イヴェサン/けものみみ

どうしたもんかと頭を捻るが一向に解決策が見当たらない。元気付けるために奮発して美味しいワインを買ってきたのだが果たしてそれを喜ぶ気力が彼にあるのか。夕食だってせっかく買ってきたのに手を付けないかもしれない。手のなかにある夕食とワインとちょっとしたつまみが入った袋が妙に重く感じた。まともな食事を食べられるお金が手元にあることだけが救いだ。この状態ではローランサンは絶対に外に出ようとしないから、仕事なんてできるわけがない。
都市の隅の隅に小さな宿があって俺たちは今そこで生活している。古びたドアに手を掛けて押すと軋んだ音が響いた。いやな音だ。袋をテーブルの上に置き、ベッドの上を見ると見事に毛布の膨らみが出来ていた。今朝と変わらない様子に溜息しか出ない。

「サン、飯」

「いらない」

「いい加減出てこいって…」

「気持ち悪い」

重症だ。この状態ならワインをちらつかせても無駄だろう。俺は夕食を後にしてブーツを脱ぐとベッドに上がった。うんうん唸っているローランサンに覆い被さる毛布を取り上げる。物凄く嫌そうな顔をされたが、それよりも頭とお尻に目線がいった。白い毛に包まれた人間にはありえないふわふわ。

―――いきなり猫耳と尻尾が生えるってどんな病気なんだろう。

「…も、見るなばか!馬鹿イヴェール!」

必死に俺が取り上げた毛布を掴もうとあがくが、弱り切ったローランサンは相手にもならない。ベッドの下へと毛布を追いやって改めてローランサンを眺めた。彼はこちらを決して見ようとしない。恥ずかしいというよりは本当に嫌なのだろう。彼は極度の猫嫌いだから。下がった耳と尻尾がその感情を表現していて苛めすぎたかと思ったが、だからといって引き下がるわけにはいかない。彼は朝からこの調子なのだ。いつまでもどんよりしていられると気持ち悪い。なによりウザイ。

「可愛いよ耳も尻尾も。飾りだと思いなよ」

「無理…鳥肌が止まんねぇ」

「鳥肌…ねぇ」

「今夜寝られないかも」

「そこまでか?」

ズボンからはみ出した尻尾を踏まないように気を付けてローランサンの目の前に座る。向かい合う体勢なので目もとが赤いのがよく分かった。俺が居ない間とかに泣いたのだろうか。犬やうさぎだったらまだ精神的に耐えられたのだろうが何故よりによって猫なのだろう。俺が猫に抱く印象は路地裏でごろごろして汚いなあというのしかない。あと外で食べていると勝手にパンとか奪いに来る小さい盗賊。そこだけ考えればローランサンに当てはまらなくはないか。

「まあ…別の意味で寝られなさそうだな。隣で寝たら尻尾踏みそうで怖い」

「良いよ今日起きてるから」

「馬鹿、寝とけ。明日に響く」

「響いていい。明日どうせ仕事ないだろ」

確かにそうだけど。しかしだからと言ってぐだぐだされるとこちらも困るのだ。咎めるようにばしんと頭を叩くとようやくローランサンはこちらを向いた。銀色の瞳と目が合う。白い耳と若干同じ色で尻尾もそうだった。試しに撫でてやると顔は嫌がっているのに尻尾がゆらりと動く。きょとんとしているローランサンの様子を見ると本人の意志とは関係が無いらしい。なるほど、ちょっとおもしろいかも。

「もしイヴェールが気を遣って寝られないっていうなら、俺がソファー行くからさ。お前は気にすんなよ」

「…じゃあ、今日は二人とも起きているか」

「は?」

俺の話聞いてた?と眉をしかめるローランサンの鼻先をぺろりと舐める。するとびっくりしたのか耳がぴんと起き上がった。尻尾も毛が逆立っている。単に驚いただけなのだろうがその反応がとてもおもしろかった。もっとやりたくなってくる。
俺の態度の急変が何を物語っているのか、何度もともに夜を過ごしてきたローランサンなら分かるだろう。するりと頬に手を寄せてキスをすると意味が理解できたのか暴れ始めた。それを押さえ付けて舌を入れ、絡ませ、唾液を飲ませる。ごくんと鳴る喉が興奮を後押しした。唇を離すと銀の糸が引く。

