サンイヴェ

Et maintenant,que vais-je faire?
Je vais-en rire pour ne plus pleurer.  
Je vais bruler des nuits entieres.
Au matin je te hairai.
Et puis un soir dans mon miroir
Je varrai bian la fin du chemin.
Pas-une fleur et pas de pleurs,
Au moment de l'Adieu.
Je n'ai vraiment plus rian-a' faire.
je n'ai vraiment plus rian.



髪を掴まれたと思ったら、物凄い力で壁に叩きつけられた。鋭い痛みが体中を駆け回り、俺は悲鳴を上げることも忘れて床に蹲った。体勢を整えようとしても、体が全く言うことを利いてくれない。既に右腕一本は折れてしまっているようだ。
顔だけ上げると、冷えた獣のような瞳で自分を見下ろしている相方が視界に移った。

「…ローラン…サン…」

震えた唇で相方の名を紡ぐ。意味は無いと判っていた。
ローランサンは、俺の反応が気に入ったのか、いつもとは別人のように口角を上げると腕を引っ張り上げ、身体を傍のベッドの放り投げた。
体の細さは自分と全く変わらないのに、何処からそんな力が出てくるのだろう。
硬いベッドに叩きつけられ、殴られ蹴られを繰り返された身体は所々で悲鳴を上げた。それに耐えている隙に、上にローランサンが馬乗りになる。

「……サン…」

「呼ぶんじゃねぇ」

シャツのボタンを外され、肌に這う指の冷たさに耐えながら、何ともいえない感情に支配され、縋るように唇は相方の名を呼んだ。すると、今まで聞いたことが無いほど冷たい声が返ってくる。出逢って初めて、本気でローランサンに拒まれた気がした。銀色の瞳には確かに俺が映っているけれど、彼は目の前の人間なんか見ていないだろう。彼は何処か遠くを見ていた。俺が手を伸ばしたところで届く筈も無い所。

「俺をそう呼ぶな」

ローランサンはもう一度そう告げると、身体に残る傷跡に顔を近づけて舐めた。僅かに疼く痛みに思わず顔を顰める。手を伸ばしてローランサンに触れようとしても、逆に取られベッドに押し付けられた。今まで付けられたいくつもの傷よりも、動かない左腕から伝わる痛みの方が遥かに酷く感じられた。そんなに強く抑え付けなくても、俺は拒みはしないのに。

人を傷付けるには、ほんの些細なことでも十分なのだろう。それだけで人間という脆い生き物は、何年も、何十年も長い間、癒えない傷を抱えてしまう。
ローランサンも同じだった。彼が探す死神は彼にどんな悲劇を見せ、突きつけ、どれだけの傷跡と罪の意識を背負わせただろう。その過去の惨状は今になっても彼の頭の中に鮮明に蘇り、何度でも彼を責め続けている筈だ。
気が済むまで俺を殴り、朝が来るまで犯し続けるのはそんな彼の、彼なりの甘えだと知っていた。きっと過去に依存していた想い人が居たのだろう。
だから俺はその人間の代わりで無ければならなかった。本来ローランサンが縋る筈だった人間は、俺ではなくその想い人なのだから。

「…抵抗しねぇのか」

ズボンと下着を脱がされた状態の俺を見下ろし、ローランサンは薄っすら笑った。作ったような嘲笑が顔を刻む。視線を横に移せば、いつの間にかベルトが放ってあった。相変わらず早業だ。此処まで事を進めておいて、何が抵抗しないのか、だ。そういうのは押し倒す前に言って欲しい。
それらしく拒んでやろうかと思ったが、右腕は折れ左腕はローランサンに押さえつけられているのだ。動かせる訳が無い。
自分の哀れな姿に自嘲し、相方を見上げた。左手の指を僅かに動かす。

「痛い」

きっぱりと告げれば、彼は口角を上げて左腕から手を退けると、顔を近づけて口付けた。唇も切れていたのか痛みと共に鉄の味がした。
なんとなくだけれど、求めていたのは相方だけではなく、俺も同じだったんだろうなぁ、とキスの合間で思った。今までの行為とは違って、口付けた唇は酷く優しい。こういう所で泣きそうになる。
表面では無愛想で乱暴な男を貫いているが、彼が脆く馬鹿みたいに優しいことは長い付き合いで良く判っていた。そんな彼を、どうして俺が拒めるのか。

「……っ」

ローランサンは一度顔を離すと、俺を見下ろしながら軽く唇を噛んだ。僅かに顰められた顔が、何を思っているのかは判らない。
けれどまた手を伸ばしローランサンに触れようとすれば、今度は彼はその手を握り返し、女にするように手の甲に口付けた。

 


 
『赦さない』

支配するのは少女の声。「助けて」と叫ぶ声を振り切って逃げた俺への呪いの詩。
俺が彼女と同じ所へ逝かない限りこの罪は赦されることは決して無いだろう。それでも何度も滑稽に救いを求める自分が居る。
己への怒りは殆ど相方に向けられた。単なる八つ当たりでそれこそ俺が弱い存在である証拠なのに、全く抵抗しないイヴェールはそれさえも受け入れてくれている気がした。

泣きたくなる。
傷付けて傷付けて、得られるものなんて何も無いのに。失う事が怖いクセして、自ら離れようとする。



嗚呼、何て愚かなのだろう。
自分自身も、全て判っている相方も。
 


気付いたら朝が訪れていて、血が滴りまるで強盗が襲ったかのように物が散乱する部屋を日の光が映し出した。部屋も、イヴェールも汚したのは全て俺の所為。
折角手に入れた獲物は床に落ち、テーブルや椅子は悉く倒されていて、その横には割れたガラスが散らばっている。水差しも割れていて、中身が床に染み込んでいた。
ベッドの横には、イヴェールと俺の脱いだ物が折り重なっている。何も纏っていない彼の身体にはいくつも傷があって、その中には鬱血もあった。
人を信用しないと誓ったはずなのに、何て強い独占欲。これをつけて満足したつもりだろうか。どんなに想ったって、いつかは彼も俺から離れて逝ってしまうのに。風車の少女と同じ様に。

イヴェールを強く強く抱き締めて、存在を確かめる。
それは生きている者の温度、心音。
あの子とは違う。
あの子はもう、何処にもいない。
それでもこの身体と心は彼女を探し求めてしまうんだろう。

 

だけど、
 
  
 
なぁ、イヴェール。
頼むから、お前だけは彼女の代わりに成ろうとするな。
殴られたら、殴り返せば良い。
犯されそうになったら、抵抗すれば良い。
だから彼女でいようと思わないでくれ。
でなければいつかお前まで失うことになる。

 


嗚呼、何処か遠くの物語から、自分の声が聞こえる。
哀切と寂寥を紡いだ夜のうたごえ。

 
 
 
 
Et maintenant,que vais-je faire?
Je vais-en rire pour ne plus pleurer.  
Je vais bruler des nuits entieres.
Au matin je te hairai.
Et puis un soir dans mon miroir
Je varrai bian la fin du chemin.
Pas-une fleur et pas de pleurs,
Au moment de l'Adieu.
Je n'ai vraiment plus rian-a' faire.
je n'ai vraiment plus rian...
 

 
 
そして今はどうしようか?
もう泣かない為に僕はそんなことなど笑ってやろう
夜はことごとく焼き払ってやろう
夜明けには君を憎んでやろう
やがてある晩、僕の鏡の中に
はっきりと見えるだろう 旅路の果てが
一輪の花もなければ 涙も無いだろう
永遠の<別れ>の時には
僕には本当にもう何もすることが無い
僕には本当にもう何も無いのだ...
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