サンイヴェ

頭の後ろに回した手のひらを、ふわふわした柔らかい髪の間に滑らせる。首を撫でるたびにイヴェールは身動ぐから何だか面白かった。勿論、此処が弱いと知っている上での行為だ。
目の前にある唇に軽いキスを落として、軽く食む。舌で唇を撫でて開いてほしいと言葉を使わずに示した。大体こうすると余程機嫌が悪い時意外はイヴェールはちゃんと口を開いてくれる。今回も戸惑いつつも薄らと舌を覗かせたので、嬉しくなって自分のものと絡めた。そっと瞼を開いたときに見える僅かに震えた睫毛が愛しい。
それでもキスはイヴェールから積極的になってくれた方が気持ち良い。貴族のように甘く耽美なキスは、ただ乱暴に重ねるより一段と快楽を呼び出すのだ。彼は焦らすのが巧く、それが俺は少し苦手だけれど二人共に快楽を求めるこの行為は何度やっても飽きることはない。全ては互いの気分だからそう何度もというわけにはいかないけれど。

「……ふ、」

イヴェールの声が空気に震えた。息が苦しくなってきたのだろう。少し唇を離して待ってやれば、俺の意志を受けとってか彼は呼吸に専念した。息が荒いな、とそれを見て思考の片隅で思う。
その間にちらりとイヴェールの後ろに視線を合わせればボールに入ったチョコレートが視界に映った。この甘い香りが俺たちの思考を掻き回しているのかもしれない。チョコが媚薬だとは何処かで聞いた話だが、あながち間違ってはいない。
結局、陛下に叱られた俺はイヴェールに板チョコを押しつけるように渡した。なんの変哲もないただのチョコの塊だ。それなのにイヴェールは驚いた顔をして、本当に嬉しそうに礼を言ってくれた。その表情を見て少し心が痛んだ。折角イヴェールがチョコを作ろうとしていたのに何も考えずに断った俺は最低だった。
だからあげた板チョコで改めて作れば良いと思ったし、イヴェールは実際行動に移した。喧嘩したことなんてすっかり忘れてチョコを溶かすイヴェールの後ろ姿を見て、今更陛下から貰ったものだなんて言えるわけがない。いや、本当はそんなこと頭を掠めなかった。俺はイヴェールの姿を追うのに精一杯で、ふと気付いたらその肩を掴んで口付けていた。愛の日だからという言い訳を頭の中で付け加えて。つい先程まで愛の日の存在を否定していた愚か者が何を言ってるんだか。

「…、さん」

「ん?」

「……や、やるの?」

戸惑いがちに聞いてくる両の瞳は不安と期待を映し出していて、でも恍惚に溺れた光を輝かせていた。可愛いなとは彼に対して何度も思っている褒め言葉(本人にとっては貶し言葉)だけど、自覚していないから困ったものだ。イヴェールは自分のことを綺麗とか美しいとか、そういうことに価値は見いだしてないけれどきっと分かっていると思う。だから仕事に容姿を使うようなこともしている。
でも、行動ひとつひとつが人を絡め取るように魅了しているなんて絶対気付いていない。がっつりと捕われている人の中に俺がいることも気付いていない。それは恋とか愛ではないけれど、美しいというものには人間だれでも惹かれるのは当たり前だ。俺だって例外ではない。

「イヴェールが良いなら」

「………」

「駄目だっていうなら俺は我慢するけど」

「………ローランサンはずるい」

何がずるいと言うのだ。それを言うのなら、人を惹き付けておいて焦らすイヴェールの方がもっと悪質だ。
俺は息を吐き出すついでに笑って、イヴェールの唇を舐めた。「ん」と拒むように声を洩らす彼はやっぱり可愛い。結局折れたのは俺の方だ。

「嘘。我慢できないから、シよ?」

狭い台所で立ち尽くしていたイヴェールの手を引っ張って、ベッドへエスコートする。チョコが置いてあるテーブルを通り過ぎ、彼はベッドに腰を下ろした。
ようやく決心したのか、イヴェールは指先を自分の上着の留め具に移動させる。前髪で顔が隠れているから表情は見ることが出来ない。それを惜しいと思いながら、上半身だけ脱ぐイヴェールをじっと見下ろしていた。自分の服に手を掛けることなんてすっかりと忘れていて、ふと思い出した時にはイヴェールはこちらを見上げていた。慌ててブーツだけ脱ぎ捨てる。
俺がベッドに上がると、イヴェールは腰をずらして中心に寄った。その肩をシーツの上に縫い付ける。