「…は、ぁう…イヴェ」

「その気になったか」

「…俺こんな状態なのに?」

「嫌なら止めるぞ」

まあキスをした後だから言うんですけど。
案の定一度熱を昂ぶらせたローランサンの腰は無意識に揺れている。顔は燃えているくらいに赤いし、ちらちらと不安げにこちらを覗く瞳は完全に酔っていた。キスひとつでここまで興奮するのはめずらしいが今が猫の姿なら野生の本能が表に出ても不思議ではない。季節的にはちょっと遅いけど。

「ここまでしといて…」

「予想どおりだな」

「イヴェールの鬼畜…!」

お前なんか嫌いだ!と喚くうるさい唇はキスで封じてやった。飽きることなく喚くけれど、鬼畜なのはローランサン限定だ。今日は寝ないってうるさいからローランサン曰く鬼畜な俺は寝かせることに専念しよう。十分遊んだら眠れるようになるのではないだろうか。


「さっきも思ったけどさ」

「んあ」

「舌もざらざらしてるよな。あと犬歯凄い」

「…イヴェール」

うるさい、と言わんばかりに肩を叩かれる。さっさと終わらせたいとかそういう意味もあるのだろうがこっちは普段とは違う相方の触り心地を堪能中なのだから邪魔しないで欲しい。片手は胸の尖を弄りながらもう片方は耳の方に回っていた。神経が通っているのか俺の手の音を追い掛けるようにぴくぴく動いているのが可愛い。暖かくて、柔らかい。内側のもっと柔らかい部分に触れようとするとローランサンから咎めるような声が上がった。擽ったいのか逃げるように身を捩り俺に背を向ける。仕方ないので今度は肩甲骨に噛み付きながら尻よりすこし上に生えているふさふさなものに手を触れてみた。途端にひっと高い悲鳴が上がる。

「ど、ど、何処触って…!!」

「尻尾」

「うわ、ちょ、んなとこ触るなっ。何考えてんだよ!」

「何って、いやらしいこと」

先っぽから根元までぐいっと扱くように触れていくと、まるで自身に直接触れていくような声を上げるからこちらの方が驚いてしまった。くたりと力が抜けてシーツに上半身を預けてしまう。なんかいつもよりいやらしい。ローランサンのくせに。きっと可愛らしい顔をしているんだろうけどこちらからでは顔を見られないのが残念だ。盗賊なんて職業に就いてはいるけれど、この行為をする間はローランサンも人の子に戻る。気持ち良いことには気持ち良さそうにするし、泣くし、たまに口角を吊り上げることもせずに笑う。それが俺は好きだった。盗賊の時に輝く彼の銀色が一番好きだけどこうして俺の下でひんひん鳴いているのもとてもそそられる。これだから彼と一緒に居ると飽きない。顔を見たいと彼の大きな耳に囁くとぴくりと反応してこちらを向いた。素直なのは頭が浮かれている証拠なのかもしれない。褒美に鼻にキスをして、さてどうしてやろうかと一度尻尾を扱く手を止めた。それでもゆらりと揺れる尻尾は先を求めるように俺の腕に擦り寄る。

「誘ってんのか…」

「は?」

「いや、なんでもない」

そういえば無自覚だった。不思議そうにこちらを見るローランサンの声は自分の下半身のことなど全く気付いていないようだ。きょとんと首を傾げる動作も猫みたいだ。先日偶然近くを通った花屋でそこの看板娘が綺麗な白猫に餌をやっていたとき、その猫も少女の言葉に首を傾げる動作をしていた気がする。ローランサンは猫嫌いだけどもしかしてそれは同族嫌悪なのだろか。本人に言ったら思い切り殴られるから言わないけど。
折角だし猫であることを利用しても良いかな。良い玩具を手元に見つけた俺は再度それを掴んだ。ふぎゃとローランサンが悲鳴を上げる。何その可愛くない悲鳴。

「ちょっと仰向けに…」

「え、え?」

「うん、そのまま。足広げておいて」

「…イヴェ?」

物凄く怪訝な顔をしてこちらを見てくる。俺は足で地面に転がっているローションの入れ物を取り、ベッドに上げるとそれをローランサンの後ろに垂らした。冷たいのだろう、シーツを何度も蹴り始めた。

