(※若干グロい描写を含みます)



小さい時にさあ。ああ、あれは何時だったっけ。多分俺が15か16くらいの時だったかな。まだイヴェールに会ってなかった当時の俺は、一人で色々な街を放浪していたんだ。勿論赤い髪の男を見つけ出すためだけど、その為には自分が生きてなきゃ意味がない。着いた街の所々で金になることなら何でもやっていた。
でもそうは言ってもまだ15,6の子供だ。世の中を上手く渡る器用さなんて持ち合わせているわけがない。へますることだって頻繁にあったし、殺されかけたことも何度もあった。中でも記憶に残る壮絶な経験をしたのはその頃だ。

ある日目を覚ますと俺の両手両足は鎖で繋がられていた。辺りは窓一つない灰色の壁で囲まれている。目の前には重そうな扉があって、勿論閉じられている。なんと驚くことに俺は監禁されてしまったらしい。目を覚ました俺はまず状況を確認した。手首、足首に絡み付いている鎖は案外長くて、そして太い。かなり太い。持ってみると結構重かった。鎖を辿ってみると俺が背にしているベッドに繋がられていて、引っ張ってみたけれどビクともしなかった。しかし、前述した通りこれが長いのだ。立ち上がることも容易だったしある程度なら歩けそうだった。身動きが取れることを確認した俺は、立ち上がるとドアの方まで歩いてみた。だけど一メートル前でストップ。まあこれでドアに手が届いたら爆笑ものだけどな。
武器であるエペノワールは無かった。そして一番疑問だったのが、何故か俺の左手首の鎖が隣で倒れている人間の首に巻き付いていることだ。長さがあるので動きに不自由は無いが、わざわざ見知らぬ他人と仲良く鎖に繋がられている意味が分からない。救いだったのが倒れている人間が女性だったことくらいか。これがむさい男だったら嫌悪感で苛立ちが増していただろう。女性だったことが後に惨劇を産んでしまうのだけど、まだその事を予想だにしていない俺は、まあそう考えるくらいは頭が冷静だった。だから鎖をジャラジャラ鳴らしながら倒れている女性の様子を上から眺めてみた。
美人だった。死んでいるのかと思いきや、胸が上下している。生きていた。足を怪我しているようで血がドクドクと流れている。それによる発熱か変な薬または毒を飲まされたのかは知らないが、顔が火照っていて息が酷く荒かった。これは放っておいても死ぬかもしれない。そんな状態だった。女は俺を見上げて、助けが来たのかと勘違いしたのか涙を流して頬を緩ませた。その首に巻かれている鎖の行き先を確認すれば俺も被害者だって分かるだろうに、可哀想にそんな余裕も無いくらい切羽詰まった状態らしい。まあ誰だってこんなところに閉じ込められたら混乱もする。俺はそこまで観察して気づいた。俺らを此処に閉じ込めた犯人は、俺に恨みを抱いていたわけでも、盗賊が死ぬほど嫌いだったわけでも、正義の味方でも無かったんだ。なんとただの変態だった!鎖に繋がられていていつ死ぬか分からない恐怖にあわてふためく見知らぬ他人を高みの見物することで興奮出来る特殊能力を持った人だったんだ。笑えないくらい面白い話で吐き気がした。
今後の身の振り方について考えていると、重い扉が開いた。年がいった男が入ってくる。身形を見る限り不自由な生活はしていない感じだった。最近はこういう金に困ってないやつの方が良く分からない性癖を持っていたりするから救えない。隣国の女王が若い娘の血を若返りの妙薬として飲んでいたという噂も一時期色んな所で囁かれていた気がする。馬鹿馬鹿しい話だ。被害に遭う人間からしてみれば迷惑以外の何物でもない。
おっさんは鈍い色を光らせる大剣を持っていた。殺されると覚悟したが、彼は何故か女性の傍に近づいた。恐怖で顔をぐちゃぐちゃにした彼女の横に膝をついて「解熱剤だ」と囁くと無理矢理彼女の口に手に持っていたものを放り込み、鼻を塞いで飲ませた。その時、薬がじゃらじゃらと金属みたいな音を響かせていたのに俺は目を見開いた。咄嗟に察する。薬じゃない、何かを飲ませたのだ。しかし彼の命令に背いてそれを吐き出したら、今度こそ殺されることを覚悟しなくてはならない。女はおとなしく喉を鳴らして金属を飲み込んだ。それに満足したらしいドSで変態なおっさん(俺命名)は俺の目の前まで近づいてくると、乱暴に手に持っていたものを俺の近くに放り投げた。さっきまで持っていた大剣だ。目を凝らして見てみればエペノワールだった。なるほど変態であるおっさんはこれで俺に自分の頭を叩き割ってほしいとお願いしているのか臨むところだとエペを手に足を踏み出したが、おっさんはすでにドアの一メートルより手前に居た。俺のリーチ外に出たおっさんはそのまま扉を閉めて消えてしまう。意味が分からなかった。
しかしエペが手にあるのならこちらのものだ。俺は女と自分を結ぶ鎖に向かって思い切りエペを振り落とした。だがこれが全く刃が立たない。ギン、と耳に痛い音を響かせるだけでびくともしない。鎖は太かったのだ。錨を結ぶ鎖くらいには太いような気がする。ああ、そうなのだ。鎖は太いことが前提だ。太くなきゃ剣を持った人間を閉じ込めていられない。そして俺はもう一つの前提に気づく。鎖は太いが、驚くくらいには長かった。――そう、隣にいる女の元へ歩けるくらいには。



