(サンイヴェ)


何も知らないわけでは無かった。

でかい獲物にありつくとき盗賊である彼らは大抵徹底的に相手を調べ上げる。街の住人の噂話をそれとなく掘り下げたり、そっちの専門家――酒場の主人や情報屋や同業者に金を払って外部に漏れない新品の情報を入手したりと方法は様々だが、今回盗賊二人は獲物に近いポジションの『役者』を『演じ』直接接触して仕事をしやすい環境を作り出すことを選んだ。つまり使用人として短期間雇われる立場になるということ。それが今回仇になってしまったが、邸宅という広い舞台を前にした時噂や情報よりも直接見て確かめることで逃げ場を確保することが有効だと判断した結果だった。これが失敗に導いてしまったとしても、仕方がないと割り切ることは出来る。少なくともイヴェールは割り切れていた。
敵地に使用人として乗り込むのはイヴェールの役目だ。誰かと接触する時は大抵彼が表に立って裏を隠す。その影に隠れたローランサンが必要に応じて表に出る。適材適所というやつで、特に今回の配役も変わりはなかった。
違和感を肌で感じたのはイヴェールが使用人として働いて数日経った頃だ。この邸宅には老若男女関係無く働いているのだが、役割が年齢層や性別によって全く異なっていた。仕事の質の為だと思い最初は気にしていなかったのだが、働くにつれ段々と邸宅の異常さが不気味に思えてくる。女は少女も婦人も老女も一塊でキッチンや掃除に投げ出されるのに反して、男は少年だけが何故か伯爵の身の回りの世話をし、青年は物の持ち運びなどの軽い仕事のみ。老人は女たちと同等の仕事を充てられていた。大体の力仕事は女の役目だというのも理解出来ないし、青年たちの仕事が圧倒的に少なくまるで置物のように扱われているのもおかしい。しかもイヴェールはその青年たちの間に入れられるとかと思いきや、入って早々少年たちと混ざっての仕事を言い付けられたのだ。余所者の青年が唐突にやっときたのだから、警戒されて敢えてその立場に回されたのかと思い慎重に動いていたのだが、周りの態度が特にそうでもなさそうで首を傾げた。仕事をするにも周りは小さな少年だらけで気にならずにはいられない。彼らより頭ひとつふたつ分背の高いイヴェールはかなり目立ったので伯爵に声を掛けられることも頻繁にあった。しかしそれは仕事の命令ではなく下らない雑談や自慢話に終わる。不思議に思わない筈がない。獲物の意図を読めないことが何よりも気持ち悪く感じた。そんな頃だろうか、使用人の女たちの軽い口が耳に入ってきたのは。

「伯爵はね、男の人しか興味ないそうよ」
「それも一晩で相手がボロボロになるくらい酷い抱き方するらしいの、女で良かったわあ」
「だから毎夜毎夜相手を取っ替え引っ替えなんだって」

その噂話で、違和感の謎が大抵理解できた。イヴェールが少年の仲間に入れられたのもおそらくそういう目で見られていたからだろう。自覚は無かった。しかしたとえ気づいていたとしても彼にとってそれは大した問題では無かっただろう。もしベッドに連れ込まれそうになったとしても、その前に盗賊として逆に雇い主を襲いその場を立ち去るつもりなのだから。だからイヴェールはローランサンに伯爵の趣向の話は一切しなかったし、する必要も無いと思っていた。

――まるで千夜一夜物語のシャフリヤール王だな。

そう感想を抱く程度だ。他人の、しかも獲物になる男の色恋ごとなど興味の欠片も無い。それよりも家の構造の方がよっぽど気になっていたから、彼女たちの間に入り込みそれとなく話題を転換させることが屡々だった。