「わ、や…つめた、」

「すぐ気持ち良くなる」

震えだした足先を撫でて落ち着かせてベッドとローランサンの体に挟まれている尻尾をゆっくりと扱いた。同時にローランサンの顔が歪み、自身が熱を持ち始める。やはり前の方が彼の反応が分かりやすくて好きかもしれない。ぐいとローランサンの片足の太股を持ち上げて見えた場所に尻尾を近付けた。

「は」

ローランサンの息が止まって震えた。

「うわ…っ!ちょ、なにしてんだイヴェールっ!ああばかやめ入れるな阿呆!!」

「え、気持ち良いと思うんだけど」

「変態…!っあ」

有無を言わさず尻尾を後ろにあてがって奥に入れ込む。抵抗するように動くがそのたびに自分の中を引っ掻くのか暴れることでローランサンは段々と追い詰められていった。俺は黙ったまま尻尾をすべて入れて、彼から体を退ける。仰向けでお腹を見せるポーズは動物にとっては弱点を見せるってことで、つまり降参だということ。尻尾と耳が生えているローランサンは猫そのもので、そうさせていることに体の熱が沸き上がった。普段の彼の顔を良く知っている俺だから尚更。

「…ふ、ああ、あ、やだ、イヴェール…」

「自分で取れないのか?」

「う、むり、ぃ」

すでにその努力はしているのだろうがどちらも性感帯だからうまく動いてくれないのだ。尻尾を抜こうとすれば中が締まり、その衝動に驚いてまた尻尾が跳ねる。あがけばあがくほど己を苛めることになる。泥沼状態だ。俺が手を出さなくても一人で勝手に快楽の波に飲まれるローランサンを見下ろす感覚は、自慰している彼を眺めているのと同じだった。屈んで涙を耐えず流す自身をぴんと弾くと女みたいな高い声を上げる。

「っあ!やぁ、あ」

「すっごいいやらしいな…」

「イヴェ、あ、もう…!んん」

「もう、何?」

するりと自身を撫でながらローランサンに顔を近付ける。目元を赤く染めた彼は精一杯腕をのばして俺の首に絡み付いた。それに驚いてシーツに手をついて体勢を整えると、その隙を狙ってか彼は唇を押しあてた。奪うような感覚に近い獣同士のキス。目を開いて見つめたローランサンの表情には全く余裕がなくて、その表情に見入った俺は自身を擦ることも忘れてしまっていた。多分キスで俺に興奮しろと、ローランサンはそう言いたいのだろう。この行為の切っ掛けはそもそも俺がこいつにキスをしたからだ。彼はキスにどんな意味があるか知っている。耐えないで欲しいと、興奮して、相手しか見えなくなって、そのままその手で触って欲しいと、ローランサンはそう言っているように見えた。

「分かった」

これ以上いじめるのはさすがに可愛そうだ。俺は唇を離すとローランサンの尻尾を掴んで抜いた。ローション塗れになったそれが酷く卑猥で背中に熱が駆け巡る。

「いれるよ」

「ぁ、は」

ローランサンが首を縦に振るのを確認して彼の腰を掴み一気に奥へと入れた。漸く訪れる二人の行為にローランサンは快楽に歪んだ表情の中で安堵の色を浮かべる。その顔に罪悪感に似たものを抱いた。そこまで心配しなくて良いのに。彼が思うほど俺に余裕なんてない。キスをされる前から俺は限界だったのだから、そんなに必死に手を伸ばさなくたってとっくに俺は彼に溺れてしまっている。逃げられないように鎖で縛られているのはきっと俺の方。彼は自分が鎖を持っていることを自覚していないだけなんだ。

「サ、ローランサン…」

「あ、はっ、イヴェ、ん、っあああ…!」

互いをこれでもかというほど抱き合い、快楽の深海に同時に飛び落ちた。



「この、変態…!!」

「あはは」

「あははじゃねぇ!なんで尻尾入れるんだよ!普通考えつかないっつの!」

「え、気持ち良かった?」

「言ってない。言ってねぇよイヴェール」

「まあまあ、尻尾も耳も消えたし良かったじゃないか。貴重な経験だと思いなよ」

「うわ……もうやだこいつ…」

「素敵な褒め言葉ありがとう」 

「褒めてねぇ!!」

「えー」

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