その女は先程何かを食べさせられていなかったか。じゃらじゃらと金属音を響かせていたものだ。明らかに解熱剤とは思えないもの――鍵だ。



鍵だよ。



この鎖を解く唯一の方法が女の腹の中に埋まっている。
俺を繋いだ鎖は彼女の元へ届く。俺の手にはエペノワールがある。俺は、ぐしゃぐしゃに歪んだ顔を笑みに変えた。「ああ、そうか」吐き気がした。理解した途端吐き気がして口から変な液体が出てきた。変な声が出て、同時に頬をゲリラ豪雨が襲った。気持ち悪い。なんだこの面白い喜劇は。なんでこんな惨劇の主人公になってんだよ俺は。腹が捩れるほど面白くないシナリオに今度こそ笑いが止まらなかった。
女の方へ歩みながら、多分俺はこれで壊れるんだろうなと理解した。俺の意図に気づいた女は俺以上に顔を歪ませて「助けて」「ごめんなさい」「許して」を繰り返し舌を噛みながら繰り返す。まるで壊れた呪いの人形のように繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し繰り返し、俺はエペを腹に降り下ろす。

首に降ろして一発で楽にしてやろうと思ったのに、首輪が邪魔で不可能だった。ごめんな。





そんなことが昔ありまして、まあ可愛かった俺の硝子のハートはごなごなに砕け散ったわけ。俺は泣きながらあの女みたいに「ごめんなさいごめんなさい」って言いながら凶器降り翳して、でもキチガイみたく笑い続けていたもんだから全く育てた親の顔が見てみたいって誰かに嘆かれていたかもしれない。言われたことないけどな。



「それ、この状況で言う話か?」

背後の銀髪が苦笑混じりに呟いた。「だって今しか話す機会ねえもん」と俺は鼻を鳴らす。背後の銀髪はイヴェールだ。手を後ろ手に縄で縛られて、座らされている。ちなみに俺もイヴェールに背を向ける形で以下同文。へまして捕まって気づいてたらこうなっていた。最近気が抜けてる気がしたのでイヴェールを叱咤するつもりで話したネタだが、彼にとっては「今話すネタじゃない」らしい。夜を待つ暇潰しには最適だと思うけど。

「もしあの時みたく俺とイヴェールが仲良く鎖に繋がられていて、俺が鍵を飲まされたら、お前はどう行動するのかな」

「止めてくれ。今も『あの時』も然程状況に変わりない気がしてくる…やばい気分が悪くなってきた」

「まあ、今は鎖じゃなくて縄だけどな」

でも仲良く縛られているのだから良い出来だ。記憶ではこの後視界が真っ赤に染まっていくのだが、今回はどうだろう。俺もイヴェールも犯人の行動を待つことはなく、唯夜が訪れるのを待っている。あと少しだ。真夜中の陰に紛れて抜け出す準備は出来ていた。縄脱けの方法なんてかなり昔に身につけた技だ。それでなくても俺の袖には短いダガーが隠されている。昔はあんなに苦労してやり遂げたことが、今では何の障害もなしに出来てしまう。成長した己の器用さに感動するべきか、過去の失敗談に嘆けば良いのか微妙なところだ。隣に繋がられたイヴェールもあっさりと逃げ出す準備に取りかかっている。あの時の女は泣き叫んで助けを求めるしか出来なかったのに。狡いよなあ。理不尽だと彼女も嘆いているよ、多分。知らないけど。
「なあイヴェールならどうする?」という質問は愚問だった。逃げ出すにきまってるよ。逃げられるんだから。俺もイヴェールもいつの間にか無力では無くなっていた。

するりと縄が床に落ちる。イヴェールは肩をこきりと鳴らしながら、俺を見据えて意地悪く笑った。

「へますんなよ、ローランサン」

「はっ、お前こそなイヴェール」

命には犠牲が付きまとうものだと誰かが言っていた。その犠牲の重さも命によって決まるなら、なんていうか、理不尽だな、世の中って。俺は壊れる思いをしながら自分の命を守ったのに、イヴェールは犠牲を出さずに軽く危機を脱出し、あの女はひたすら可哀想だった。神様はきっと平等イコール理不尽だと誤認識して生活する世界に根を下ろしているに違いない。そんなメシアに助けられたら皆仲良く地獄に落ちる気がするけどな。それだと平等だけど。
俺はイヴェールの声に元気よく答えると、窓に足を引っ掛けて地上を見下ろした。この距離なら飛び降りられる。
なあ、見なよ神様。俺はもう犠牲を払わなくて済むほどの知能も能力も腕力も身につけた。だからもう誰も泣かなくて良いよな。泣かせてやるなよ。誰かの泣き顔を見るだけで胸が張り裂けそうな気持ちになってしまうんだ。あの昔の記憶がぐるぐると頭を掻き回して気持ち悪くなってくるからそこだけは切実に頼む。馬車酔いよりきつい。
俺は笑って窓ぶちを蹴りあげた。体が宙に浮く。
じゃあ、ばいばい。




―――
中1くらいの時に、亡くなった教師から教えてもらった映画の話。私は実際観たことないんで題名も知らないのですがね。かなり記憶が朧気な上に内容弄ったので面影なさそう。
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