(盗賊+賢者)

何の気紛れか、俺たちが現在寝泊りしている宿に久々にサヴァンが現われた。それもイヴェールが留守の間にだ。彼はチェス盤を持っていて、イヴェールが戻るまで遊ぼうかと笑い掛けてきた。


「………俺がこういう類い苦手なの知っている癖になあ…」

「そうなのかい」

「知っているだろ。ゲームは苦手だ」

「人生という名のゲームには連勝しているのに。君が今日まで生きているのは奇跡の連発なのかな」

「実力だ。盗賊に関しての知識はあるし経験もある。それは奇跡と呼ばねぇよ」

「ほぉ、随分な自信だ。それも実力のうちなら、チェスもいずれ実力で勝てる」

「はあ?無理無理、頭使うのは本当。イヴェールとやれば良い勝負だと思うぜ」

「イヴェールには全勝しているからそれはつまらないねぇ」

「………まじで?あいつに全勝?」

「頭の回転が早いのはイヴェールの方だろうが、どちらかといえば君の方が私に勝ちやすいだろう」

「どういう意味だ?」

「イヴェールは勝負事の場合、どの状況に立っても冷静に常に最善の策を頭で練り、実行することができる人間だ。何処を突けばどう動くかはじめから予測し、多少の振れは頭の中で軌道修正する。仕事場でも最初に動くのは君ではなくイヴェールだろう?君は彼の手から作られた道筋を辿るだけで目的に辿り着ける」

「……はあ…まあ、確かに仕事の計画を練るのはイヴェールだな。あいつそういうのは得意だし。イヴェールの助言は適切だから仕事をするのが楽になった」

「しかしそれには欠点があることを忘れてはならないよローランサン。例えばチェスの場合、彼は常に最善であろうとするからこちらからすれば手口が分かってしまう。数学で生み出される答えには限界がある。彼は己の頭の中の地図を私の前に広げているようなものだ。そんな人間に負ける気はしない」

「………じゃあ、なんで俺だとやりにくいの」

「君はそんな思考をしていないからだ」

「え?」

「何処を突けばどう動くかではなく、気紛れと感覚で君は物事を決めようとするだろう」

「………言われてみれば、そうだな…。仕事がそういうもんだからかな。ガキの頃から頭じゃなくて体で覚えることが多かった」

「そんな人間を相手にするのは私のような種類の人間には非常にやりにくい。思いがけないこと、導き出せないことに私は弱い。きっとイヴェールも」

「…でも俺、イヴェールに全敗してますけど」

「君は読みやすいからね」

「っ言ってること真逆だろ」

「イヴェールにとっては、だ。数学云々の考え方を捨てれば良いんだよ、何事にも癖というのがあるだろう」

「……癖?」

「そう。付き合いが長い彼にとっては君ほど分かりやすい人間は居ないのかもしれないね………チェックメイト」

「あああ!!」

「楽しい時間をどうもありがとうローランサン」

「結局お前勝ってるじゃねーか!!」

「やりにくいと言ったが勝てないとは言っていない」

「ムカつく…っ」

「やはり単体では容易に勝ててしまうねぇ。でも、そんな君とイヴェールが二人いるから実力の奇跡が連発するのだろうな」

「…?」

「言っただろう、イヴェールは思いがけないことに非常に弱いと。記憶はないかな?」

「……あ―…うん、確かに、逃げる場所が計画と違うところにあったりするとかなり混乱する。……まあそういう時は強行突破だけどな、俺のエペで」

「そうやって彼の弱点を支えてやるのが順応性のある君の役割だ。なるほど、良いパートナーを持ったね」

「へ?」

「では失礼」

「ちょ、何しに来たんだよ!イヴェール来るまで居るんだろ?」

「口実だ。私は君と話したかったんだよ」

「はあ?」

「イヴェールのことを良く意識すれば仕事も上手くいくと助言したかったんだ。ではオルボワール、ムシューローランサン」

「………えええ」



「ただいま―」

「イヴェールてめえ!!!」

「………は?」

「…違うか。いきなりキレても混乱しねーな…」

「………ローランサン?頭のネジを何処に置いてきたんだ」

「だってサヴァンが変なこというからさあ…」

「ほぉ、サヴァン来ていたのか。土産は」

「ない」

「っち」

「イヴェールの弱点を教えてもらったんだ」

「……俺の弱点?あるわけないだろ」

「ってことは無自覚!俺にも勝機が」

「たとえ知ってもお前が俺の上に立つことはない」

「それって俺がイヴェールの下にいること前提なのかよ!!」

「………対等だろ」

「え……あ、…うん」

「ふん、何吹き込まれたか知らないけど、余計なこと考えると頭パンクするぞ。お前の弱点は頭のネジが緩くて酒が入ると外れることだ。…現在進行形」

「っ常に外れてるって言いてーのか!」

「あれ?そう聞こえた?」

「ぐっ…ムカつく。思考回路までサヴァン寄りだ…」

「まあ育て親だからな」

「あんな男の乳吸って育ってるからそんな捻くれてるんだ」

「吸ってねぇし。そんな吸いたいなら自分の吸っとけ」

「不可能だろ…」

「捻くれてるのはサヴァンじゃなくてお前の所為じゃないかな。俺はお前との口論にどう打ち勝つかあれこれ首を捻りながら日々を生きているから」

「うわ、なんつ―暇人だ」

「ローランサンあっての俺って感じ?」

「ああそうですか光栄ですよありがとうございます!」

「顔赤いの隠せてないぞ―。嬉しいくせに」

「べっつに!」

「……へぇ」

「(…ああもう俺の弱点こいつかもしれねぇ……)」

―――
敢えて苦手分野に立ち向かってみる。
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