しかし立場が変わると視点も観点も変わる。ヘマをして捕まり、解放条件として伯爵に指名された瞬間イヴェールは再び彼女たちの会話を脳内で繰り返した。「男色家」「加虐癖」という興味を無くしていた情報が意味を持ってくる。おそらくイヴェールも「シャフリヤール王」の御前で殺される処女の一人に加えられるのだろう。しかし彼はそこまで理解しても尚二つの事実はどうでも良いものに思えた。彼にとっての重大な問題は隣で明らかに苛立って殺気を押し殺している相方だ。もし此処で恐怖に屈して要求を拒絶し、イヴェールの代わりにローランサンが寝台に上がることになったらどうだろう、彼は確実に憤怒して目の前の男を殺そうとする。彼は本来そういう性格だ。自分を取り繕うことが苦手で、敵と判断したら迷いなく危害を加える。耐えることも苦手だから女たちの言う「伯爵の加虐癖」を大人しく受け入れる筈もない。だからイヴェールは、伯爵の言葉にまよいなく「はい」と答えた。ローランサンが納得しないことも考慮に入れていたが、事が終わったあとに「心配しすぎだ」と笑ってやれば彼もそこまで罪悪感を抱かないだろうと、軽く思った。
――そう思っていたのだ
なめていた。正直、自分なら何とか出来るという自負があった。

その結果がこれとは、笑うにも笑えない。


この国には珍しい真っ白い癖のある髪が頬を撫でる。青みかかった銀色の瞳が歪んだ形でイヴェールを映す。はっきりとしない朧気な意識の中、ああ終わったのかと理解した。自分がどんな状態なのか確認することは出来ないが、目の前のローランサンの表情を見れば最悪な結果に終わってしまったのだと良く分かる。大丈夫だ、心配するな。そう言って笑ってやりたかったのに、頭も体もぐちゃぐちゃと濁っていて上手く笑えなかった。

「…っふ、けほッ…」

「イヴェール!?」

「ろ…さ、ッごほ、っサン」

「…っ喋んな、よ」

ぐにゃりと歪んだ顔を俯かせて、ローランサンはベッドにのり上がるとそのままイヴェールを抱き締めた。首筋に彼の髪が当たり、小さく嗚咽が聞こえてくる。必死で耐えているのに漏れてしまう彼の小さな小さな泣き声だった。叫びすぎて出なくなった声ではローランサンを慰めてやることはできない、動かない手足では彼の背中を撫でてやることもできない。ひとつひとつ単語を繋げるにも声がひゅうひゅうと苦痛に喘ぐ声に変わり、肺から込み上げる酷い咳の連続でローランサンを安堵させる所か不安と後悔しか与えられない。結局失敗してしまったのだとイヴェールは悔しくなった。
行為の途中に扉を突き抜けたローランサンの大声はイヴェールの耳にも響いていた。痛みと苦痛で内容までは理解出来なかったが、伯爵がくつくつと声を漏らして笑っているのを目の前にして、自分の声が彼にも届いてしまっているのだと辛うじて分かった。自覚しても尚止めることが出来ない嬌声と悲鳴を聞き続けて、彼はどんな表情で、どんな感情を抱いて扉を前に佇んでいたのだろう。ローランサンもイヴェールも互いに己が残酷なくらい無力だと思い知らされた。酷い夜だった。サヴァンが彼の傍に付いていてくれていた理由が漸く分かった。

「…な、くなよ」

糸を紡ぎあわせたような細い細い声がローランサンを撫でる。イヴェールは昨日そうしたように口元を上げた。ローランサンが哀しめば哀しむほど、自分の無力さが伝わってきて辛かった。

(そんな顔するなよ。お前に苦痛を与えないように大事に大事にしたかったんだ)

届いて欲しい言葉だけが、喉元につっかえて出てこなかった。



その後、ローランサンが手元に持ってきていたイヴェールの普段着を彼に着せて、背中に抱えて邸宅の外に出た。サヴァンが何処からか用意してきた上等な馬一匹にローランサンが乗って手綱を握り、胸に抱き抱える形でイヴェールも座り込む。定員オーバーだと言ってサヴァンとはその場で別れた。本当にローランサンの様子を見に来ただけなのだろう、もう問題はないと見たのか何処かへいつの間にか去っていた。その背を見送る暇もなく、ローランサンの命で馬は蹄を猛々しく鳴らし街を掛ける。不気味な街を出て、近場の休息場所を求めて馬は駆けた。
発熱はしなかったものの、不快感はいつまで経っても拭えない。ローランサンの腕の中でイヴェールは頻繁に眠っては目を覚ますことを繰り返した。馬の振動が心地よく感じることもあれば、不意に自分を支えている腕の感触を忘れて驚いたように目を覚ます。変わらずイヴェールの背中に与えられている熱に安堵して、申し訳なさそうにローランサンを見上げてからまた眠りにつくのだ。何度目か分からないその動作にローランサンは焦燥に煽られていく。
その為隣街まで馬を走らせることを断念した彼は、途中避けて通れなかった深い森のなかの綺麗な湖を見つけ、足に力を入れながら馬の手綱を引いた。ぶるる、馬が不満げに鳴きながら脚を止める。

