟いてみた。まだ綺麗なものを手中に収めることは怖いけれど、今度は失敗しないでみせる。機会を作ってくれたノエルに感謝しつつ、俺は想いを伝えるためにもう一度キスをした。
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