「ST☆RISHのみなさんステージへ移動おねがいしまーす」

衣装を着て楽屋で待機していたら、ついにスタッフの人が呼びに来た。
いよいよライブスタートだ。
もうわくわくが止まらない。

今日はST☆RISHはもちろんのこと、シャイニング事務所に所属するアイドルたちが一同に会するライブイベント当日。
先輩たちも多く参加して、こんなライブができるなんて俺たち自身もすっごく驚いている。
おかげで今回のチケットの倍率はすごく高かったようで、たくさんのファンのみんなに悲しい思いをさせてしまったみたい。
けど、DVD化も既に決まっているし、映画館での生中継もあるから今この会場に居る人ばっかりじゃなく、俺達を待っていてくれるみんなに笑顔を届けたいんだ。

「はーい」

みんながスタッフへ返事を返す。

「うっしゃー!がんばろーぜ!音也」

気合の入った声で翔が俺の首に手を回す。

「もっちろん!」

楽屋から廊下に出ると何人かの先輩たちとすれ違う。
ST☆RISHがんばれよとか、俺達がでるまでに会場あっためとけよなとかいろいろ声を掛けてもらえた。
その全てに笑顔を返して俺は腕を振り上げる。

「任せてください!」

な!と振り返り、目を合わせたのは学生時代には寮で同室だったトキヤ。
突然声を掛けられたからか、一瞬驚いた顔をしたものの、トキヤは自信ありげに笑って頷いた。

「ええ、最高のステージにしてみせます」
「とーぜん」
トキヤの隣を歩いていたレンもまた笑みを浮かべ、
「楽しみですねぇ」
「大いに盛り上げねばならんな」
さらに那月と真斗も続いた。

普段の俺たちのライブもいつだって全力投球だ。
だけど、今日は俺たちのファンだけじゃない。先輩たちのファンも大勢いる。
その人たちにも知ってもらいたいんだ。俺たちの精一杯で最上級のステージ。俺たちのこの高揚感と歌えることの幸せを伝えたい。
いつもよりも大きなこの会場に俺たちの歌を響かせたい。

「そろそろお客さんたちも着席し終えましたし、開演にもいい具合の時間です」

客席の様子を映した映像をスタッフの人が見せてくれた。
順調に全てが整っていく。本当に大きい会場。
マイクは入るけれど、でも大きい声出さなきゃって気持ちになる。ここにいる人全員に声を届けられるように。

……彼女は、どこにいるんだろう。
ふと思い出して画面を見入る。

「音也、そんなに見つめずともステージに上がればいくらでも見られるだろう」

真斗に肩を叩かれ「そっか、そうだよね」と笑って返す。
俺が会場の様子を気にしてると思ってるんだ。確かに気になる。でも、違うんだ。
真斗には言っていないけど、俺が気になっているのはあの子の席なんだ。こんなに大きな会場なんだ。もしかしたら、俺の姿が見れなかったりする席があるかもしれない。
こんなに俺は彼女に見てほしいのに。

自力でチケットが取れたんだと喜びのメールが届いてから、昨日の夜にメールした時までそういえば彼女の席を俺は聞いていなかった。
バカだ、俺。
今更気づくなんて。
彼女も一緒にこの最高の時間を過ごせる。そう思うと嬉しくて、話したいことがいっぱいで、彼女の席を聞くの、完全に忘れていた。
ステージに立つとお客さんの顔は良く見える。
みんなのキラッキラの笑顔を見れると俺達もすごくテンションが上がってリハーサルなんて比べものにならない位のパフォーマンスができる。
でも、こんなにたくさんの中から俺は彼女を探し出すなんてできるだろうか…?