「…イヴェール、ついた」

「ん、大丈夫。降りる」

抱えた格好のまま馬を降りようとしたローランサンに苦笑してイヴェールは体を起こした。さすがにそこまで彼に任せることは出来ない。心配そうな視線を背中で受け止めながらイヴェールはゆっくり馬から降りて、地面に手をついてから立ち上がる。断続的だが睡眠を取れたおかげで動けるまでは体力は回復していた。それを確認してローランサンも馬を降りる。馬を太い木の枝に繋げてイヴェールの手をとった。そのまま湖まで二人で歩く。小さな動作ひとつひとつから、なんとかイヴェールに負担を掛けないようにと彼が神経を尖らせているのは気づいていた。何度もイヴェールの様子を伺い思考することに夢中で先程から余計なことは何も話さない。しかしその隣について同じように湖まで歩くイヴェールには、彼に言いたいことが山ほどあった。気遣いの言葉でも、慰めの言葉でも、なんでもいい。ただ話がしたかっただけかもしれない。辛うじて声を取り戻した今なら、彼に自分は大丈夫だと伝えられると思ったのかもしれない。イヴェールはローランサンの横顔を眺めながら、頭のなかで思い浮かぶ言葉を口にしようとしては、喉元に押し込んだ。ローランサンに遠慮なんて今までしたことがない筈なのに彼の纏う重い空気を破る勇気がない。どうやって今まで話していたのか忘れてしまったのだろうか、目の前の空気が居心地悪く自分の知らないものに思えた。

湖の水は底が透けるほど綺麗で、朝の太陽の光を浴びてきらきらと輝いていた。イヴェールは服に手を掛けて、少しずつ水滴を身に纏いながら中心の方まで歩いていく。水音だけが静かな森に木霊し冷たい液体がイヴェールの体温を奪った。火照った身体にはむしろ心地よかったが、不意に変化した温度に身体を強張らせずにはいられない。脳裏に焼き付けられた行為を身体で改めて確認させられて恐ろしかったのかもしれない。すがるようにローランサンの姿を探せば、彼は遠くの大樹の根元で剣を抱えながら座り込んでいた。

「…さ、」

声が出ない。
拒絶されたような喪失感が一度にイヴェールを襲った。ローランサンはイヴェールから逃れるように背を向けている。見えない彼の表情が二人の間の壁のように思えた。それは単に彼がイヴェールの裸体を見ることに羞恥を感じているからではない。彼は本来そんな可愛らしい性格は持ち合わせていない。原因はイヴェールの胸元や背中や胴に刻まれた行為の証だ。あちこちに散らばる鬱血や爪痕を改めて確認して、イヴェールは己の血がぐあっと熱くなるのを感じた。ローランサンを遠ざける根元が自分の身体にあることが悔しくて仕方ない。色違いの瞳が淀んでいく。

「…ッくそ」

誰にも聞こえないくらい小さく低い声で自分を罵り、卑下した。苛立ちに支配された感情を抑えきれずに血が出るほど痕が残った腕に爪を立てる。自暴自棄になって身を水に投げ捨てた。そのまま水のなかで大声で吠える。次々と浮かんでくる感情も涙も液体に溶けてしまえば楽になれるのだろうか。思い通りにならない肉体なんて滅んでしまえばいい。他人に突き動かされる身体はいらない。たった一人も守れず、挙げ句軽蔑されてしまう身体なんて死ねばいい。死んでほしい。

(死にたい)



「イヴェール!」

「…!?」

上から声が降ってきて弾かれたように頭を上げる。そこで初めて自分の身体が湖の底に沈んでいたことに気付いた。いつのまにか深い所に足を取られていたらしい。髪までぐっしょりと濡れた不恰好な顔でローランサンを見上げると、彼は初めて心底ほっとしたようにイヴェールの手を掴んだ。ぐい、と引っ張られイヴェールの身体がローランサンの胸元に収まる。不意の行動に驚いたイヴェールはろくに動くことも出来ずされるがまま彼に身体を預けた。

