「兄さん」

カラリと暗い入り口が開いた音と、人の声で目が覚めた。闇の中に光が入ってくる。膝元のローランサンを見下ろせばまだぐっすり眠っていた。次に目の前に視線を向ければ、この馬車の運転手である商人の若い男がこちらを眺めている。

「起こしてすまんな。馬の交換も含め少し休憩しようと思うんだが、お前さんも外出るかい?」

耳をすませば、ガヤガヤと賑やかな雑音が響いてくる。どうやら街に着いたようだ。空気も悪いし一度外で体をのばしたいが、ローランサンの体調を聞いてからの方が良いだろう。

「あとで決めます。友人も具合悪そうだし」

「そういやこいつ大丈夫か?乗る前からかなりぐったりしていたが」

「大丈夫だと思います。彼は丈夫だけが取り柄なので」

「そうか。さっさと出発して目的地に向かった方が良いかな」

「ああ、そちらの方が有り難いです」

にこりと微笑むと、運転手はお大事にと紡いでから入り口を閉じた。また辺りが暗くなる。雑音も遠くなり、辺りがしいんと静まり返った。唯一響くのがローランサンの寝息。
あんなに眠れないと喚いていたくせに、なんて安心しきった寝顔だ。この様子だと悪夢は見ていないのだろう。最近彼の眠っている姿は眺めていないから、なんだかめずらしく感じた。おかしなことだ、いつも隣で寝ているのに。

「サン、起きろ」

軽く肩を揺すって名前を呼ぶ。すると小さく呻いて彼は瞳を開いた。寝呆けたような阿呆面が視界に飛び込んできて、思わず吹き出す。

「休憩だって。外出るか?」

「…ぅ、ん?……いいや」

寝ぼけているなりに俺の言葉の意味を理解できたのだろう。曖昧な返事だがちゃんと答えてきた。ふうんと呟いて、再びローランサンを眺める。
完全に覚醒してないのだろう。二度寝しようとはしていないが、まだ瞳に光が灯ってない。俺じゃない違う方向を見て呆然としている。

「良い夢見た?」

「……おぼえてねぇ」

「じゃあ悪い夢は見てないな」

よくやった、えらいなと頭を撫でてやる。するとむっとした顔で手を払ってきた。ようやくいつもの調子に戻ってきた。
長い時間(俺も寝てたから時間の感覚は朧気だが)休んでいたから少しは体力や気力が戻ってきたのだろう。やはり人間は睡眠を取らないと生きていけない。とりあえず幽霊に憑かれたような表情は消えていたので安堵した。安心したから、ローランサンに顔を近付けて首筋をぺろりと舐めた。とんだ挨拶代わりのつもりだったのに、彼はびくりと反応する。

「、にすんだよてめぇ。盛ってんのか」

そして一気に機嫌を悪くして俺をにらみつけてきた。別に盛ってるわけじゃないけど、と言い返そうとしてやめた。ふと見下ろしたローランサンの顔は上気し、目が寝起きでとろんとしていてなんだか少し色っぽい。まさに据え膳、俎板の上の鯉だ。これで盛るなというほうが無理な相談だ。
口角を意地悪く吊り上げて笑った。いつものローランサンを意識して笑ってみたのだが何故か本人がびくりと体を強張らせておとなしくなった。お前いつもこうやって笑ってるの自覚ないのか。

「少しは元気出てきただろ?ヤろっか」

「…っば、馬鹿!此処馬車だろ!?せめて着いてからにしろよ!」

「はあ?人のこと散々待たせておいてまだ待たせる気なのか?」

不機嫌を装って吐き捨てればローランサンはもう言葉を紡がなくなった。相変わらず単純な男だ。そういうとこが好きだったりもするんだけどな。
膝に乗せていた頭を床に落として、一度立ち上がった。しばらく動いてなかった足は立っただけなのに軋んでいる。
そのまま見下ろせば寝転がったまま固まっているローランサンと目が合った。慌てて逸らそうとする顔を掴んでこちらを向かせる。

「少しくらい付き合えよ」

「………お前、ほんとばかやろ…」

おとなしくなったのを良いことに、もとから少し着崩れていた服の留め具を全て外した。それに満足して、そのまま赤い唇に噛みつくように口付けた。





「兄さん?そろそろ出るよ」

「はい」

外の世界から聞き慣れた声が響いてくる。先程の運転手だ。出来るだけ声を落ち着かせて返事をする。苦労した甲斐あってあちらは全く異変に気付いてないみたいだ。
しかし反対に、組み敷いたローランサンはびくりと肩を震わせる。あわてて抵抗しようと身動ぐが、縛った両腕の所為でそれも些細なものとなる。動いたときに入れたものが擦れたのか、見下ろした彼の顔はますます泣きそうになっていた。というかすでに泣いているが。