「…俺が下?」

「当たり前だろ。何か疑問が?」

「大有りだ馬鹿。最近お前に見下ろされてばかりだ」

きょとんと首を傾げる。そうだったっけととぼけたら、イヴェールは悔しそうに唇を噛んだ。やると決めた時点で自分が下に回る気はさらさら無かったけれど、それはお互い様だったらしい。
俺たちっていつもこうだよなあと独り言のような呟きを漏らしながら、イヴェールの上半身にのしかかる。指先を滑らせて焦らすように愛撫した。いつも焦らされている仕返しみたいなものだ。

「……ん…?」

その時、快楽に打ち震えていたイヴェールの瞳が不思議そうに揺らいだ。明らかに視線の先は俺ではない。疑問に思って体を起こすとイヴェールもそれに倣い、指先でテーブルを指差した。

「ローランサン、なにあれ?」

「何って……」

一度ベッドから下りて指差した先を確かめると、テーブルの上にボールと、あと綺麗にラッピングされた箱がふたつ置かれていた。
イヴェールのことで完全にそのことを失念していた俺は、初めてそこで顔を青くする。陛下に板チョコ以外で貰った一番厄介なものだ。処理しようとずっと思っていたのに。
しかし欲望に近い興味もあった。一つを開けてみると、部屋の温度でどろどろに溶けている。

「……チョコ?」

「陛下から貰ったんだが、見事に溶けてるな…」

「本当だ。後で固めて食うか?」

「……あ――」

何も知らないイヴェールの言葉に何故か罪悪感が増した。俺は何もしていないというのに。
隠しても仕方ないので本当のことを話す。開けた箱は黄色いリボンに飾られていた。

「これ、媚薬だよ」

「びやく?本当か?」

「うん。処理しようとして忘れてた」

「処理って…食う的な意味で?」

「捨てる的な意味だよ!」

チョコを見せるようにベッドまで運んでいき、二つのうちのひとつをイヴェールの前に出す。興味深く彼が覗き込むそれは、外見に目立った変化はなくただのチョコに見える。飾り気が無くあまり美味しそうには見られなかった。
でもイヴェールにとっては違ったようだ。

「面白そうだな」

「え」

イヴェールの言葉に思わず固まる。彼は戸惑いもなく指先を箱に突っ込んでチョコを指に絡め取った。食わされると思って慌てて距離を取ったが、イヴェールの指は彼自身の口に運ばれた。

「……イ、ヴェール…?」

「甘い」

そりゃ甘いだろう。媚薬入ってるんだから。
まともな反応が出来ずイヴェールを呆然と見つめることしか出来なかった。次々にチョコを舐める彼は先程の恥じらいとか戸惑いとか完全に何処かに捨てている。腕まで滴れたチョコをぺろりと美味しそうに舐めて、イヴェールはこちらを向いて妖艶に笑った。

「サン、続きしようか」

―――これじゃあどちらが押し倒されているんだか分からない。




溶けたチョコは何かの策略としか思えなかった。初めは使うことを否定していたのに、今では指全体に馴染ませ感触を楽しんでいる始末。欲望に忠実な俺が自分を抑えようと考えること自体間違っていたんだ。
熱で火照った体にチョコを塗り付け、赤く腫れた尖を舐める。イヴェールは直接媚薬を口に含んだためか、驚くほどに敏感だった。体を触っているだけなのに、下着を脱がせばあっさりと反応している自身が露になった。

「…あ、やっ、さん」

「じわじわきてるっぽいな。体熱い……」

自身に指を這わせれば、びくんと体が跳ねる。それだけで達しそうだった。
辛そうなイヴェールが可哀想だから焦らすのはもう止めておく。震える睫毛に出来るだけ優しく口付けて、チョコがたっぷりと絡んだ指で自身を撫でた。