「…サン、濡れるよ」

「………」

「き、たないよ」

穢いんだろ?と聞きたかった。しかし面と向かって彼に言葉をぶつけることは出来なかった。抱き締められすがるように震えた声でやんわりと己を拒絶する。しかしローランサンはますます腕の力を強めるものだからイヴェールは困惑するしかなかった。湖に着衣のまま入り込んだ為ローランサンの下半身は透明な水に浸かってしまっている。彼のことを想うなら突き放した方が良いのかもしれない、だけどこのまま抱き締めてほしい。矛盾した思考がイヴェールを纏い、居場所がない腕を何処にやれば良いのか迷った。それでもなんとか腰のベルトに引っ掻けるように手を伸ばすと、ローランサンがぴくりと反応してイヴェールの首筋に顔を押し付ける。そのまま、ごめん、と囁かれた。

「おれ、お前に色々言ってやんなきゃなんねーのに、何にも言えねえ…最低だ…」

「…え、」

「本当は、お前の方がずっとずっと辛いのに、苦しい筈なのに…さっきからおれほんと、…怖い」

最後の方は嗚咽混じだった。顔は見えていないから表情は見られないけれど、声は泣いていた。イヴェールは堪えるように唇を噛む。迷っていた腕を漸く彼の背中に回し、抱き返した。それに安堵したのかずるずると力を無くしていくローランサンにつられるまま、イヴェールも足に力を入れることをやめた。二人して湖の底にしゃがみ、肩まで液体に浸かる。

「あのさ…ローランサン、俺な…」

泣きわめく子供を慰める母のような体勢だ。それに苦笑しながら、顔を上げない幼子に囁いた。

「おれ、お前が安心するなら、いいよ」

寧ろ頼むよ、と懇願するとローランサンは上げた歪んだ顔をさらにぐにゃりと複雑な感情に歪める。言いたいことは伝わったらしく、目で何かを訴えかけてくる。それにイヴェールは微笑んでやった。元から彼らの間に遠慮もなにも存在しない。それを思い出して欲しかった。たった一人他人が割り込んだくらいで繋がりを曲げてしまいたくなかった。イヴェールが求めるようにローランサンの首筋に腕を回すと、彼は何も言葉にせず、しかし噛みつくようにイヴェールの唇を奪った。



「…ぅ、はぁ」

愛撫もそこそこに、ローランサンの勃起がイヴェールの後ろにあてがえられる。昨日くっきりと刻み付けられた記憶と重なり身体が強張るが、ローランサンが苦しそうに呻くのを間近で見て息を吸い込む。目の前にいるのはずっと待ち望んでいた相方なのだと言い聞かせ、腕に力を込めた。

「うあ!?、は…あ、ぁあ、まってサン、ッはい、て…あ、あ、あっんッん」

「…つらいか?」

「や、こわ…ァ」

「…ごめん。…、我慢な」

それでもずくずくと肉壁を押し退けて入ってくる熱に恐怖を煽られて仕方ない。ローランサンが宥めるように背中を撫でてくれるのが唯一の救いだった。拒める筈もない、愛しい相方との行為にいちいち怯えている身体が悔しい。湖の中で繋がっているため、前回中に出されたのも含めて痛みを感じることは無かった。それでもローランサンは、熱い吐息をはきながらイヴェールが落ち着くのをじっと見つめて待っていた。イヴェールが呼吸を整えるため何度か熱い息をはきだして「もう平気だ」という意味を込めて目の前の鼻を舐めると、ローランサンはぐいっと彼の太股を持ち上げて開いた。そのまま腰を動かして中を刺激していく。

「ひっ…ふああ、ああッ…やだ、ぁ、サンっ」

「…やば、」

「あ、ああ!?や、深っ…ふかい、い、っ…っ」

眉をひそめたローランサンが遠慮なく奥を抉ると、イヴェールは辛そうに震えた。ガクガクと腰を揺すぶられ、水音が激しく鳴り響き、止められない嗚咽と嬌声が喉を焼く。前立腺を容赦なく穿つ彼の自身を水のなかで直に感じ、思わず強く締め付けてしまう。ローランサンが小さく呻く度に身体が震えたつのを感じた。これが快楽なのだと漸くイヴェールは思い出す。

