もう日も完全に落ちているというのにサングラスをしているのは不自然かもしれない。
しかし、人通りが少ないとは言え、顔を出した状態で不用心にふらつく訳にもいかない。

「私はいったい何を…」

考えこむように自分自身にため息をつく。
駅の改札を抜け、住宅街の一角を歩いている自分。

事務所の寮の最寄駅より2つ前で降り、健康のために歩いているのだと自分には言い聞かせてみるが、本来の目的を考えるとそれこそ馬鹿馬鹿しい。

そんな簡単に見つかるはずもないだろう。
帰ろう。まっすぐに自宅へ。

そう考えてUターンをする。
すると向かいから女性が歩いて来ていた。
街灯が彼女の顔を照らす。

見覚えのある顔。

まさか、と驚きサングラスを外して凝視してしまう。
立ち止まっている私に気づいたのか、彼女もまた私を見た。

「え…?トキヤ……さん?」

声を聞いて確信した。
彼女だ。
私が今日この場にいる理由。






「す、すみません。何のお構いもできなくって」

「いえ、こちらこそ突然押しかけてしまって…」

数十分後、私は彼女の自宅であるアパートの一室に居た。
シャイニング事務所寮とは違い、平凡で人が一人住める程度の都内にならいくらでもありそうな部屋。
こんな言い方は失礼かもしれないが、素直にそう感じた。
女性らしい柔らかな色合いの家具やカーテン。
しかし、元が白の壁だけは色彩豊かに変わっていた。
主に占める色は赤。
私を含めたアイドルグループのポスターが壁一面に貼られ、最も存在感を放っていたのは音也だった。
彼女と二人きりでいるにも関わらず、音也に見られている気がしてしまうのは考えすぎか。

「仕方ないですよ、トキヤと…あ、トキヤさんと一般人の女が外で話してるわけにもいきませんし」

「呼び捨でも構いませんよ、ファンの方々が好意をもって呼び捨てにしてくださるのは喜ばしいことですから」

「ありがとうございます。この前は音也にも呼び捨てでいいって言ってもらえたんです。ST☆RISHのみなさんって優しい人ばっかりですよね」

音也…。
そう。
今日ここに私がいるのは他でもない音也の件に関してだ。

「私と一般女性の方が外で話しているのは確かに見られては困りますが…、このように部屋に上がり込んでいるところを見られてはもっと大変なことになりますね」

少しおどけて言ってみると彼女は顔色を大きく変えた。

「そっ!そうですよね…っ!ああ、すみません!考えなしに家に来ませんか、なんて普通におかしいですよね」

慌てふためく彼女を見ていたらなんだかおもしろくなってきてしまう。
私の性格だ。本当に危険だと感じたら、のこのこと上がり込んだりしないことくらい自分が一番よく分かっている。
言い訳になることはいくらでも考えてあるし、今の状態を放置している方が私は危険だと考えての行動だ。
決して彼女を責めるつもりはないが、このような表情を見せるとは思ってもいなかったのでついからかいたくなる。

「それにしても、すごい部屋ですね」

「あああ!ここここれは!ごめんなさい!もう日常になってしまっていて私気づけず!気持ち悪いですよね!すみません、こんなにたくさん!というか、ご本人さんがいらっしゃるのにこれはいけませんよね!」

目を回す勢いで彼女は立ち上がり、壁に貼ってあるポスターを剥がそうとする。

どんなにポーズや表情を決めても所詮はただの人である私たち。
そんな私たちにこれほどまでに固執し、愛してくれるファンの存在とはどれほど大きな存在なのだろう。

「いえ」

すっと立ち上がり、ベッドの上に乗る彼女の手に自らの手を添える。

「このままで」

耳元でそう囁けば、彼女の青くなっていた顔がみるみる赤に染まっていった。
まるでドラマのような甘い声を出した自分。
ちょっとしたファンサービスのつもりだったのだが、このような反応が返ってくるとは…。

そして、ふと脳裏に妙案が浮かんだ。
彼女に今日会いに来たのは音也との会合についてだ。
気分の浮き沈みが激しい音也。彼女と出会ってから、彼の仕事は順調そのものだった。しかし、このままこの関係が続いていけばやがてそれは恋に、愛に変わっていく可能性がある。
同じグループのメンバーとして、そして元同室として彼がダメになっていく姿は見ていられない。
その為に彼を潰す可能性のある芽は少しでも早く摘んでおこうと考えていたのだが…。

考えを改めることにした。

音也から彼女を引き離す方向で考えていたが、こうしよう。
彼女から音也を離そう。

音也のことだ、無理に彼女を脅し音也から離れるように言ったら怒り、余計に意地を張って彼女との関係を持とうとするだろう。
しかし、彼女が自ら音也から離れるのなら音也にそれを咎める権利はない。
あくまで彼女はファン。
ファンはアイドルを好きになるのが自由であるようにも離れていくのもそれはまた自由なのだ。

つまり、

「君は音也のファン…ということでしたが、私を選んでみるのはいかがです?」

彼女に音也以外の、そう…例えば自分に好意を寄せさせてみるという方法をとったのなら一体どのように転ぶのだろうか?







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