「い、ぁっ!いや、サン、やっ」

「一度いけ、楽になるから」

「んんんぅ…っ」

べっとりしたチョコと先走りが交ざって、自身も手のひらも酷く快楽を煽ってくる。媚薬の入ったチョコなんだから、少しこれはやりすぎたかもしれない。でも止められなくて、頭を落とし自身を舐めた。チョコの味を甘ったるく感じながら、それを一気に含む。慣れない行為は結構辛いが、イヴェールが気持ち良いなら何でも良い。

「はぁ、ああっ」

「…ふ、ぅ」

イヴェールの声と共に吐き出された口に残る白濁の感触。感じてくれたことが嬉しくて、我慢して全部飲み干した。口元に残ったチョコや精液かよく分からないものを拭い、再びイヴェールに覆い被さる。

「気持ち良かった?」

「…あ、サン…たりな、たりない…っ」

「ん、イヴェえろいな…」

「ばか…、ぁ」

指摘されたのが恥ずかしかったのか、イヴェールは赤かった顔をさらに真っ赤にさせた。慌ててシーツを握っていた手のひらを顔に移動させて腕で全て隠してしまう。
もっとイヴェールの表情を見たかった俺はそれが凄く嫌で、無理矢理腕を剥がそうとした。しかし彼は譲らない。

「顔見せろよ」

「っや、やだ!こんな時の、みせられるか…っ」

「イヴェール…」

ふるふると頑なに首を振って拒絶するイヴェールの肩は震えていた。しゃっくりを上げ始める声はもしかしたら泣いているのかもしれない。
俺は耳元で顔を見せてほしいと囁いた。独り善がりの行為なんて寂しすぎる。セックスの最中で顔を隠すなんて反則だ。
なによりイヴェールのひとつひとつの表情を見たかった。

「……ふ」

ゆっくりと腕を退かせて、再びシーツに縫い付ける。観念したのかイヴェールはようやくこちらを向いた。
眉毛は情けなく垂れ下がり、両の瞳は涙で濡れている。飲み込めない唾液が零れおちていて酷く淫乱に見えた。そんなことを言ったら一生顔を見せてくれなさそうだけど。

「可愛い」

そう言って貪るように瞼に口付ける。声を聞いたイヴェールの表情は明らかに動揺していた。
太股に指を滑らせて足を開かせる。そのたびにチョコが肌を滑り落ちていて擽ったそうだった。一度行為を止めて体を離し、抵抗が一切見られなくなったイヴェールの目の前で服を脱ぎ捨てていく。上も下もベッドの下に乱雑に落とした。ふと見下ろしたイヴェールは顔を逸らして打ち上がる快楽を必死に耐えていた。脱ぎ終わった俺は震えている足に口付ける。

「…っあ、ぅ」

「大丈夫?」

いつもの情事よりは言葉数が少ない気がしてイヴェールに声を掛ける。少し落ち着いた様子の彼は、それでも俺と目を合わせるのを戸惑っていた。

「…こっち向いて」

「嫌、だ」

「なんでだよ」

「……だって、なんかおかしい…。媚薬、こんなんだとは思ってなくて」

「こんなって?」

質問に質問を重ねると恥ずかしいのかイヴェールは表情を隠したそうに身を捩った。すぐさま腕をベッドに拘束し動きを封じる。あまり不自由にはさせたくなかったがこればかりは俺も譲れない。
イヴェールは泣きそうな顔をして俺を見上げた。離して、と唇が動いたのを見たけど首を横に振る。代わりに言葉の続きを求めると、彼は瞳を伏せた。

「…お前が何かするたびにおかしくなるのが、すごく怖い」

不安に揺れている割りには何処か冷静な声だった。イヴェールの本心がそこにしっかりと見えた。俺はなんと答えれば良いのかよく分からなくて言葉の代わりに額にキスを落とした。興味本位で口にした媚薬が快楽を引き起こすだけなら未だしも、まさか自我を内側から崩していくなんて夢にも思わなかったのだろう。イヴェールはそのことに戸惑っているのだ。恥ずかしいとか、そういうことだけなら今までの行為だって同じはずだ。

「…大丈夫だ、俺しか見てないし」

ぽつりと言葉を落とすと、イヴェールはきょとんと首を傾げた。

「だから俺しか見るな」

腕をのばしてイヴェールの頬に触れ、こちらを向かせた。腕の束縛は解いてしまったのに、もう彼は顔を隠そうとはしなかった。
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