「あの、すみませんがもう少し穏やかに運転してもらっていいですか?病人がいるので」

「ああそれは安心しな。ここから先は整備された道が多い。さっきみたいな獣道は通らないよ」

「そうですか」

がたんと男が前の席に座った音、鞭の音、馬の足音。全てが大げさに響いて少し煩わしかった。馬車は何事もないかのように動きだす。
俺は目の前のしゃっくり上げてるローランサンに苦笑した。先程の音も、俺と男の何でもない会話も、全部彼の刺激になっているに違いない。

「…、病人って…よく言うぜ。お前なんで、その病人に手出してんだよ」

「親切は素直に受け取れよ。揺れたら中に響くだろうし、病人だって思わせといたらお前の喘ぎ声を病人の苦しんだ呻き声だって勘違いしてくれるかもじゃん」

「…っってめぇぶっ殺す!!」

「あーだから叫ぶな!向こうに聞こえるから!」

いきなり形相を変えて暴れだすローランサンを押さえ付ける。中は入ったままなのに何でこんなに元気なんだろう。朝までの彼は何処へ消えたのか。
まだ暴れているローランサンに、黙れの意味を込めて奥に思い切り打ち込むと、高い声を上げて漸く抵抗を止めた。溜息をついて首筋にがぶりと噛み付く。

「ったい、いてぇ…。いてぇよ」

「これだけでもかなり感じてるけど。ほんとローランサンって少し気が乗らないと素直じゃなくなるよな」

「…うっ、さい…ふっ…ぁ、あ、ん」

足を折り曲げて肩に乗せ、律動を開始する。暇になった手はたまにするりと内股を撫で熱を煽った。体は素直なもので、もう中心が熱くなっている。

「あぅ!…っふ、んあ…あ、さわん、な…!」

「触んなきゃ出来ないだろ馬鹿。それとも放置してほしいのか」

「…おまえ、ここまでやっときながら…っ」

泣くか怒るか赤くなるかどっちかにしろよ。
ここまでくるくると表情が変わるローランサンも最近は見ない。本当に今日は久々なことが多い日だ。寝不足という枷が外れた今、外してやった俺に礼を言うのは当たり前だと思うけど、

「…言うか、っばーか!」

らしいので、せめて体は預けてくれても問題はないと思う。わがままか俺。
律動を止めないままずっとローランサンの顔を見下ろしていた。彼は感じているものの、羞恥からか必要以上の声は出さないようにと口をしっかりと閉じていた。息遣いだけが荒い。それでは苦しいだろう。

「サン、声出しなよ。つらいだろ?」

「っ、叫ぶなとか、声出せとか、矛盾してんだよ馬鹿イヴェ、っ」

「じゃあ出して?可愛い声でなけるだろ?」

「――っ、ああ!あ、ん」

ぎゅ、と中心を柔く掴んで快楽を引き出すように激しく擦る。顔には口付けの雨を降らし、律動を止めるどころか奥へ奥へと入り込んだ。ローランサンの声が響く。これは間違いなく運転手まで聞こえているな。
耐えていても、知り尽くした体を限界まで追い詰めるのはかなり簡単で、ローランサンの泣き声も切迫詰まっていた。そろそろイクなと察して、中心を強く扱く。同時にローランサンは声を喉に引っ掛けて白濁を吐き出した。




入り口が開かれ、見えたのは緑豊かな美しい村。森がすぐ近くに見えて、ずっと狭い場所に閉じ込められていた俺にとってはまさに楽園だった。空気もおいしい。
隣では完全に拗ねているローランサンが一言もしゃべらず景色を眺めていたが、彼もそれなりに嬉しいらしい。纏う空気は不機嫌ではない。

「長旅ご苦労さん。じゃ、俺はこれで」

「ありがとうございます」

「その白い兄さんも病気治ったみてーで良かったな。呻き声が悲痛ですげぇ心配したんだぜ?」

「………」

ローランサンがじろりとこちらを睨んできているのがよく分かる。出来るだけ目を合わせないようにしているのに何でだろう。
その後、運転手を見送って、俺らは宿を探すために村の中へ入った。金が尽きるまでは出来るだけ長く居たい。かなり気に入ってしまった。

「さあて、風呂だ!」

「ばかやろう仕事探すのが先だよ!」

勢いに乗って騒いだ俺をローランサンが咎める。本当に元気だ。回復力が高い。
そうだなあと適当にあしらいながら歩を進めていった。もう少しで、日が沈みそうだ。

―――
ツンデレ受け裏が書きたかっただけ。
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