「おい、音也どうした?」
「ごめん、なんでもない」

翔が不思議そうに聞いてくる。
そうだよね、こんな本番直前に不安な顔してちゃだめだ。俺たちは一番最初っから出番があるんだから。

「音也くん緊張してるんですかぁ?」

大丈夫ですよーと那月が俺の頭を撫でる。

「わぁあ那月、せっかく髪セットしてもらったのにー」

慌てて直そうと手を頭上に伸ばすとその手をぱっと掴まれ、なにやら弄られる。

「うん、これでオッケーだよ。イッキ」
「レン!ありがとーたすかったー」

美的センスにおいては信頼のおけるレンが直してくれたから髪はもう大丈夫だ。

「なにをやってるんです、もう始まってしまいますよ」

トキヤに急かされみんなが立ち位置へと駆けていく。会場のざわめきが聞こえてくる。この幕の向こうには数えきれないくらい沢山の人たちが俺達を待ってるんだ。

「音也」

トキヤに呼ばれ俺は顔を上げる。
まずは一曲…。一曲の間になんとか彼女を見つけたい。でなければ、次の出番まで彼女を俺は探せない。彼女の喜んだ顔をみたい。

「音也、行きますよ?」
「あ、うん」
「…はぁ…」

トキヤがため息を吐く。そして、ぼそりと俺にだけ聞こえる声で呟いた。

「上手、アリーナ、花道近く」

「え?」

何の話かと思って尋ね返す前にトキヤは足早に行ってしまった。

「上手…アリーナ…花道近く?」

なんの呪文だ?と考えこもうとすると、いよいよスタッフの人に「音也くん早く」と急かされた。
慌てて持ち場に立つとすぐに会場のライトが抑えられた。
軽快な曲が流れ、ライブ開始へのカウントダウンが始まる。
お客さんたちの興奮が直に伝わってくるようだ。
そして、爆発にも近い大音量で俺たちの曲が始まった。

歌を口から飛ばしながら、会場を見遣る。
大きい!リハの時とはやっぱり印象が全然違う!
どんどん高まるボルテージ。
ステージ上でみんなと目で会話。

最高に気持ちイイ!!

ダンスも手を抜かず、大きく動いて遠くの席のお客さんにも見えるようにする。
ステージ中央から、俺達は広がって各々お客さんの近くへと寄っていく。

歓声が上がって、ペンライトの波が海のよう。

坂道になっている花道を走り抜け腕を振ると、お客さんが一斉に振り返ししてくれた。

「音也ー!」

呼ばれた気がした。
実際には、すごくたくさんの人が俺を呼んでくれている。
でも、その中でも、たった一人の声が俺の耳へと真っ直ぐ届いた。

2、3歩さらに足を進める。
すると、見つけた。
声の主。
この瞳で見るのはあの日以来。
お客さんたちの中に、彼女を俺は見つけた。

たまらなくなって俺の歌声が大きくなる。

彼女はペンライトを思いっきり振ってくれていた。小さな彼女の右手に握られた3本ものペンライト。
それは、真っ赤に燃える炎の色。
俺の、イメージカラーの色だった。

今、彼女の視線は俺だけのもの。そう考えるとぞくり、何か不思議な感覚に陥った。

けれど、いつまでもここだけにはいられない。
本当は彼女の前だけで歌っていたいくらいなのに。

曲の間奏へ入る前、俺はピースサインを彼女へ向ける。彼女の顔がぱぁっと花が咲くように明るくなった。
ああ、あの時の笑顔とおんなじだ。俺の気持ち、きっとちゃんと届いてる。
嬉しくなって、俺は再び花道を駆けだす。

『上手、アリーナ、花道近く』
すると頭の中でトキヤの言葉が蘇った。
ここは上手の花道。彼女の席はアリーナ席。
そうか…今分かった。トキヤが俺に言いたかったこと。
彼女の席を教えてくれようとしてたんだ。

曲も終盤になり、中央ステージへ戻る。みんなはもう立ち位置に戻っていて、遅いぞって視線で言われた。

最後のサビを歌いながら、合いの手が入るところで会場にマイクを向ける。
今頃彼女もあそこできっと叫んでくれていることだろう。
そう思うと自然と顔がニヤけた。
俺のステージ、彼女に楽しんでもらえたかな?
でも盛り上がるのはこれからだよ。もっともっとあの笑顔が見られるのかと思うと、すごく胸が高鳴った。








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