(伯爵と違う、ローランサンのは、ちゃんと違う)

それに心の底から悦楽を感じた。同時に満たされていると感じられるのは、やはり相手が待ち望んでいた男だからだろうか。胸がぐっと締め付けられるような苦しさを感じたが、しかしそれは消して不快ではない。もっともっと欲しいと思う。浅ましいこの身を焦がしてしまえばいいと思った。

「ぁ、なぁ…ッさ、サン」

「、っあ?」

「うれしい」

「…は?」

「す、ご…嬉しい。ロー、っランサン…ぁ、あ、はッ…も、まじで、やっぱお前、すき…大好き…」

「て、め…!煽んなッ」

「や…あぁぁあ!んあ、あああ…あ、も、っ、もう、むりだって、ぇ」

ローランサンの髪が首筋に埋まり、噛みつくように痕がついた肌を吸われて変な声が出る。揺さぶられつつひとつひとつ痕を丁寧に吸われていく感覚がイヴェールを限界へ追い込む。その上空いた右手で胸の突起まで愛撫され、熱を埋め込まれた腰がガクガクと震えて止まらなかった。もはや羞恥も頭からぶっ飛び、求めるままローランサンに溺れていく。

「…くっ…はあ、あ、ん…んあああぁっ!、ねっ、ああも…いく、…いっちゃ、ァ、サン」

「……ッ、イヴェ、なか」

「や、ぁ…!ぬかな、で、だして…なか、ああぁっ」

ふぅぅ、と息を震わせてそれ以上喋れなくなってしまったイヴェールに、ローランサンは己の産毛が逆立つのを感じた。イヴェールの昨日には欠片も見られなかった妖艶な、それでいて切なそうな表情にぞくりとする。誘われるまま奥まで入れ込んだ熱を激しく出し入れした。中に入れ込まれるより抜ける感覚の方が好きなのかもしれないと段々イヴェールは自分の身体の事情を理解していたから、素直に与えられる快楽が気持ちよくて仕方なかった。ローランサンの熱っぽい目に彼の限界を見いだし、快楽につられるまま肉壁をぎゅっと締めつけて自身を刺激する。

「っあああ!…ッはあ、ん!」

「…、ん」

ああやばい中出されてる。いま凄い出されてる。
持っていかれそうな意識のなかでイヴェールはローランサンの震えを全身で感じていた。昨日の痛いだけの穢れた記憶が快楽で塗り替えられていく。他人に抱かれて浅ましく欲を吐き出した自分を愛してくれる彼が愛しく、だからこそ申し訳なくてそれでも嬉しくて、胸が張り裂けそうだった。自分が必死に守ろうとした男に、イヴェールは確かに救われた。

本当は怖くて仕方なかったのかもしれない。伯爵に指名された瞬間、決意よりも先に身体が強張ってしまったのは間違いなかった。それでも頷いたのはローランサンが居たから。ローランサンに傷ついて欲しくなかったから。でも逆にその判断が彼を傷つけてしまった。彼だけではなく、イヴェール自身も傷ついた。今思えばあれは間違いだったのだろう。ローランサンに一言相談すれば良かったかもしれない。表に立つのは常にイヴェールの仕事だけど、彼はその陰でいつだってじっと見守ってくれていたのだ。適材適所は信頼関係で成り立つものなのに、それを信じきれていなかった。

「ごめんな、ローランサン」

「お前が謝ることなんて何もないだろ」

「違うよ。俺、ちゃんとお前のこと好きだからさあ」

「…いきなりどうしたよ」

怪訝そうに眉を寄せるローランサンの様子に苦笑して、抱き締められた体勢のまま瞼にそっとキスをする。分からなくても良い。行為の中で気持ちは伝えられたからそれだけで十分だった。ローランサンの腕のなかが昨日の行為よりもずっとずっと居心地よくて、ようやく帰ってこれたと気分が安らぐ。此処がイヴェールの居場所だと彼が教えてくれるから、今ならきちんと「もう大丈夫」と伝えられる気がした。


―――
短編のくせに長くなりましたが、これにて閉幕。
長らくお待たせしてすみませんでした。
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